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【短編小説】永遠の35

*作者注釈――この作品は2023年3月に、「永遠の31」と改題しリライトしました。本作「永遠の35」は、リライト前の作品原本となります。よろしくお願い申し上げます。


ボクの宝物のはなしをきいてくれるかい? と言っても「くつ下」なんだけどね。なぜ、そんなものが宝物かって? それはね、このくつ下を履くと、なんだかとっても良いことが起こるんだ。 気のせいかな? でも、なんだかとっても運(ウン)が良い感じがするんだ。だから、これがボクの宝物。大のお気に入りなのさ。鮮やかな青色で、つま先とかかと、そしてゴムの部分が黄色のくつ下なんだ。
そもそもこのくつ下、全く同じくつ下が五足ある。五足セットだったんだ。だから五日履くことだって、毎日続けて履くことだってできる。だけど毎日は履かない。二日連続で履くこともしない。なぜかって? だって毎日履いていたら小学校の同級生になんて思われると思う?
「タケル、それしか持っていないのか?」
「毎日同じくつ下か?」
なんてね。そう思われるのもくやしいので、毎日は履かない。本当は毎日履きたいところだけれど、そこはガマン、ガマン。
だけど、たった一つだけ困ったこともある。全く同じくつ下が五足あるので、どれがどれだか分からなくなるんだ。まあ全く同じくつ下なんだから、お母さんは「気にするな」と言うけれど。でも、イヤなんだよなあ。買った時と同じ左右の組み合わせじゃないと。ボクは神経質なのかなあ? だからボクは買ったばかりの時、くつ下にチョット工夫しておいたんだ。くつ下の裏側、かかとの所にマジックでちっちゃく番号をつけておいたのさ。そう、五足だから「1」から「5」までの番号を振っておいたんだ。当然くつ下は左右で一組だから「1」が二枚、「2」が二枚……「5」が二枚、と言った具合だ。この左右の番号がずれちゃうと、なんだか本当にイヤなんだよなあ。
うちのお母さんは忙しいから、いつも洗濯した後、この番号が左右でずれてしまうんだ。お母さんに言ったことがあった。
「くつ下の左右の番号をちゃんとそろえてよ」
そうしたら、お母さんはちょっとコワイ顔をした。
「何言ってるの! 全く同じくつ下なんだから、そんなことしたって意味ないでしょ。そんなこと言うなら自分でそろえれば良いじゃないの。だいたい何にもお手伝いしないくせに。もうじきお兄ちゃんになるんだから、ちょっとはお手伝いしてちょうだいね」
逆に怒られちゃったんだ。たしかに「お手伝いしなさい」と言われちゃうとチョット弱いんだよね。
それでも買ったばかりの時は、何とか自分で左右のくつ下の番号をそろえていたんだ。でも、そのうちに面倒くさくなっちゃって。正直、今となっては番号なんて見もしなくなっちゃったんだけどね。お母さんの言うとおりだったよ。それでもボクはこのくつ下が大好きなんだ。ボクの宝物さ。だって、ものすごくカッコいいんだもの。そして、このくつ下を履くと何だかイイコトが起こるんだもの!
どんなイイコトが起こるのかって? それはねえ……

このくつ下を初めて履いた日のことさ。その日は、もちろん学校の友達に自慢したい気持ちでいっぱいだったけど、それを自分の口から言うのはちょっとねえ、やっぱり恥ずかしいじゃない? だから学校に行く前から「誰か言ってくれないかなあ」なんて思っていたんだ。
「おっ! おニューのくつ下かい? 格好良いじゃん」
いつも一緒に学校に行く大親友のコウタは朝一、会った瞬間に気付いてくれた。さすがコウタ。まあ、一番仲が良いのだから当然と言えば当然か、等と思っていたらそれだけではなかったんだ。
その日の体育の授業中、担任のヨコタ先生まで褒めてくれたんだ。
「オッ! タケル君、新しいくつ下かい? カッコいいね。とっても似合っているぞ」
みんなが見ている前でだよ。ちょうどサッカーの授業だったので、先生にリクエストされちゃったんだ。
「じゃあ、タケル君にゴールキックのお手本を見せてもらおうかな。その新しいくつ下で」
まあ、わりとサッカーは得意だったけど、みんなの前では緊張しちゃったなあ。でも勢いよくゴールめがけてボールをけったんだ。
「エイッ!」
大成功! 見事なシュートさ。みんなから拍手されちゃったよ。照れくさかったけど、うれしかったなあ。休み時間に入ったら、いつもはあまり気にもとめない女子たちまで褒めてくれたんだ。
「タケル君のシュート、かっこ良かったわよ」
今までそんな会話したことなかったから、なんだか恥ずかしかったけど、やっぱりうれしかったよね。
まあ、たったそれだけの話しなんだけど。新しいくつ下を履いただけで、みんなの注目を集めちゃって、ホントに「イイ」一日だったなあ。今、思い出してみても嬉しくなるんだ。これが、このくつ下を履いた最初の日の出来事さ。この日以来、このくつ下を履くとなんだか「イイこと」が起こるような気がするんだ。もちろん毎回ではないけれど。単に気に入っているから、そう思うだけかもしれないけれど。でも、やっぱりなんだか「イイこと」が起こる、そんな気がするんだよなあ。
――タケルが初めてこのくつ下を履いた日、その番号は左が「1」、右が「1」だった。
11「イイ」=「イイこと」

