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シカク運営振り返り記 第26回 シカク出版、全国流通への道 その1(たけしげみゆき)

 シカクはZINEや同人誌を売るお店だけど、シカク出版が作っている本は全国書店で購入や注文ができる。そうなるきっかけとなった出来事が起こるまでは、他の商品と同じようにシカクと一部の直接取引店舗だけで販売していた。

 シカク出版流通のきっかけとなったのは、2016年に発売した珍スポトラベラー・金原みわさんの著書『さいはて紀行』だ。

さいはて表紙

 それまでのシカク出版は、基本的にギャラリーで展示を企画し、それに合わせて画集を出版していた(詳しくは第21回参照)。だけど本作りの楽しさを味わっているうち、もっと違ったジャンルの本も作ってみたいという欲が出てきた。
 そうして初めて文章メインの本として出版したのが、珍スポトラベラー金原みわさんの『さいはて紀行』。みわさんが全国の珍スポットを訪ね歩くルポエッセイで、元々ブログで書かれていたものに加筆修正を加えたものだ。
 当時みわさんは関西を拠点にトークイベントや写真展を開催して精力的に活動しており、珍スポット愛好家の間では既に知られた存在だった。とはいえ一般的な認知がどこまであるかはわからず、本が売れる保証はまったくなかった。だけど売れる保証がない本を作るのがシカク出版。いつものように低予算ながら、できる限りの力を尽くして本を完成させた。

 みわさんの元々のネームバリューのおかげで、書籍発売のお知らせはまずまずの評判になり、新しく取引をしてくれる書店も何軒か現れた。しかしやっぱり急にたくさんは売れないので、既存のファンにある程度行き渡ったあとは細く長く売っていこう。
 ……そう思っていた。

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 本の発売から1ヶ月ほど経ったある日、HONZという書評サイトのライターさんから「本を紹介させてほしい」という連絡があった。もちろん願ってもないことなのですぐOK。数日後、本の魅力がよく伝わるとても嬉しい書評が公開された。
 記事の末尾には「本書は一般流通はしておらず、通販か一部書店にて購入可能です」という但し書きと、取扱書店リストへのリンクも掲載していただいた。

 異変が起きたのは、その直後から。全国の書店や図書館から1日に何件も電話がかかってくるようになったのだ。そして決まって「さいはて紀行という本を注文したいというお客さんがいるのですが、取り寄せはできますか?」と聞かれる。
 どうやら書評を読んで本に興味を持ってくれた人たちが、各地で「この本を注文できないか」と尋ねているらしいのだ。本はシカクの通販でももちろん売っていたが、送料がかかったり支払い方法が面倒だったり(当時はカード決済に対応していなかった)する。そもそも通販のページまでたどり着いていない人も多いだろう。そんな人たちが「じゃああそこの書店で一度聞いてみよう」となるのはまったくおかしなことではなかった。

 その電話がかかってくるたびに本は流通していない旨を説明し、直接取引の条件を口頭で伝え、電話口の書店名を聞いて住所を調べ、納品書を作り梱包して発送して……という作業をすることになる。1000円の本を1冊卸して得られる数百円の利益と、かかる手間を比べるとまったく割に合わない。
 とはいえ、全国にシカク出版の本を買うためにわざわざ書店に足を運んだ人がいることを想像するとやはり嬉しい。だから断るのもなんだかなあという気がして、ズルズルと1冊だけの注文を受け続けた。ありがたいことに本の評判は非常によく、売れるペースは衰えることなく業務を圧迫していった。
 私は頭の中でうっすら「これを自力でさばき続けるのはかなりキツイぞ……」と思い始めていた。


 それは大変だったけど、嬉しいことでもあるのでまだよかった。
 本当に辛い出来事は、想像もしていない形で起こった。

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 本はその後、新聞や雑誌など様々なメディアで書評を掲載していただき、著者のみわさんもwebメディアでインタビューを受けたりラジオに出演したり、どんどん活動の幅を広げていった。
 そんなある日、みわさんから耳を疑う知らせが届いた。

「出版社からさいはて紀行を出したいっていう連絡があったんですけど……」

 なんと誰もが聞いたことのある大手出版社が、シカク出版で作った本とまったく同じ文庫本を、自分の出版社から出したいと連絡してきたというのだ。それも1社ではなく2社から。
 出版して何年も経って売れ行きが落ち込んでるとか、絶版になっているならわかる。だけどほんの数ヶ月前に出たばかりの、そして評判になり始めたばかりの本だ。いやむしろ評判になり始めたから、トンビが油揚げをかっさらうように中身をごっそり横取りしようとしてきているのだ。

 もちろん嫌だ。嫌すぎる。
 だけど、何がみわさんのためになるかと考えると、絶対嫌だと言い切れない。
 聞いたこともない自称出版社から同人誌の延長線のような本が出たところで、大した自慢にもならない。大きな出版社ならハクもつくし、全国の書店に並ぶし、発行部数も多いからたくさんお金をもらえるはずだ。

 シカクにとっては幸いなことに、みわさんはその話を断ってくれた。だけど私はそんな話が出たこと自体が本当に辛く、めちゃくちゃ落ち込んだ。

 (自分は一体なんのために本を作っているんだろう……)

 シカク出版は売れるかどうかわからない、それでも自分が作りたいと思った本を作っている。
 売れなかったらもちろん赤字。
 だけど売れたとしても、こうやってなんの覚悟も努力もリスクもない、名前が大きいだけの会社から簡単に奪われてしまうかもしれない。そうなった場合シカクに残るのは、行き場がなくなった大量の在庫と「実はあの本を最初に出したのはうちなんです」という虚しい自慢だけだ。
 そんなことになってまで、本を作り続ける意味があるんだろうか。


 落ち込んで落ち込んで、数日間うまく眠れない日々が続いた。
 そして数日後、急に猛烈に腹が立ってきた。

「プライドも恥もない編集者が!!ふざけんじゃねえ!!!!!」

 だいたい、文庫化したいと言ってくるぐらいだから本の内容に感銘は受けたのだろう。それは素直に嬉しい。だけどプライドのある編集者なら、著者の才能を先に発見できなかった自分のアンテナの鈍さを恥じ、今ある本では伝わりきらなかった著者の魅力を別のアプローチで見せようとして然るべきじゃないのか。赤の他人が作った本を横取りして、どのツラ下げて担当編集者を名乗るのか。「こんな小さい出版社より我が社から出した方がたくさんの人に読んでもらえる」と思っているかもしれないが、大きなお世話だ。そんな小さい出版社に出し抜かれた自分の能力の低さを棚に上げ、会社の大きさを自分の力と勘違いして偉そうにしているとしか思えない。

 こんなにナメた真似をされるのも、元はといえば『さいはて紀行』が同人誌に毛が生えたような存在だからだ。だったら二度とそんなトンビ野郎が現れないよう、流通に乗せて全国書店に並べてやる!!
 怒り心頭の私は、一度は諦めた全国流通を絶対に実現させてやると固く決心した。
 そんな折、偶然お店を訪れたある人によって、シカク出版の本は予想外のトントン拍子で書店デビューを飾ることになる。

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