見出し画像

シカク運営振り返り記 第24回 スズキナオさんとの出会い その2(たけしげみゆき)

 フリーライターのスズキナオさんがスタッフとして働き始め、程なくして気がついた。
 彼は信じられないぐらい仕事ができる人だった。

 ……と書くと、彼の記事や著書を読んでいる人が持つイメージとかけ離れているし本人も全力で否定するに違いないので、説明を加えておく。
 ナオさんは本人曰く「東京でサラリーマンをしていた時代があり、ダメ社員として扱われていた」らしい。謙遜もいくらかあると思うが、そのサラリーマンを辞めて大阪に引っ越してきているところから考えても、大筋では真実なのだろう。
 しかし「東京のダメ社員」が持つ能力値をそのままシカクに移動させたら「歴史に名を残す天才」級の大偉人になった。それもこれもシカクにいた他の人間(つまり私と当時の店長B)の能力値がドン底すぎたからだ。

画像3

 ナオさんのどういうところがすごいかというと、例えば仕事内容を一切メモを取らず聞くだけで覚えてしまう。
 説明下手な私が「なんかいい感じにしといてください」と雑な頼み方をしても、本当にいい感じにしてくれる。
 そのうえ仕事が早い。通販の発送や入荷作業はもちろん、私が1冊あたり1~2時間かかっていた商品レビューを猛烈なスピードで書いてくれる。しかもわかりやすくて的確。
 そんなナオさんでも時々はミスをしたり、私の説明不足や勘違いで作業が二度手間になるようなことがあるのだが、それを伝えても絶対拗ねたり怒ったりしない。
 しかも一度仕事を覚えると、次からは何も言わなくてもその仕事をしてくれる。それが終わったら「次はこれをしたらいいですか?」と自分から聞いてくれる。

 ……と、こうして書くと社会で立派に働いている人たち基準では「いや普通じゃん」と思われることばかりかもしれない。しかし私の唯一の仕事仲間であった店長Bの仕事ぶりは悲惨の一言だったし、私自身も決して仕事ができる人間ではないので(第23回参照)、その基準からするとナオさんの有能さは人知を超えた異能力だったのだ。

 ナオさん加入の成果は数字にも表れた。それまで手が回っていなかった通販の商品レビューをナオさんがバンバン進めてくれた結果、売り上げがなんと3倍になったのだ。有能な人がひとり加わるだけでここまで差が出るのかと本当に驚いた。

 その仕事ぶりがあまりに常軌を逸している(※私基準)ので「こんなに働いて身体を壊したり、ストレスが爆発したりしないだろうか……」と心配していた。だが後に聞いたところによると、ナオさんは初出勤の帰り道パリッコさんに「神バイトあざす!」とお礼の連絡をするほど余裕だったらしい。そんなに有能な人がダメ社員の烙印を押される東京、実に恐ろしい場所である。

 さらにナオさんは仕事をこなすだけでなく、彼以外の人間にはなかなか務まらない、とても重要な役割を担ってくれた。店長Bの喋り相手……ベビーシッターならぬ、店長Bシッターだ。

 好き嫌いの激しいBは、一度嫌いになったものは物でも人でも存在価値すら認めないという悲しい習性を持っており、友達がたいへん少なかった。そもそもアダルトチルドレンで人に心を開くことがうまくできなかったため、誰かと打ち解けて話すこと自体めったになかった。
 そんなBがナオさんとは親しくなり、2人ともミュージシャンとして活動していたこともあって、なんかよくわからないバンドを結成するまでの仲になった。ナオさんが持つ穏やかさと人に心を開かせる不思議な魅力は、人間嫌いで偏屈なBでさえも屈服させたのだ。

