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『海が走るエンドロール』たらちねジョン 感想まとめレビュー 映画愛あふれるおばあちゃん映画監督漫画‼︎



 読書記録として漫画を入れるかどうか迷っていたが、あまりにも素晴らしい作品と出会ったので執筆。
 話題になっていることは知っていたので、気になってはいたが、漫画大賞ノミネートで拍車がかかったのか、書店でも数冊しか残っていなかったので購入。
 結果、ゾクゾクが止まらなかった。

 以下、『海が走るエンドロール』の簡単なあらすじ。
 今春、夫を亡くした茅野うみ子(65)は、夫と映画を観ることが大好きだった。
 夫との思い出を辿るべく、ビデオデッキを触ってみたものの、残念ながらそれは故障。
 何気なく出向いた映画館で出会った、美大映像専攻の青年、海(カイ)と出会い、ビデオデッキの修理を依頼する。
 海は、うみ子が映画館で客席を観ていたことに目を付け、「こっち(映画を作りたい)側なんじゃないの?」と、うみ子に問いかける。
 海との出会いから「波」がひしめくようになったうみ子は、映像を学ぶため、自分の映画を撮るため、海と同じ美術大学に入学する。

 個人的にヒットした点は、まず、私自身が大の映画好きだということ。
 作中に『スタンド・バイ・ミー』『シャイニング』『老人と海』『LEON』『メリー・ポピンズ』といった名作がしれっと出てきており、映画ファンの心をくすぐってくる。
 扉絵も何かの作品をモチーフに描かれているようで、第5話の扉絵は『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』であることは明確だった。
 作者の映画愛が伝わる描写が多々あるのは、非常に好感が持てる。

 また、「映画を観ている人を観るのが好き」という感覚に共感し、それが「撮る側」の視点であることにも、今さらながら驚愕した。
 映画館というのは私にとって魔法のようで、なぜか「あの作品で隣にいたのは誰々だった」とか「ヘマした時に夜眠れなくて観に行ったミニシアターの席はこのあたりだった」だとか、作品云々の良しあしよりも、誰と、どこで、どんな心境で映画を観たのかをリアルに覚えている。
(さらに言えば、あの作品はあのシネコンで観て、あのあたりにおじさんがいて、あのあたりに若い女がいて、前の方で子ども連れがいて……みたいなことも、漠然とであるが覚えている。不思議だ)
 サブスクリプション・ストリーミング全盛期、さらには感染症のリスクも重なり、映画館に行くより一人で映画を観るというスタイルが確立されている現在でこそ染みる、映画館でしか味わえない素敵な思い出はたくさんある。

 そしてこの作品の肝である「おばあちゃんが映画を撮る」という、至ってわかりやすい展開が、夢を忘れてしまった多くの人の胸を打つことだろう。
 忘れかけていた何かを思い出す感覚、「あれ、これってなんだろう?」というゾクゾクした感じを「波」に例えて表現するあたりは見事で、「持っていかれる」のような小さな言葉がいちいち胸に刺さる。
 また、「普段考えないじゃん。親以上の世代が世界をどう観てるかとか」「(睡眠時に見る)夢って壮大なカメラワークの時ない?」などといった何気ない会話の中に、期待や共感が隠れていたりしているのも面白かった。

 うみ子と海の関係性も絶妙で、つかず離れず、それでもどこか引き合う二人が、どのようにして心を開いていくかが見どころになる。
 響いたのは、うみ子が映画について「老後の趣味みたいなもの」と何気なく言ったことに対して、なぜか海がひどく傷ついているシーン。
 本気の人と、そうでない人との差。
 夢を語り合う仲間が、本気でないことを知ったときの虚無感。
「おばあちゃんですもんね。そんなもんですよね」で終わらない海のうみ子をみる目は、いつも真剣でまっすぐだ。
 年齢で、あるいは外見や境遇で、私たちは簡単に夢を諦めてしまっているのかもしれない。 
 出会いは人の心も、行動すら変える逞しい姿が、全編を通して描かれている。

 1話1話にしっかりオチがついていて、「圧倒的に飲み込まれて終わる」という感覚を5話に渡って感じた。
 本巻ラストシーンは感動的で、やはりここでも「波」を効果的に使うことで二人のキャラクターの、言葉にならない心境をうまく表現している。
 これから二人はどのような関係になっていくのか、そして、うみ子が撮る映画とその過程について、これからますます描かれていくのかと思うと、楽しみで仕方がない。

 既刊がまだ1巻ということもあり、手を出しやすい本作。
 ぜひ一度この漫画『海が走るエンドロール』を手に取って、もう一度、あなたの夢に向かう準備をしていきませんか?



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