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奄美紀行

ここう。ここう。マテリアの滝では今までに聞いたこともない鳥の鳴き声が聞こえる。日本の本島では見ることができないような大きな葉っぱ。人間の知らない生物が笠にしていそう。ごつごつとした岩から流れ落ちる水。観光地として人から見られることに慣れていない滝がどうどうと音を立てて流れ落ちる。深い緑色に覆われながら、真っ白な水柱が勢いをとどめることもなく。

360度見渡す限り自然の力に満ち溢れた場所は奄美の中でも数少ない場所だった。奥に進むだけ風は強く、険しく、人間の住処から離れていくような気分だった。ドラマの舞台となったこの場所も台風前夜にはわたしたち以外誰もいない。ぼうぼうと草木に覆われた細い道を泥濘に足を取られながら進んでいく。海と、空と、一面の緑。荒れた白波と恐怖さえ感じる速さで流れていく灰色の雲。住んでいる地球がどんな場所なのかぴりりと思い出させてくれる。

台風が7月も8月も全然来なかった。そのせいで海の温度は上がり、珊瑚が死んでいく。潜って見る珊瑚は死にかけた方が色づいていて綺麗だというアイロニー。海の中は思ったよりも随分と静寂だった。代わりに自分の呼吸の音がココココと聴こえる。死が近づく恐怖と快楽は不思議なもので、時間がゆっくりと過ぎていくような気分だった。わたしたちはまだ知らない世界に出会う。今日も、これからも。

海水を含みすぎた木々は葉の一点に海水を貯める。葉っぱは次第に黄色に染まり、やがて剥がれ落ちその役目を終える。汗をかくようなこの習性をもつ植物を総じてマングローブと呼び、実はそれぞれ種類が違うことはあまり知られていない。フォレストポリス。森の番人。入り組んだ木々の間をカヌーで巡る。満潮時3時間あまりの限られた時間でしか入ることを許されない世界。毎回姿を変える海との境の迷路。


崎原海岸の砂浜は真っ白で、さらさらだった。白くなった珊瑚があたりには転がっていた。ざざあ、ざざあと波の音は絶えない。砂浜に入り込んでゆく音は、あたかも大地が洗濯されているようで、どんどんと心のひだが磨かれていった。台風が去っていった空には青空が広がり、画像加工されたような彩度の海がきらめく。この空間で世界全てが完結しているようで、わたしいつまでも目を離すことができなかった。

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