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第4話 ブラックホール


ゴジラの中には、ブラックホールがあった。


はるちゃんと付き合って数ヶ月、
そりゃあ、もちろん楽しかった。

ドライブをして道に迷ったら、大喜び。
旅行で選んだホテルがハズレだったら、大はしゃぎ。
とにかく僕らはなんでも楽しんだ。

何より楽しいのは、
ごはんを美味しそうに食べる
はるちゃんを見ることだった。

美味しそうに食べる世界選手権があったら
間違いなくグランプリをとるだろう。

こんな才能があるのに、
なぜプチトマトばかり食べていたのだ??と
首をかしげたくなるほど、

はるちゃんが美味しそうに食べる姿は
見ている僕まで楽しくさせた。


一方で、

はるちゃんは、ときどき
ものすごく暗い表情を見せるようになった。

まるでブラックホールに吸い込まれたかのように
分厚い雨雲みたいな黒い空気を全身にまとって
やたら「さみしい」と言うのだ。

何がさみしいのか聞いてみると、
「返事がない」とか
「話を聞いてない」とか言う。

僕にはまったく
そんなつもりはないから困ってしまう。


どうしたらいいかわからないから
放っておいたら
ある時なんて
いつの間にかいなくなっていた。

週末、はるちゃんが泊まりにきた翌朝、
僕が朝食を作っていたら
荷物を持って消えていたのだ。

「あれ?」と思ったけど
何か用でもできたのかな?と
コーヒーを飲んでくつろいでいたら
電話がきた。

「ちょっと!!
どうして連絡してこないのっ??
急に私がいなくなって
心配じゃないのっ??」

、、、、お、お、おう??

「いや。あの。
一人の時間を満喫したいのかと思って」

その後、こっぴどく叱られて
はるちゃんを迎えに行った。
今だに何が悪かったのか、さっぱりわからない。


こんなふうに
ブラックホールに吸い込まれているときの
はるちゃんは、本当にやっかいなのだ。


知り合う前にブログで読んでいたはるちゃんと
いま隣にいるゴジラは本当に同じ人なのか?

あんなに素晴らしい文章を書ける人が
どうしてこうなってしまうのだろう?

心の底から疑問に思ったので
たずねてみたら

「うるさいっ!!
いつもいつもあんなふうにいかんわい!」

と、ひらきなおった。と、同時に
逆質問を受けた。

「あきくんは、さみしくなること、ないの?」

うーん。さみしいと感じること、かあ。
僕にはよくわからなかった。



まあ、でも、
これが生身のはるちゃんなら、仕方ない。

拗ねてもいじけても
わかりにくいケンカをふっかけてきてもいい。

ただ一つだけ、お願いがある。

これは僕にとって
めちゃくちゃ大切なお願いだ。


「あのさ。はるちゃん、
長く付き合っていく上で
これだけは守ってほしい。

食事のときだけは
ケンカしないようにしよう。
もしケンカしてても
食事のときだけは休戦してほしい。

食事だけは楽しく食べたい」



そう真剣に伝えた数週間後のデートで
僕たちは、はるちゃんの誕生日を祝うための
ディナーに出かけた。

「お祝いなら、フレンチ!絶対フレンチ!」

高級フレンチと言えば、あれだ。
ナイフとフォークを外側から使って
食べ終わったら皿にナナメに置く。
7年後のM-1で優勝した芸人の決勝ネタだ。


僕は、フレンチなんて緊張するから嫌だったけど、
ここまでゴリゴリに求められたら仕方ない。
はるちゃんがとびきり美味しそうに食べる顔が見られるのなら、と
奮発して、高級フレンチに出かけた。


なのに、だ。

はるちゃんときたら、
店に入ってからずっとスマホを見ている。
誕生日祝いのメッセージが次々と届いているらしく、
料理ではなく、スマホに夢中だ。

「おい!」

さすがに僕も腹が立った。
こんなに良い店に来ておいて、目の前に直接祝っている人がいて、
それはないだろう!!!

食事中にケンカはナシだと言った張本人が
さっそくキレて申し訳ないが、
これは二人の食事の時間を大切に思うからこそ
怒らずにはいられない案件だ。


怒っている僕を見て、ぽかんとした後、
あろうことか、
はるちゃんは嬉しそうに笑った。

「あきくん、それさ、
“さみしい“ってことじゃないの?」


お、、、、

お、おう?


僕は今、はるちゃんを祝いたいがために、
いるだけでそわそわするような
慣れない店に来ている。

それなのに、はるちゃんは
こんなにうまそうな料理を楽しむことも忘れて
さっきからスマホばかり見ている。

おかしい!あかんだろ!腹が立つ!嫌だ!

、、、こ、これか?
これが、いつもはるちゃんをブラックホールに吸い込むやつなのか?

僕は、まるで日本語を覚えようとしている
外国人のように、
その言葉をゆっくりと噛み締めた。


ゴージャスな料理をやっと楽しめるようになった頃、
はるちゃんは子どもの頃の話をした。

「小さいときね、真っ暗なところに行くと
何も見えなくなっちゃって
すっっごく怖かったんだけどね、
誰も信じてくれなかったの。

お母さんは、何度見えないって言っても
真っ暗な夜道を歩いておつかいに行かせたし、

学校では、星を見て紙にかくって宿題が出たときに
見えなかったと言って提出しなかったら
宿題を忘れた言い訳だってことになっちゃった。

私の言葉は誰にも届かない。誰も信じてくれない。
真っ暗なところで私はひとりぼっちになる。
右も左もわからない怖さの中で孤独を感じてたよね」



フレンチというのは、どうしてあんなにも
次々と皿が出てくるのだろう。

デザートの次にまたデザートが出てきて
「フレンチって、まさかわんこそば方式だったのか?」と
さすがに心配になってきた頃、ディナーが終わった。



翌朝、僕は、
不思議な声が聞こえた気がして、目が覚めた。

隣を見たら、
はるちゃんが
体をくの字にして、あっちを向いて、泣いていた。

「はるちゃん!どうしたの?
おなかいたい?食べ過ぎたかな?」

飛び起きて聞いたら、
さらに大きな声で「うわーん!!」と
泣き出した。

「私、生まれてきてよかった。
こんな目の病気で生まれたことがずっと嫌だったけど、
この私に生まれて、今までの人生があって、
その先であきくんに出会えた。
生まれてきてよかったよ」


誕生日の翌日、
はるちゃんのブラックホールは
まっさらな朝の光にとけていった。



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