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18世紀・英国デンティストに学ぶ歯科マーケティング【②Another view 医療システムの過去・未来・海外】Learning Dental Marketing from 18th Century Britain.
こんにちは。『アポロニア21』編集長の水谷惟紗久(MIZUTANI Isaku)です。
私は歯科医院経営総合誌『アポロニア21』で、最新の歯科医院経営の情報を20年以上追い続けるとともに、歯科医療の経済的、社会的、歴史的な背景についての調査や執筆をライフワークとしています。
本コラム「Another Viewー医療システムの過去・未来・海外」は、現在、当たり前となっている診療システムや保険制度、自費診療の在り方などについて、過去の歴史や海外の事情などと照らし合わせてみることで、今までとは異なる視点から、医療の新しい景色を探してみようという試みです。
第2回目のテーマは、「18世紀・英国デンティストに学ぶ歯科マーケティング」です。
18世紀ヨーロッパで始まった消費熱と、フランス革命で亡命・渡英したデンティストによって近代歯科医療の源流が生まれました。それから半世紀、都会を中心に発展したイギリスの歯科医療のマーケティング術を探ってみたいと思います。
意外と、今のマーケティングにも生かせるヒントがたくさんあるのです。
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1. 充実していた歯科治療
フランスからの亡命「デンティスト」からもたらされた歯科医療(「誰も語らなかった、世界に医療が広がった意外な理由」を参照)は、18世紀後半にイギリスで急速に発展しました。
技術的な面では、抜歯、詰め物、入れ歯、移植の他、ホワイトニング、矯正なども含め、感染予防対策や麻酔技術を除けば、現在と同じような治療がすでに存在していました。
例えば入れ歯。
18世紀頃の西洋の入れ歯は銀などで枠を作って、そこに象やカバなど動物の歯、骨から作った人工歯を装着するもので、職人技を結集した、極めてゴージャスな装飾品でもありました。ただし、現在の入れ歯とは違い、咀嚼を助ける機能は乏しく、食事の時には外すのが普通でした。
また、動物の歯や骨は、しばらく使っていると着色しやすく、臭ってくるのが難点だったそうです。そこで、18世紀末から19世紀初めにフランスから導入された最新技術がポーセレン(陶器)の歯。ウエッジウッドなど、高級陶器の工房が手掛けた製品が、今でもイギリス歯科医師会博物館に展示されています。
はじめは、土台ごと陶器でできていて、「重い」「口の動きに沿わない」という欠点がありましたが、そのうち1歯ごとに作製されるようになり、現在にもつながる技術に成長しました。
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2. 開業地は富裕層と〇〇が集まる都市部
そして、歯科治療でなく、マーケティング手法も、今とあまり変わらないものがありました。
当時のデンティストの多くは、大都市中心部の“ストリート”と呼ばれる目抜き通りや、温泉などのある、新興の観光地に診療所を構えていました。
当時、一般的な診療形態は往診でしたが、ニーズが増えると移動のロスがない外来診療の方が効率的です。中には、コーヒーハウスの一角に「診療所」を構えて診療するデンティストもいたようです。
彼らがなぜ、都市部での開業にこだわったのか。さまざまな理由が考えられますが、
① 顧客になる富裕層が集まりやすい
② 入れ歯などに使う貴金属を入手しやすい
という2つの理由が大きいのではないかと思われます。
デンティストは、内科医などと違って新しい外来の職業のため、最初から教会や地方自治体の管理下にはなく、自由に開業地を選ぶことができたと考えられます。そのため、「一番儲かりやすい立地」を敏感に探し出していたのかもしれませんね。
3. ケア意識を高める、決めゼリフ
18世紀末、歯みがきなどのケアグッズをイギリスだけでなく世界中で拡販した人物がいます。19世紀初頭、陶製人工歯の普及にも関わった歯科外科医・バソロミュー・ラスピーニ(1730~1815年)は当初、イタリアで外科医の資格を取得したと自称。著書では「(当時、先進国と見なされていた)イタリアやフランスでは、人々の歯に対する意識は高いが、イギリスではそうではない」と、イギリス人の消費マインドをあおり、自らの先進的な歯科技術をアピールしていました。
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ラスピーニを始めとするデンティストは、お金持ち相手に歯科治療をするだけでなく、より幅広い消費者を対象に、歯みがき粉やマウスウォッシュ、その他の万能薬などを売っていました。東インド会社を通じてアジア方面も含めて手広く通信販売していた記録がありますが、やはり、中心は身近な店舗での対面販売。そのため、こうした物品の流通のためにも、都心部での開業は便利だったようです。
ところで、「歯科先進国では、これが常識だ」という啓発的な言説。今の医療界でもよく見かけるのではないでしょうか。
歯科医療の場合は、スウェーデンやアメリカなどを例に、「歯科先進国では人々の歯への意識が高い」と啓発されることが多く、私たちも海外製品の中でも北欧・米国製のケアグッズにはつい目が行きがちです。
「わが国では△△△だが、かの国では〇〇が常識!」という文脈の健康啓発の手段はすでに、18世紀から存在したと言えそうです。
4. 過熱する消費マインドが生み出した、奇妙な料金表
余談ですが、当時はまだ人類が初めて経験した消費社会の勃興期。様々な資料を読んでいると、過熱する、「カオスなエネルギーを感じられる記録」に出合います。
その一つが、下の価格表です。どこかおかしいと感じませんか?
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現代では、同じ製品ならば大容量パッケージの方が、お得になるのが一般的です。しかし当時は 極端な需給のアンバランスが生まれ、「多く買った方が、単価が高くなってしまう」という、現代では考えられないような現象も発生していたのです。
4. まとめ
18世紀イギリスのデンティストをマーケティングを探ってみると、
① 歯科治療の内容は充実していた
② 開業地選びは、富裕層と貴金属が集まる都市部に集中
③ ケアグッズを販売するために「歯科先進国では……」と啓発活動
④ 消費熱が過熱期、歯磨き粉は現代とは逆の「お得」値付け
という現象が起きていたことが分かりました。
次回は「歴史から紐解く、歯科と医科が分かれた時」です。
この記事を書いた人
水谷惟紗久(MIZUTANI Isaku)
Japan Dental News Press Co., Ltd.
歯科医院経営総合情報誌『アポロニア21』編集長
1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒、慶応義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。
社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て現職。国内外1000カ所以上の歯科医療現場を取材。勤務の傍ら、「医療経済」などについて研究するため、早大大学院社会科学研究科修士課程修了。
2017年から、大阪歯科大学客員教授として「国際医療保健論」の講義を担当。
【主な著書】
『18世紀イギリスのデンティスト』(日本歯科新聞社、2010年)、『歯科医療のシステムと経済』(共著、日本歯科新聞社、2020年)、『医学史事典
』(共著、日本医史学会編、丸善出版、2022年)など。10年以上にわたり、『医療経営白書』(日本医療企画)の歯科編を担当。
趣味は、古いフィルムカメラでの写真撮影。2018年に下咽頭がんの手術により声を失うも、電気喉頭(EL)を使って取材、講義を今まで通りこなしている。★電気喉頭を使って会話してます ⇒ ⇒ ⇒(ユーチューブ動画)★
【所属学会】
日本医史学会、日本国際保健医療学会
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