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「個性」を喪失したアルバム『オーディション』

第1章 『平凡』以前、以後。のドレスコーズ


「個性」を喪失したアルバム『オーディション』

   

 『平凡』という作品は強烈なイメージを持ち、ドレスコーズの音楽性としても、ロックンロールから、ファンクへと「突然変異」のように変化した。

 では、志磨の音楽家としての転機は、『平凡』なのだろうか。
 4th アルバム『オーディション』は、作品ごとにメンバーが入れ替わる形態となったドレスコーズとしては初めてのアルバムである。

 毛皮のマリーズを含む、志磨の全キャリアの作品を通して見ると、オリジナル・ドレスコーズの活動が終了し、志磨がひとりで制作したアルバム『1』以前の作品は全て、「喪失」を伴っていることがわかる。
 バンドの解散や、メンバーの脱退。志磨自身、もしくはメンバーの誰かが傷付くことによって生まれる、その時にしか書けない音楽を、作品として遺してきた。

 オリジナル・ドレスコーズまではバンドの物語として、『1』ではひとりぼっちになった志磨遼平の物語として、メンバー同士の関係性や志磨本人のパーソナルな部分に聴き手の焦点はあてられており、それらは志磨自身が歌わなければ決して成立しない音楽である。

 日本では特に、バンドやアーティストのパーソナルな部分に価値があるという考え方が大きい。
 たとえば、作者が別れた恋人のために書いた曲であれば、そういった背景もセットで作品が評価される。「喪失」したものがわかりやすく、そして大きければ大きいほど、話題性や注目度は高くなり、聴き手にとっても作品に感情移入しやすい。
 どれだけ多くの人の共感を得られるかが、作品の評価につながるのだ。

 毛皮のマリーズやオリジナル・ドレスコーズの作品、そして『1』においても、少なからずバンドや志磨のパーソナルな部分も含めて評価されてきた。

 しかし『オーディション』以降のドレスコーズの活動を見ると、志磨のパーソナルな部分以上に、作品自体への評価が増していることがわかる。
 作品/ライブのたびに入れ替わるメンバーに対しても、『1』直後は、ライブごとに「ひとりになった志磨が、次は誰の演奏で歌うのか。」ということが一番の注目点だったのに対し、『オーディション』以降は、メンバーと志磨との関係性よりも、志磨の楽曲がメンバーにどのように捉えられ、表現されるのかといったところに、聴き手の興味も変化している。

 『オーディション』以降は、志磨の人間性や「個性」だけではなく、作品自体に評価が向けられはじめているのだ。

 つまり、志磨が『オーディション』で「喪失」したものは、「個性」であり、志磨のキャリアにおいて、「喪失」を伴う最後の作品が『オーディション』ということになる。

 志磨は、毛皮のマリーズの解散でもなく、『1』でもなく、『平凡』以前の『オーディション』で作品の転機をむかえたといえる。

 志磨遼平の音楽家としての第二章は、『オーディション』からはじまったのだ。


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