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なぜ、デザイナーは「コート紙」を嫌うのか? 紙の種類のはなし

ビジネスに使えるデザインの話

ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。

デザイナーは、コート紙を嫌うの?

コート紙って、何なのか?って話のまえに、「そもそもデザイナーはコート紙を嫌っているのか?」という話を少しします。嫌っていないグラフィックデザイナーももちろんいるでしょうし、コート紙が悪って話でもありません。以前、「Arial」という書体をデザイナーが嫌う理由について書きましたが、あれには道義的な理由にがありました。

今回は、統計を取ったわけでも、エビデンスがあるわけでもないのですが、それでも、「デザイナーのなかにある、コート紙を避けたい理由」というものがあるので、その理由を説明しつつ、紙にはどんな種類があるのか、できるだけ簡単に話をしていきたいと思います。

紙の3つの種類

ほんとはもっといっぱい種類がありますが……
source: Office Press “A Guide to Paper Types and Sizes”

紙の種類は、ざっくり言って3つの種類があります。厳密に言えば、もっともっとありますが、今回はすごくざっくりとわけちゃいます。もっと詳しいマニアックな紙の話は、また別の機会にします(これはこれでけっこうおもしろい話です)。

1.非塗工紙

source: Jmv Papers Private Limited “Coated and Uncoated Paper”

非塗工紙(ひとこうし)とは、文字通り、塗工されていない紙です。「そもそも、塗工されているの?ってか、塗工って何?」って思われるかもです。それは次の紙の種類で説明しますが、“すっぴん”状態の紙、がこの非塗工紙です。
トイレットペーパーも書籍に使われる紙のほとんども、この非塗工紙。さらさらとかざらざらとした手触り感があり、インクは少しにじみます。非塗工紙に写真をプリントすると色がにじむことも手伝って、色が沈みます。ちなみに英語では、Uncoated Paperと言います。

「すっぴんっぽい紙」が、非塗工紙です。

2.塗工紙(コート紙)

コート紙
source: Alibaba.com “Coated paper price manufacturers sell to indonesia pakistan”

非塗工紙を「すっぴん」と喩えましたが、塗工紙(とこうし)は、化粧した紙です。しかしもうちょっと詳しく例えると「ファンデーションをしっかり施した紙」と言ったほうが良いでしょう。なぜなら、塗工する理由は、

紙の上にインクがきれいに乗るため

だから。化粧ノリを良くするためのファンデーションのようなものが、紙に塗工されているのが、塗工紙です。紙はできたてだとちょっとボコボコしています。平滑性が低いわけですが、それが「ざらざらとした」とか「かさかさした」という手触りの理由です。それを塗工することで、平らにします。そうすると手触りは、「つるつる」になります。そして塗工されているため、インクがにじまず(紙に染み込まず)、紙の上にきれいの乗ります。つるつるしているだけでなく、マットになったコート紙もあります。すごくコートした紙もあれば、ちょっとコートした紙もあります。雑誌の多くは、このコート紙を使っています。雑誌では写真を使うので、写真をきれいにみせるインク乗りの良いコート紙が適しているからです。チラシにも良くコート紙が使われています。スーパーのチラシなどで、ときどきピンク色や緑、黄色の紙に一色だけで印刷されたものがありますが、あれは色上質紙という紙で、あっちは非塗工紙です。

3.ラフグロス系

本来なら、「ファンシーペーパー」と言いたいところなんですが、「ラフグロス系」とします。「ファンシー」というと乙女チックなキラキラした印象を抱くかもしれませんが、英語のfancyには「高級な」という意味もあります。“a fancy restaurant”と「高級レストラン」という意味になります。ということで、ファンシーペーパーとは、「高級でけっこう特殊な紙」という意味です。ファンシーペーパーが目指すのは、「リッチな付加価値」であり、手触りや印象やインクの乗り方、透けていたり、なんなら圧と熱をかけたところだけ半透明になる、という特殊な紙があります。しかし、今回フォーカスしたいのは、ラフグロス系と言われる紙です。これもファンシーペーパーに含まれ、高級(値段が高い)です。