こんなこともあった。ボクたちの学校は毎月、第一水曜日は午前中だけの授業なんだ。午後は休みになるんだ。なぜかって? それは学校の先生たちの勉強会があるからさ。「市の教育研修会」=略して「シ・キョウ・ケン」って、ボクらはよんでるけど。先生たちが勉強してくれるのでボクたちは午後が休みになる。だからこの日はとっても得した気分になるんだ。
ある日、その日は金曜日だったんだけど「朝の会」の時、先生がすまなそうな顔をして教室に入って来た。
「みんな、今日は緊急のシキョウケンが入ってしまったんだ。本当に申し訳ないんだけど本日は午前中だけの授業になります。午後は休みになります」
みんな飛び上がって喜んだね。学校が終わったあと午後はコウタはじめ、いつもの友達と第一公園に集合さ。何をしたかって? もちろんサッカーさ! その日もこのくつ下を履いていたんだ。
――タケルがその日、履いていたくつ下は左が「5」、右が「5」だった。
55「ゴゴ」=「午後」

あの日は体育の授業の後だったのでお腹ペコペコになっちゃって、体操服から着替えることもせずに、すぐに給食にしたんだ。何が出たと思う? 大好物のカレーライスだったんだ。
「ウマイッ」
勢いよくほおばっていたら、
「あっ、やっちゃった」
カレーをチョットこぼして、白い体操服につけちゃったんだ。
「アチャ~」
急いで水道で洗ったんだけどダメだった。どうしてもカレーの黄色が落ちないんだ。「コリャ、お母さんに怒られるなあ」と思いながら家に帰った。黙っていても見ればわかることだから、正直に白状したんだ。
「お母さん、ゴメンナサイ! 給食の時、カレーこぼしちゃって体操服が……」
そうしたら、お母さんはなんて言ったと思う?
「あらっ」
最初はチョット驚いた顔をしたお母さん。カレーの染みのついた汚れた体操服を手に取り、しげしげと眺めていた。
「タケル、この体操服もずいぶんと長く使ったよねえ。まあ、だいぶボロくなってきたから、今度、新しいのを買いましょうね」
今度は逆に、ボクの方がビックリしちゃったよ。怒られると思っていたら、なんと新品の体操服を買ってくれるって言うんだから。
「超ラッキー!」
その日も、もちろんこのくつ下を履いていたのさ。
――タケルがその日、履いていたくつ下は左が「4」、右が「3」だった。
43「シミ」=「染み」

その日も第一公園で、コウタたちとサッカーをしていたんだ。ちょっとやり過ぎちゃって、家に着くころにはもう夕焼けになっていた。まぶしいくらいの夕焼けだったから、真っ先にカーテンを閉めたんだ。ボクの部屋は二階にあって、ちょうど西側に大きな窓がついている。だから夕方になると西日がまぶしくて、よくカーテンを閉めるんだ。でもその日は夜になって寝る時に気がついたんだ。
「そうだっ、窓のカギを閉めたっけな?」
確認するためにカーテンを開けて思わず声が出た。
「オッ?」
窓の外に何か消しゴムくらいの、小さな黒いものがくっついていた。
「ゴキブリか?」
初めはびっくりしたけど、よーく見たら角が2本あったんだ。
「ひょっとして?」
急いで窓を開けて捕まえたんだ。そう、ノコギリクワガタだったんだ。
「マジかっ、やったね!」
 もちろんその日も、このお気に入りのくつ下を履いていたのさ。
――タケルがその日、履いていたくつ下は左が「2」、右が「4」だった。
24「ニシ」=「西」

