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高級を代表し、原田マハの小説にも登場する「コンケラー」という紙と透かし

ビジネスに使えるデザインの話

ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています


原田マハ著『楽園のカンヴァス』に登場する高級紙

原田マハさんのアンリ・ルソーを題材とした小説『楽園のカンヴァス』。単行本として出版されたのは2012年。

アート好きもそうじゃない方も「どうなるの?」という謎解き的な面白さでぐいぐいと読まされる小説です。ちなみに表紙に使われている絵は、アンリ・ルソーの『夢』。

アンリ・ルソーの『夢』
アンリ・ルソー - 不明, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=10749748による

アンリ・ルソーはとても魅力的であり、かつ特異な画家で、その魅力を小説を通して原田マハさんは強く訴えています。《週末アート》でもアンリ・ルソーは扱っています。

この小説にはスイスの大富豪でアートコレクターのコンラート・バイラーからのインビテーションやその他の場面にも、「コンケラー」というブランドの紙が出てきます。ともに封筒で、ひとつには「透かし文字」が入っています。大富豪も使うこのコンケラーという紙はいったいどんな紙なのでしょうか。小説では加えて主人公もまたそれを手にしてコンケラーを使った封筒だと看破しています。つまり「コンケラー」は一つの記号として機能するほどのブランドなわけです。今回はこの「コンケラー」という紙を掘り下げてみましょう。

コンケラーとはどんな紙なのか

透かし(ウォーターマーク)の入ったコンケラー
Image source: Pulp and Paper Technology

コンケラー(Conqueror)とは、1888年創業の英国の透かし入りの紙を製造するメーカーです。

ステーショナリー用のペーパーのメーカーであり、ブランドで世界中で使用されています。ロンドンの文房具店ウィギンズ・ティープ(Wiggins Teape)の取締役E.P.バーロウによって設立されました。現在、親会社は、スコットランドの製紙メーカー、アルジョ ウィギンス(Arjo Wiggins)

アルジョウィギンス(Arjo Wiggins)のロゴ
By Arjowiggins - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=59219951


コンケラーの歴史

創業者バーロウ氏のアイデアは、大衆向けに高品質の透かし入り紙を提供することでした。手漉きの紙のように見えるが、コストははるかに安くなるはずだ、という目論見がありました。

しかしバーロウ氏は、紙の製造を工場に依頼しようとしましたが、彼が望む品質の紙を低価格で作ってくれる製紙工場がないことがわかりました。

結局、悲惨な火災から立ち直ろうと奮闘していたドーバーのバックランド製紙工場のオーナー、ヘンリー・ホブデイ(Henry Hobday)が依頼を引き受け、1888年に最初のコンケラー紙が完成しました。

その2年後(1890年)、バーロウの文房具店ウィギンズ・ティープ社がこの製紙工場を買収しました。

コンケラー紙は、手漉きにみえる高級紙に対する大きな需要がまだ満たされていない時期に市場に投入されるという幸運に見舞われました。

コンケラーは高い品質水準を維持し、その結果、このブランドは広くその名を知られ、店頭で求められるようになり、「高級紙のブランド」として広く認知されました。

1990年、ウィギンズ・ティープ社はフランスのArjomari社、アメリカのAppleton Papers社と合併し、アルジョ ウィギンス(Arjo Wiggins)社を設立。

バックランドにあった当初の製紙工場は2000年に閉鎖され、2年後に取り壊されました。現在、コンケラーは英国スコットランド・アバディーン市にあるストニーウッド工場で製造されています。1770年設立のこの工場は、長い伝統と最新の抄紙(しょうし)技術・環境保護対策を備えた、アルジョ ウィギンス社のファインペーパーの主力工場です。

透かし文字(ウォーターマーク)とは

コンケラーの紙に入った透かし(ウォーターマーク)
画像出典:紙名手配
コンケラーの紙に入った透かし(ウォーターマーク)
画像出典:紙名手配

透かし(ウォーターマーク:Watermark)とはなにか。光に透かしたときに文字や絵が見える模様です。証券などに使う紙として使われ、偽造防止や高級であることの証として使われてきました。またオリジナルの透かしをつくることもでき(数百万円くらいかかる)、名家であることや高級であることを示す役割もあります。

透かしは、1282年にイタリアの手漉き紙の製造で有名なファブリアーノ(Fabriano/マルケ州)で初めて導入されました。当時、透かしは、紙の製造工程の中で、紙がまだ濡れている段階で紙の厚みを変えることによって作られました。ウォーターマークの名称の由来です。

紙に透かしを入れる方法には、主にダンディ・ロール製法( dandy roll process)と、より複雑なシリンダー・モールド製法(cylinder mould process)の2種類があります。


ダンディ・ロール製法

従来の紙に透かしを入れる抄紙(しょうし;紙を漉くこと)機の発明によるダンディロール製法の図。
By James R. Waters - http://www.docstoc.com/docs/32439375/Dandy-Roll-For-Manufacturing-Paper-Having-Simulated-Oxford-Cloth-Watermark-And-Related-Method-For-Papermaking---Patent-4526652, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=44020121


