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夏虫いずこ

足元の水面を見ていた。足首から浸かった川辺の水。太陽が反射しては幾何学模様に変化し、やがて、消えていく。2度と同じ形にはならない。少しひんやりとした水が、足首からゆっくりと僕の熱を奪っていく。いつか熱が空っぽになった時、季節と同化することはできるのだろうか。

ソウは僕の隣に座っていた。夏虫を左手の背に侍らせている。とろりとろりと冷たい粘膜がくすぐったいと笑いこけている。とろりとろりと、夏虫はその透明な体を、空に近づけようとしていた。

「なんで夏虫にきづけた?日中は透明だから、見つけられないはずだ」

僕が我慢しきれずに聞いた。それは僕の自尊心に深い傷を負わせる質問だったが、暴れる好奇心にはかなわなかった。ソウは、いつのまにか夏虫を川辺の石にゆっくりとおろしていた。夏虫はソウの手の平など気づいてないように、とろとろと岩場の隙間へと消えてゆく。やがてのこった粘着性の透明な残滓も蒸発して消えると、僕にはもう夏虫の居場所など到底見つけられなかった。

「自分のか?自分で飼っていたのか?」

「いや、足元にいたから拾った」

わざと僕を煽るような表情でソウは答える。左の二の腕で額の汗を拭い、シャツを脱いでは日の当たる、近くのひと際大きい岩に広げて干した。

「暑いな」

ソウはまた川辺の木陰に戻って誰に伝えるともなく言う。8月の上旬。夏真っ盛りといった晴天の午後だった。それでも川沿いという事もあり待ちにいるよりは大分涼しく、時折吹き抜ける強風は僕の憂鬱を一時的にだが全て奪い去ってくれるほどだった。これ以上問いかけてもソウの思うがままだと僕はあきらめては川に沈めていたラムネを取り出す。頭のビー玉を近くの岩にぶつけては、噴き出した泡を逃がすまいと口に含んだ。

「夏虫って何なの?ケホッ」

大して気にしていないふりをして問いかけたが、思いのほか冷たいラムネに噎せ、慌てたことを悟られたかとソウを脇目で見たが、ソウは何もそれに対して思っている様子はなかった。それより、僕はその切なそうな表情に驚いたのだ。

「夏虫は夏虫だよ、夏にいる虫だから夏虫。」

「蝉みたいなかんじ?」

「…そうとも…いや、ちがうな、蝉は例えば季節が過ぎても形は残るが、夏虫は夏が去ったその時には、もう地上から…存在していない」

ソウはなんだか急に真面目に話し出したかと思うと、またすぐ口を閉じては静かに、青空のどこか空間を読むように黙った。


って、所までは考えたんだけれどね、やっぱり夏虫は銀河と四季の道標のブログで作った作品が最上で最高だな、無駄なつけたしはいらないや。それでも僕は夏になるとあの日の夏虫に会いたくて会いたくて藻掻く。けれど僕には見つけられない。夜になると星空を背中に映すというが、いくら探しても見つけられないのさ。僕がつくったのに、不思議だな。

夏虫たるものの正体が(ぼくのいうところの夏虫は、だれかにとっては夏虫ではないかもしれない、そしてまた、ここでいうところの夏虫は、そこら辺にいる図鑑に載っている夏の虫ともまた違う)なんたるかを暴くために藻掻くのが夏だから。見つけたいけれど見つからないでとも思うこの正当な矛盾をきっと、人はみんな夏に抱えている。それは楽しかった思い出かもしれないし、かなえられなかった夢かもしれないし、過去、というだけでそれは宝石のようにキラキラ光って見えるのだから。いや、ここで深層心理にことの真理を暴かれてしまっては本末転倒なので深くは語るまい。しかしその危うい季節はもう、目と鼻の先にあるのだ。

僕の花火を隠して、踊りを隠して。ワクチンを打つ、その現実的な季節が目の前にのうのうと大股開きでのさばっている。それでもお前ら人間は、私を拒絶できないのだと宣っている。そしてそれを聞いて僕は「うん、そのとおりなんだ♪てへっ」と答えてしまう。

ビールさえ飲んでればいいんだろ?端から僕を低俗と決め込んだ夏のあしらいはひどい。だが僕は溺れるように、大切な何かを見失うように浴びてはそのまやかしに生きる。花火はないけれど、踊りもないけれど。その仕込まれたワクチンはこうして夏を特別と認識した時から無意識下で打たれ続けてきたのだ。ほら、あのぎんぎら光る太陽をみると、多幸感につつまれるだろ?抗うな、受け入れなさい

1.2.3パチンッ!

どんどん夏虫は見えなくなる。足跡さえ、夜の姿さえ見失っていく。それが仕組まれたワクチンの効果。思考回路が固定されていく、当たり前を当たり前だと受け入れていく、逃したものは手に入れられないよ、ほら、ビール飲んで

…パチン!

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