体育館で全校集会があった日のこと。校長先生が、いつものように退屈な話しを延々と続けていた。
「――であるからして、掃除というのは単に場所をきれいにすることにとどまらず、自分の気持ちを整理にすることになるのです。特に大げさな時間をとる必要などありません。チョットした工夫をするだけでも、十分きれいになるのです。だから皆さん、今日はこの体育館から教室に戻るまでに、学校中の紙くず、石ころ、汚れたものなどを一つ以上拾って戻りましょう。普段何気なく歩いている廊下、下駄箱、校庭、もちろん体育館や教室、ありとあらゆる所を目をこらして探してみてください。皆さんがたった一つ拾うだけで、あわせればどれだけたくさんの数になるでしょう? 私たち先生も、皆で拾って戻りますので、みんなで学校中をきれいにしてみましょう……」
ホントは「ちょっと、面倒くさいな~」と思ったんだ。でも、やっぱり校長先生の言う通り、きれいにしないといけないよね。みんなで、なにやら汚いものを色々拾い集めながら、体育館から教室まで戻ったんだ。普段はあまり気にもとめない隅っこの方にまで、みんなで目をこらして探したんだ。
ボクは体育館を出てすぐ左にある渡り廊下を進んだ。そうしたら、その横にある水飲み場で、潰れたペットボトルのようなものを見つけたんだ。水飲み場の下の方に落ちていたので「汚いなあ~」と思いながら拾ったんだ。その時、水飲み場のウラ側に何やら丸っこいものが見えた。「何かなあ?」と思ってのぞいてみると、それはサッカーボールだったんだ。それもマジックで4―3(4年3組)って書いてあるじゃない! 先月なくなったボクたちのクラスのボールだったんだ。こんな所にあっちゃ、見つかりっこないよね。
「でかしたぞ、タケル。よく見つけた」
クラスのみんなに褒められたのは言うまでもない。それからはまた休み時間にも、みんなでサッカーができるようになったのだから。その日も、このくつ下を履いていたんだ。
――タケルがその日、履いていたくつ下は左が「5」、右が「3」だった。
53「ゴミ」=「ゴミ拾い」

あれは午後の授業がなかったので、シキョウケンの日だったと思う。いつもなら第一公園でサッカーを、と言う所なんだけど、その日は珍しく図書室に行ったんだ。この前、ノコギリクワガタを捕まえたので昆虫図鑑で色々と知りたかったんだ。図書室に入ると、そこに、見慣れたポニーテールの後ろ姿があった。
「あっ」
思わず声が出るところだった。実際にはビックリして声が出なかったんだけど。
「あら、タケル君。図書室って珍しくない?」
逆に声をかけてくれたのが、同じクラスのマリアちゃんだったんだ。マリアちゃんはクラスの人気者。髪が長く、肌が透き通るように白い女の子だ。おそらくボクだけでなく、皆が皆、ポーっと見とれるほど綺麗な女の子だ。だけどボクは今まで、そんなに話したことはなかった。だって、ねえ……
「タケル君、この前のシュートはスゴかったわ! タケル君って、サッカー上手なのね」
「そ、そんなこともないよ……」
しどろもどろに言うのが精一杯だった。その時は、それだけで終わったんだけど。その日以来、教室でふとみると何だかマリアちゃんと目が合っちゃうんだよね。向こうも目が合っては何となく恥ずかしそうな、でもイヤじゃなさそうな……
ボクだって恥ずかしいけどイヤな感じなんてしないよね、正直。コレって、ひょっとしてウフフフ……
――タケルがその日、図書室で履いていたくつ下は左が「5」、右が「1」だった。
51「コイ」=「恋?」

