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『本のエンドロール』安藤祐介 感想 まとめ 「本は紙か電子書籍か」の決着がついたかもしれない

『本のエンドロール』読了したので感想を。
 
 この本を手にしたのは、確か、電子書籍デバイスに対して懐疑的になっていた頃のことだったと思う。
 帯に「私はこれからも紙の本を読み続けます」といった、書店員たちの強いメッセージが記されていたのが印象的だったのを覚えている。

 物語はとある印刷会社の営業マン、浦本学が、就職説明で学生に対し「印刷会社はメーカーです」と言い放つ場面からはじまる。
 それに対し、営業の先輩である仲井戸光二は「目の前の仕事を毎日、手違いなく終わらせることです」と現実的な夢を語る。
 理想主義的な浦本が、作家や出版社、デザイナーや家族などを通じて、印刷会社の営業職という立場から、どのように成長していくか、というのが大きな見どころ。
 
 そして無視できないのは、作家が原稿を仕上げ、本が制作され、販売されていく過程を事細かくドラマとして描いている点だ。
 作家が作った原稿を本の体裁に整える人、印刷機械を動かし本を形にする人、「特色」と呼ばれる、機械では表現できない色を作り出す職人、電子書籍としてデータ化する人、本の魅力をお客様に伝え届ける書店員。
 専門用語も多く、素人目にはイメージできないこともままあったが、一冊の本を仕上げるために、これほど多くの人が動いていることを知ることができたのは、大きな体験だった。
 また、これらの過程や携わっている人々の数を、作家自身も知らないという点にも驚いた。
 作中にもあった、「印刷工場ツアー」などがあったら、ぜひ参加してみたくなるほど、ありありとした本づくりの表現が印象的に残っている。

 このような活き活きとした表現と共に、しっかりと問題提起されながら進むストーリーも魅力的だ。

 まさに現代の読書好きがぶち当たる「紙vs電子書籍」という問題。

 私もこういったことにこだわって、結果的に読書に集中できなくなった時期が多々あった。

 改めて「本とは何か?」ということを著者から提起されているような気さえした。


「厚み、重み、手触り、紙やインクの香り、ページをめくる音、表紙のカバーのたわみ、五感の端々に伝わるもの全てが本なのだと思う」

 このような言葉が腑に落ちるのならば、私たちは「紙」を本と強く認識しているはずだ。
 だが、初めて触れる本がタブレット端末であった子どもならば、その子にとってはそれが「本」となる将来も近い。
 
 確かにkindleをはじめとする電子書籍は便利だ。
 欲しいと思った瞬間に手に入り、読書の進捗状況や防水機能にまで対応。
 スマートフォンから気軽にダウンロードでき、本のサブスクリプション、お試し無料版まである。
 さらに紙媒体より安いのも魅力。
 ひいては端末一つで数千、数万という本を持ち歩ける。
 本はとにかく場所を取る。
 これらに魅力を感じて、電子書籍に移行した人も多いだろう。

 それに対し、紙媒体の本は値段が高く、場所も取る。
 お風呂では読むのは困難で、丁重に扱わないとすぐに破れたり汚れたりする。
 デメリットばかり浮かんでくる紙の本に、もはや生き残る術はあるのだろうか。

 だが私は、この本を「紙」媒体で読んだ。
 この本を読み進めていけばいくほど、紙で購入して、読了できて良かったと思える。

 本を生まれ来る赤ん坊のように扱う人々

 本を体験だと主張する人々

 手に取って、見て、めくって、手垢で汚して。
 ちょっと疲れて、休憩して、しおりをはさんで、机に置くと魅力的なカバーアートに惚れ惚れして。
 読了して、本棚にしまって、背表紙を見て、いつしかまた再読して。
 そして、新たに必要としている人の元へ手渡されて。
 まさに五感を通じて、体験して、没入して。
 紙の本にはドラマがあるのだ。

 それでも「紙の本は売れない」「読書人口が減っている」という現実は拭えない。
 印刷会社の印刷機械が一台、また一台となくなっていく未来を、現場の人々はひしひしと感じているのであろう。
 電子書籍が流通するメリットの多くは「読書のハードルを低くする」もっともな手段であると考えれば、「時代」と割り切って、それぞれの読者が考える“本”づくりにシフトしなければならない。
 このような現実を突きつけられながらも、紙の本を愛する現場の人々は、今日もなお、大切な本を一つずつ丁寧に作っていることだろう。

 もちろんこの本を読了した私は、これからも紙の本を読み続ける。
 作家や編集、印刷や製本等、本を制作してきた人々の苦労を、魂を、想いを、この手に感じながら読書を楽しみたい。

 そうはいっても「電子書籍」にもメリットは当然ある。
 完全に排除するのではなく、共存していくのだ。

 例えば私の使い方はこうだ。
・「自分を変える○○な習慣」のような、ちょっと本棚に入れておくのは恥ずかしい自己啓発本が読みたくなったとき
(そういったときは大抵弱気になっている時なので、元気な時に本棚を見ると恥ずかしくなるから)

・エ〇チな漫画を読みたいとき
(えへへ)
・お試し無料漫画が発行されたとき
(このようなキャンペーンで電子書籍を読んでから、紙媒体のコミックを買うというパターンが多い)

 上記の場合以外は、ほとんど魅力を感じないので紙媒体だ。

 最後に『本のエンドロール』というタイトル。
 本の最後の方のページに、
・著者 
・発行者
・出版社
・印刷会社
・製本会社
 等の記載があることをご存じかと思う。
 これを「奥付」という。
「著者」や「出版社」などは確認することが多いが、印刷会社や製本会社まで詳しく見る人はほとんどいない。
 しかしこの「○○印刷株式会社」「○○製本株式会社」という記載の中には、数多くの人の名前が含まれているという、著者の愛あるメッセージ。
 この本を読めば、きっと奥付まで楽しめるようになるはずだ。
(私はもとより奥付を読むのが好きだ)

 個人的に本書を読んで意識改革したことは、ブックカバーをつけるのをためらいだしたこと。
 今では本屋さんで購入すると必ず「ブックカバーされますか?」と聞かれたり、素敵なデザインのブックカバーが多く展開されているので、利用頻度も高い。
 本を様々な点でガードしてくれる機能はもとより、デザイン性が良く、読書のモチベーションが上がったり、しおり機能を果たしてくれたり、何かと便利なのだが、作中の、印刷会社の装幀制作過程での苦労がとてつもなく感じられたため、家でじっくり読書できる間は、お気に入りのブックカバーを外すことにした。

 机に無造作に置かれた本。
 ブックカバーをしていると、その精巧にデザインされた装幀も覆い隠すことになるため、本との思い出も半減してしまう気さえした。
 500ページを超える本書を、ブックカバーなしで読んだ後、やはり皺ができたりヨレたりしていたが、これが本とのホントの思い出。
 色や表紙、カバーにスピン……、読むだけではなく、作り手の想いまで感じて、さらに本を愛せる男になりたい。
 
 
 
 
 


 
 
 
 


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