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ケーン

「本当だって、絶対あんだよ。キューでクーな映画」
「無いって。あっても絶対つまんねぇよ」

深夜勤開始時、三十代前後の二人組の男性が店内に入ってきた。珍しい組み合わせだ。片方はスーツ姿の美青年、片方はスウェト姿の冴えない男だ。ブロークバックマウンテンが大好きな私は一縷の期待を持って、二人の会話に聞き耳を立てていた。

「SFで、結構古いの。すげえ面白いんだよ」
「てか、何で今更レンタル?ネトフリでいいじゃん」
「あのなぁ…価値は過程が作るんだよ。お前女の子のプレゼントもネットで買って済ますタイプだろ。だからモテねぇんだよ」
「いや今女の子関係ないっしょ。それに大事なのは過程じゃなくて環境だから。童貞が知った口聞くなよ」
「え、喧嘩売ってる?お兄ちゃんキレるよ?」

なんだ兄弟か…よく見れば確かに顔立ちは似ている。私の視線に気付いた兄らしき男性が声をかけてきた。

「あの、すみません。クーって言ってすしざんまいみたいなポーズ取る映画知りませんかね…?」

皆目見当がつかない。店内のスタッフに尋ね回ったが誰も知りえない。一縷の希望を持って普段余り話さない染井さんという若い女性に声をかけた。

「不思議惑星キン・ザ・ザですね。引き継ぎます」

彼女は彼に望みの品を差し出した。

「うわー、これだ!ありがとうございます!な、あったろ?」
「地雷臭凄ぇな。俺パンチドランクラブ借りるわ」
「何でだよ。今日はこれ観んだよ」

二人は二枚のDVDを借りて店を後にした。私は染井さんにお礼を言う。

「ありがとう、助かった」
「いえ、観たことある映画だったんで」

話を聞くと彼女はどうやら23歳の大学院生らしい。短大を出て、全く縁も所縁も無い大学に編入し、そこを卒業し更にまた違う大学院のゼミに通ってる、奇妙な女学生だった。

「今何やってるの?」
「統計です。兎に角色んな会社にアンケート送りつけてます」
「へぇ~。日中それやって夜勤ってしんどくない?」
「上京組は皆そんなもんですよ」

彼女はコアな映画を沢山知ってる。なのにハリウッド映画の知識は皆無に近い。どうやら興味のあることにしか関心を寄せないタイプらしい。

「でも家そんな近くないよね。始発待ち?」
「まあ、はい」

彼女は愛想が無い。しかしそれは不愉快なものでは無い。余計な気遣いを必要としない関係を求める類の人は、彼女との時間を心地よく感じるだろう。私は興味津々で聞いてみた。為人を知るには好みの映画を尋ねるのが一番だ。

「染井さん、一番好きな映画って何?今、思いつくやつ」
「牯嶺街少年殺人事件です」
「知らないや。どんな映画?」
「16歳の合衆国とかエレファントとかそっち系ですね。厳密に言うと違いますけど」
「染井さん、映画凄い好きだよね」
「映画は別に好きじゃないです。好きなものが映画にあるだけです」

この子、クールビューティーだ。仕事が終わると彼女はそそくさと着替えて店を後にした。始発待ちじゃなかったっけ?私が表に出ると、信号の向こうに自転車の後輪に跨る彼女が見えた。ペダルを漕ぐのは、同年代位の男の子だった。

彼氏か…。朝日より眩しい光景だ。隣に誰かがいる生活を、私は羨ましく思った。共感を求めた私は店の休憩室に戻り一本の映画を観た。

『市民ケーン』

孤独な結末は避けたいなぁ。

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