あれは年末のことだ。前々から約束をしていた体操服をやっと買ってもらうことになった。お母さんのおなかが、だんだんと大きくなってきたので約束が延び延びになっていたんだ。お母さんに無理はさせられないので、ボクはお父さんと一緒に近所の商店街に行った。
ちょうど商店街では「年末福引きセール」をやっていた。三千円以上のお買い物をすると一回福引きが引けた。福引きはガラガラ回すとポトンと小さな玉が出てくるアレだ。その玉の色で一等~十等くらいの景品がもらえるんだ。一等は赤い球、十等は白い球がでるみたいだった。白い球の十等の景品はポケットティッシュ一個だった。これはほとんど残念賞だね。でも赤い球の一等賞は何だったと思う? なんと、その商店街で使える「商品券五万円分」だったんだ。
「一等は、三名様に当たります!」ってポスターに書いてあったっけ。だけど、ボクが福引きをしようとした時には、既に一等賞が一つ出た後みたいだった。
「一等は残り二つ! まだ出てません」
お店の人がしきりに大きな声で宣伝していた。その日は体操服を買ってもらったので、ちょうど一枚、福引き券をゲットしたんだ。早速そのまま、お父さんと福引きをやっている抽選所に行って並んだのさ。そして、やっとボクの一つ前に並んでいるおばさんの順番になった。
ガシャン、ガシャン、ポトンッ!
「おめでとうございま~す! お見事『赤玉』一等賞で~す!」
なんたることか! よりによって、ボクの前で一等賞がでちゃったんだ。
「アリャリャ、タケル。こりゃあ、まいったね……」
隣でお父さんは笑っていたっけ。そりゃ、そうだ。こういうときは笑うしかないよね、苦笑いを。当たったおばさんは、それはそれは嬉しそうに「五万円分の商品券」をもらっていったっけ。
「さあさあ、たった今、一等がでました。おめでとうございま~す。まだ一等はあと一つ残っています。一等賞の赤玉はあと一個、この中にちゃ~んと入っています。残りの一個、是非当ててくださ~い」
お店の人がさらに大きな声を出していた。そしていよいよボクの番になったけど、ボクはなんだか全然自信が無かったんだ。だって前の人が当たったのをみちゃったら普通はねえ……
「さあ、おにいちゃん、頑張って残り一個の赤玉を出してちょうだいね」
お店の人はやたらと大きな声で笑顔を作っていた。ボクは勢いよく回したんだ。
ガシャン、ガシャン、ポトンッ!
「スゴイ! またまた一等賞で~す。最後一個の赤玉でました。おめでとうございま~す!」
まさか、こんなことがホントにあると思う? 一等賞が二回連続で出ちゃったんだ。あまりのことにボクはポカンとしちゃったよ。
「オッシ! デカしたぞタケル」
逆にボクよりお父さんの方が興奮していた。ボクをかかえてグルグル回るほどの喜びようだった。一等の商品券はお父さんにとられた――イヤイヤもちろん全て渡したけど、それで十分さ。だってその商品券で、ちょうど古くなっていた手袋と長靴まで買ってもらったんだもの。でもまさか、あそこで残り一個しか入っていなかった赤玉が出るとはね。
――タケルがその日、履いていたくつ下は左が「1」、右が「5」だった。
15「イッコ」=「残りの一個」

あれは東京では珍しく大雪の降った日の翌日だった。前日の大雪とは打って変わって、空はさわやかに晴れわたっていた。夜中の雪が降り積もり一面の銀世界。朝、この前買ってもらったばかりの新しい手袋をはめ、新しい長靴を履いて家を出ようとした時お母さんに呼び止められた。
「だいぶ雪が積もっているから、ひょっとしてぬれるかも。もう一足、予備のくつ下を持って行きなさい」
 その時は何を言っているのかわからなかったけど、朝、急いでいたのでお母さんに言われるままに予備のくつ下をランドセルに詰め込んだのさ。もちろん、その日もお気に入りにのくつ下を履いて家を出たんだ。そして予備にもお気に入りのくつ下を慌ててカバンに入れて家を出たのさ。こんな時、五足もあるから便利なんだよね、このくつ下は。
 ちなみに、この頃には既にかかとにマジックで書いてあった数字は、ほとんど消えかかっていたんだけどね。
さて、学校に着くと担任のヨコタ先生がニコニコしていた。
「今日は見ての通り雪だね。滅多に降らない雪が降ったと言う事は? そう! みんなで雪遊びだ。午前中の授業は中止! 給食の時間まで校庭で雪遊びだ。さあ、みんなで外にレッツゴー」
分かっているね、ヨコタ先生! さすがボクたちの担任だ。先生のこういう所が好きなんだ。もっとも校庭に出てみると、ほとんどの学年、いや、ほぼ全校生徒が校庭に出ていた感じだった。たぶんこれは学校中で許可されていたんだろうね。とにかく先生たちも、子供たちの中に入って大はしゃぎ。雪だるまをつくったり、雪に飛び込んだり、雪合戦をしたり、かまくらを作ったり。子供たちも笑顔、先生たちも笑顔。ワーワー、キャーキャー、それはそれは楽しそうな声、とってもうれしそうな声があっちこっちの校庭中に響いていた。
散々雪の中を走り回ったボクは、気がついたら長靴の中もビショビショになっていた。そこで初めて気がついたよ。お母さんは、これを想定していたんだね。ボクは全く気付かなかったよ。
「お母さん、ありがとう! 見事な読みだね」
クラスメートはみんな休み時間に、ぬれた服やら、くつ下やらを教室中に干して乾かしていたけど、ボクは大丈夫さ。だってお母さんの読み通り、予備のくつ下をもう一足持ってきていたからね。
――タケルがその日、最初に履いていたくつ下は左が「4」、右が「1」だった。そして予備に履き替えたくつ下は左が「4」、右が「3」だった。
4143「ヨイヨミ」=「お母さんの良い読み」