ラフグロスとは、紙の質感が「ラフ(ざらざらとかサラサラといった手触り感がある)」のに、印刷したインクがグロス(艷やかな)な紙のことを言います。紙の風合いがありつつ、印刷はきれいにのる、そんな紙です。代表的なラフグロス系の紙は、ヴァンヌーボシリーズとMr.Bという紙です。

ヴァンヌーボシリーズ
画像引用:TAKEO「ヴァンヌーボシリーズ」
Mr.B
画像引用:株式会社新晃社「Mr.Bとは」

ちょっと良いブランドのカタログなどに使われます。会社案内などにも使っているところもあります。非塗工紙を「すっぴん」、塗工紙を「化粧した」と喩えましたが、その流れでいうと「ナチュラルメイク」に相当するのが、このラフグロス系です。


なぜ、ラフグロス系という紙があるのか?

コート紙は、印刷ののりが良いので、重宝され、非常に多く生産されてきました。その結果、コート紙は、どんどん安くなっていきました。もちろん、一部の非塗工紙のほうが安いのですが、コート紙の市場における占有の割合は増えて、「安くて便利で、すぐ手に入る紙」という地位を獲得します。

しかし、高級感を出したい、紙としての手触り感を大事にしたい、というときに、このコート紙の「安くて便利」という地位は邪魔な記号になります。加えて、

コート=加工された

というニュアンスは、オーガニックなどを尊重する傾向がある現代において、そrを避けたいと思う場面もあります。高級レストランで、化学調味料はつかっていて欲しくないわけです。最高級の、ナチュラルな素材を使って、ヘルシーに美味しいものを作っていて欲しい。しかし、写真は美しく見せたい。そこから、

自然な風合いがあるのに、写真はきれいに印刷できる紙があった最高なのに

というわがままなニーズが生まれました。それがラフグロスです。高級、ラグジュアリーというものは、それを伝えるときに「わかるひとにはこの良さがわかる」という「わかりにくさ」を伴います。がゆえに、ロゴは小さくなり、避けない飾りを排除していきます。ラグジュアリーブランドの紙袋が、その良い例です。

グラフィックデザイナーは何がしたいのか?

本質的にデザインというのは、機能です。それそのものに自立した存在意義がありません。誰かが何かしたいことに役立つものが機能です。デザインがあるところには、何かしたい主体があって、その主体には目的があり、それに達成しやすくするもののひとつがデザインです。

それを担うグラフィックデザイナーは何をしたくて、その仕事をしているのでしょうか?企業内のグラフィックデザイナーでなければ、クライアントは複数おり、その業界もバラエティーがあるものになります。そのため、特定の目的達成をミッションとは捉えていないはずです。であれば、やりたいことに一般性が出てきます。それをざっくりいうとこうなります。

「素敵な見た目のものを作って、素敵だと思ってもらいたい」

資生堂の広告を見たり、素敵な装丁の本を手にしたり、大好きな商品のパッケージに感動したりして、多くのグラフィックデザイナーのたまごたちは、グラフィックデザイナーを目指すのではないでしょうか。なれば、「より素敵なもの」を自分の手でデザインしたい、という志向をもつはずです。このため、「安くて便利」な記号を持つコート紙より、手触り感があるのに写真がきれいに印刷できるラフグロス系の紙などのファンシーペーパーを好んで使いたいはずです。これが、“デザイナーは「コート紙」を嫌うのか?”の答えです。

まとめ

今回は、「なぜデザイナーは「コート紙」を嫌うのか?」という問いを設定し、それに答える過程で、紙の種類を3つ紹介しました。正直、デザイナーがコート紙が嫌いだろうが、好きだろうが、それは問題ではありません。問題は、

紙というものが、伝えているものに注目してみると世界がまた拡張して楽しい

ということでした。雑誌『フォーブス』をわたしは、定期購読していたのですが、途中で紙が変わりました(悪い方に)。わたしはそこから雑誌が、紙に対して予算を減らす傾向になるんじゃないかな?と感じました。雑誌業界全体なのか、日本のフォーブスだけの話なのかはわかりませんが、雑誌というメディアが、デジタル「アプリで見るもの」に移行しているのかもしれないし、そもそも雑誌というメディア自体が他のものに取って代われつつあるのかもしれません。そんなことを紙の質感で感じました。それって、なかなかおもしろい情報の受け取り方ではないかと思います。そんなおもしろさを、伝えられたらいいなと思いました。


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