 営業時間中はもっぱら2階で睡眠かゲームをしていたBだったが、ナオさんが出勤する日はよく1階の店に降りてきた。
 Bが降りてきた場合の仕事は基本的に内職なのだが(第18回参照)、彼は黙々と手を動かすことができない性分だったので作業中ずっと喋っている。そのためBの内職中、仕事にまったく集中できなくなるのが私の長年の悩みだった。
 しかしナオさんにBの話し相手を任せられるようになると、私は入れ替わりで2階に行き、誰にも邪魔されずに仕事に集中することができる。これには相当助けられた。Bが話しかけることによってナオさんの仕事効率も下がっていたが、元々の能力が高いためそれでも十分に仕事をこなしてくれている。ナオさんも大阪に引っ越したばかりで知り合いも少なかったためか、Bと話すことを楽しんでくれていた。

 また私は私で、育った環境も年齢も違うナオさんと話すことで自分の知らない世界が開けるのがいつも楽しかった。彼の知識の守備範囲は異常に広く、音楽、文学、映画、漫画、芸術など、とにかく文化的と言われるものすべてに精通していたし、私がどんなに無知でも決してバカにすることなく、いろいろなことを教えてくれた。
 何より衝撃を受けたのは、彼のお酒の飲み方と、大衆酒場というジャンルだ。
 ナオさんと出会う前、私は居酒屋やお酒に対して、チェーンの酒場で大勢で酔って騒ぐような体育会系のイメージを持っていた。しかし彼が教えてくれたお酒の世界はその対極に位置していた。一軒一軒異なる店主の人柄がにじみ出た大衆酒場の魅力。植物が光合成をするように酒場の空気そのものをゆるやかに楽しむ姿勢。私は次第に、飲酒とは映画や芸術と同じようにひとつの文化なのだということに気付き、その奥深さに惹かれるようになった。

画像1

 しかし、ここである問題が発生する。
 Bはお酒をまったく飲めない体質なうえ、「人前で酔っ払う女はだらしないし、そんな女が恋人だなんて言語道断」という戦前のド田舎に住む頑固ジジイのような思想を持っていたため、私がお酒を飲むことをひどく嫌がっていたのだ。洗脳ライフ真っ只中の私(第18回参照)はBの言うことなら何でも従っていたので、父親譲りの強靭な肝臓を活かすことなくノンアルコールライフを送っていた。なので大衆酒場に心惹かれようとも、アフター5に夜の街へと飲みに繰り出すことができなかったのだ。
 どうしたもんかと知恵を絞った私は、ある方策に出る。

 「アフター5に飲みに行く、すなわち娯楽として酒を飲むことは禁じられている。ならば仕事として酒を飲まざるを得ない環境を作ればいいじゃないか!」

 私は「お酒好きというナオさんの特性を活かして」という建前で、実際は自分がなんとかして酒にありつくために、シカクに少しずつアルコール要素を取り込むことにした。
 まず始めたのが『酒処ナオ』というナオさんの名を冠した飲酒イベントの企画。そしてそこに集まるお酒好きの人たちと交流して別の企画につなげ、打ち合わせや接待で「本当はそんなに飲みたくないけど仕事だから仕方なく」宴席を設けるように仕組んだ。回数は大して多くないが、大事なことは回数ではなく、Bの言いなりになっていた私が自分なりに工夫をしてその呪縛から逃れようとしていたことだ。
 Bの意思を組む形ではなく、自分の意思で新しい人と新しい関わり方をするようになり、私の世界は少しずつ、しかし確実に広がっていった。

 一方のBは相変わらず酒飲みを軽蔑しており、私の飲酒も多少は金になるから目をつぶるものの、Bの許容範囲を超えた飲み方をするときつく咎めた。宴席に参加していても大して楽しそうでもなく、大衆酒場に関心も持っていなかった。
 もともと私は好奇心旺盛で知らない世界に飛び込むのが好きなタイプ。かたやBは環境の変化が苦手で、限られた人間関係や趣味にとどまっていたいタイプ。今思えば、その差が如実に現れた最初のきっかけが酒だった。そしてここから2人の差はだんだんと広がっていき、数年後の決別の道へと繋がっていく。

画像2

★過去の連載はこちらから!
★シカクに興味を持ってくれた人は、お店のホームページもぜひ見てね。

サポートしていただけたらお店の寿命が延び、より面白いネタを提供できるようになり、連載も続けようという気合いに繋がるので、何卒お願いいたします。