そして最近、一番嬉しかったのは先週の日曜日のことさ。その日もこのくつ下をはいていた。日曜日だって履くのさ。だって宝物だからね。コウタたちといつもの第一公園でサッカーをしてから家に帰ってみると、なんだか家の中が慌ただしいんだ。おばあちゃんが落ち着かない様子だった。
「お母さんの陣痛が始まったの。もうじき赤ちゃんが生まれるのよ」
なんだかよく分からないけど、その日の朝、ボクがサッカーに出かけた後に、お母さんが赤ちゃんを産む準備に入った、って事らしかった。お父さんが一足先にお母さんを病院へ連れて行ったそうだ。
そしてその夜、ボクはとうとうお兄さんになったんだ! 今までズーット、ひとりっ子だったけど、その日からはお兄さんさ。初めての兄妹、初めての妹ができたんだ。名前は「ミコ」っていうんだ。
初めて病院でミコを見たときは、なんだか「サル?」みたいにおもっちゃった。だけどボクのことをみて、ミコが笑ってくれたように感じたんだよね。お母さんにきいたんだ。
「ボクのこと見えているの?」
「まだ目は見えないはずよ」
お母さんは優しく教えてくれた。
「でもお兄ちゃんだって分かるみたいね。『これからよろしくね、お兄ちゃん』って言って笑っているのよ、きっと」
それをきいたら、ホント嬉しくなっちゃって。なんて言うか、もう本当にかわいくて、かわいくて! その時、ボクは心に誓ったんだ。これからはボクがミコのことを絶対守るってね。ずっとずっと、何があってもミコを守るってね。だってボクはミコのたった一人のお兄さんなんだから!
――タケルがその日、履いていたくつ下は左が「2」、右が「3」だった。
23「ニイサン」=「お兄さん」

「タケルや、早く起きなさい! もう八時過ぎだよ」
 その日、タケルはおばあちゃんに起こされた。
「えっ?! もうこんな時間? もっと早く起こしてよ、おばあちゃん」
「何言ってるんだい! もう何回も起こしたんだよ、おばあちゃんは」
お母さんは出産したばかりだったので、まだ入院していて留守だった。お父さんはとっくに会社に行った後だった。
「完全に遅刻だっ」
タケルは大慌てで服を着て家を飛び出した。朝ご飯なんて食べている暇はなかった。そんな中でも無意識に例の宝物のくつ下を履いて、一目散に学校に向かった。いつもだったら通学路の指定された歩道橋をちゃんと渡るのだが、この日ばかりは違っていた。いつもの時間より大分時遅いので、交通整理の「ミドリのおばさん」もこの日は既にいなかった。タケルはものすごく焦っていた。それがいけなかった。
「今日だけは仕方ない」
と思った瞬間だった。
ブ、ブブッー!
キュッ、キュ、キュー!
ドッ、ドカン、ガシャンッ!
けたたましい車のクラクションと、車の急ブレーキの音。と同時に爆発したかのような大音響。
「キャー、キャー」
「早く救急車を」
「子供がはねられた」
通行人の悲鳴と、怒鳴り声と、そして泣き声と。
――タケルがその日、履いていたくつ下は左が「4」、右が「2」だった。
42「シニ」=「死に……」

「このくつ下はボクの宝物。このくつ下を履くと、とってもイイコトが起こるんだ。今日もボクはお気に入りの靴下をはいている。
でも、なぜ?
今日はみんなボクの顔を見てなぜ泣いているの?
ねえ、お母さん!
ねえ、お父さん!
ねえ、おばあちゃん!
ねえ、ミコ!
なぜ泣いているの?
なぜこたえてくれないの?
ねえ、コウタ!
ねえ、マリアちゃん!
ねえ、ヨコタ先生!
ボクの声が聞こえないの?」
遺影の中のタケルを見つめながら、家族をはじめ、友達、先生そして多くの人々が泣いていた。
「お母さん、ボクがお手伝いしないから、怒っちゃたんだね。
ごめんなさい。これからは、ちゃんとお手伝いをするよ。
そっか! たった今、初めて気が付いたよ。
今日も、このくつ下の番号がずれていたんだね。
これからは、くつ下の左右の番号を自分でちゃんとそろえるよ。
だから許して、お母さん! 
お願い、お願い、お願い……」
――タケルがその日、天国で履いていたくつ下は左が「4」、右が「5」だった。
45「シゴ」=「死後……」

――十年後
「ミコ、お墓参りの準備はもうできたの?」
「もう着替え終わったわよ。今、ヤマトの着替えを手伝っているところよ」
ミコが生まれた翌年にヤマトという弟が生まれていた。
「ヤマト、今日はお兄ちゃんの命日だから、ちゃんとこれを」
「分かっているよ、お姉ちゃん。お兄ちゃんの宝物だったくつ下でしょ」

居間では、おばあちゃんが寂しそうにつぶやいた。
「あれから十年、ちょうどミコはタケルと同じ年になるんだねえ」
「ほんと早いわねえ」
お母さんもしみじみとため息をついた。
「あの時、私がもっとしっかりしていれば」
「もう、その話はしないことになっているでしょう」
おばあちゃんがまた泣き出しそうになるのを、お母さんがなぐさめた。おばあちゃんはハンカチで涙を拭った。
「でもミコが十歳、ヤマトが九歳だものねえ。タケルの宝物のくつ下をちゃんとヤマトがはけるようになったんだからねえ」
「時が経つのは早いわ。タケルが生きていたら二十歳の成人式を迎えるはずだったのよね」
タケルが天国に旅立った時、タケルの宝物のくつ下は半分はタケルと一緒に天国へ、そして残りの半分はタケルの形見として大切に家族の元に保管されていた。

「さあ、準備ができたらみんな行こうか」
お父さんの号令で家族全員がお父さんの運転するワゴン車に乗り込んだ。
その日はタケルの命日のお墓参りが行われた。お墓の隣にあるお寺では、慎ましやかにタケルの法要が営まれた。
タケルのお墓の前ではお父さん、お母さん、おばあちゃん、ミコ、ヤマトが静かに手を合わせた。写真でしか見たことがない兄タケルのことを、ミコやヤマトはどう思っていたのだろう?

――タケルもその姿を嬉しそうにみていた。
「ありがとう、みんな来てくれたんだね。
本当にありがとう。嬉しいよ。
とっても、とっても嬉しいよ。
みんながボクのことを思ってくれる。
いつまでも、いつまでも忘れずに思ってくれる。
だからボクは生まれ変わることができたんだよ。
もう一度お父さんとお母さんの子供に。
そしてミコのきょうだいに。
ボクはいつでもミコと一緒にいるんだからね。
だって、そう誓ったじゃないか。
これからずっとミコを守るって誓ったじゃないか。
ボクはミコのたった一人のきょうだいなんだから」
――ヤマトがその日、履いていたくつ下は左が「3」、右が「5」だった。もちろんタケルが履いていたくつ下も左が「3」、右が「5」だった。だって二人は……
35=「ミコ、これからもずっと守るからね。だってミコはかけがえのないきょうだいなんだから。ヤマトとタケルとミコと。これからも、ずっと一緒だからね。ずっと、ずっと、ずっと……」

3月5日、タケルの命日に静かにお墓参りが行われていた。

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