従来、透かしを入れるには、紙に水を塗った金属製のスタンプを押していました。1826年にジョン・マーシャル(John Marshall)がダンディロールを発明したことで、透かしの工程に革命が起こり、生産者は紙の透かしを入れやすくなりました。

ダンディロールは、窓ガラスに似た素材で覆われた軽いローラーで、模様がエンボス加工(でこぼこ)されています。淡い線はダンディロールの軸に平行に走る線材によって作られ、太い線は線材を外側からロールに固定するために円周上を走るチェーンワイヤーによって作られます。

このエンボスはパルプ繊維に転写され、その部分の繊維を圧縮し、厚みを減少させます。ページの模様の部分が薄くなるため、光をより多く通し、周囲の紙よりも明るく見えるようになります。これらの線が明瞭で平行である場合、また透かしがある場合、その紙をレイド紙(laid paper)と呼びます。

レイド紙(laid paper)
ワインのラベルによく使われています。
Image source: JUSTIN'S AMAZING WORLD AT FENNER PAPER

線が網目のように見えるか、識別できないか、透かしがない場合は、ウォーブ紙(Wove paper)と呼びます。

ウォーブ紙(Wove paper)
Image source: Blick


シリンダー・モールド製法

1883年に発行されたアメリカの郵便局用封筒。レイド紙に透かしがはっきりと入っています。
By U.S. government - U.S. Government - 1883 stamped envelope; scan of original owned by contributor., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=12886081

シリンダー・モールド製法は、1848年に初めて使用された陰影のある透かしで、階調の深みを取り入れ、グレースケールの画像を作り出すことができます。ダンディロールにワイヤーカバーを使用する代わりに、陰影透かしはロール表面の浮き彫り部分によって作成されます。乾燥後、紙をもう一度巻き、厚さは均一だが濃度の異なる透かしを作ることができます。出来上がった透かしは、一般的にダンディロールプロセスで作られたものよりもはるかに鮮明で詳細であるため、シリンダーモールド透かし紙は、銀行券、パスポート、自動車タイトルなど、偽造防止対策として重要な文書に使用される透かし紙として好まれています。


切手に使われる透かし

イギリス連邦切手の多くに見られるクラウンCAの透かし。(裏面から)
By scanned by User:Stan Shebs, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=136048

透かしは欧米の切手の特徴であり、しばしば一般的な切手と希少な切手の違いとなっています。

「古典的な」切手の透かしは、小さな王冠やその他の国のシンボルで、各切手に1回ずつ、または連続したパターンで描かれています。透かしは、19世紀から20世紀初頭にかけて切手にほぼ普遍的に使用されていましたが、現在ではあまり使用されなりましたが、一部の国では引き続き使用されています。


手漉き(Handmade)の透かし

手漉きだと製法はシンプルです。


ちょっと似ている?エンボス(デボス)加工


エンボス加工されたシール
By (photographie MHM55) - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=6954529

エンボス加工(Embossing)とデボス加工(debossing)は、紙やその他の素材に浮き彫りや凹みのイメージやデザインを施す加工です。インクがのっていないのに、図柄や文字が見えるという点で、透かしと似ていますが、透かしは紙そのものを作る工程で作られ、エンボス・デボス加工は紙に対して施される加工です。

エンボスは、浮き出ているように加工で「浮き出し加工」とも呼ばれています。エンボス加工は、凹型と凸型両方の版を用います。凹型と凸型の版の間に印刷物を挟み強くプレスすると、表面は浮き出し、裏面は凹んだように加工されます。

デボスは凹んでいて、空押しとも呼ばれ、凸型の版を印刷物へプレスし、凹ませる加工方法です。

シャネルが出している本に、エンボス加工だけでつくったものがあります。



コンケラーのような紙はどのように使うと良いのか

コンケラーは、このように「高級」であることを伝えるステーショナリーペーパーです。原田マハさんの小説には封筒に使われている描写でしたが、中の用紙にも同じコンケラーの紙が使われているはずです。

封筒、便箋、名刺などをひっくるめて、ステーショナリーと呼ぶのですが、これらに同じ用紙(厚さの違いはあれど)を使うことが望ましいとされています。

「高級」は「丁寧」を伝えるものでもあるので、コンケラーは、ホテルの客室に用意されているステーショナリーやブランドを伝える手段として個人や店舗などの案内状に使用すると、その魅力が発揮されることでしょう。


コンケラーはどこで買えるのか

封筒、便箋ともにアマゾンで購入できます。

直に店頭で見てみたい場合は、銀座の伊東屋に用意があると思います。


新宿の世界堂にもあるかも。どちらも予め、電話で在庫を確認のうえ、訪れてみてください。


まとめ

「なぜメールのマークは「ダイヤ貼り」なのか?」という話のときにも、書きましたが、「高級」であるということは、それがちゃんと伝わる限り、「丁寧」の記号になっています。


そして「高級」には、レイヤーがあり、ある段階になると「分かる人にはわかる」記号へと変化していきます。誰もが知るブランドと高級品を嗜好(志向?)する人たちだけが知るブランドがあります。

透かしやエンボス加工は、分かりづらいのにとてもお金がかかる意匠です。

小説のなかで大富豪が送る封筒にコンケラーが使われて、そしてそれがゆえに他の郵便物に埋もれず、異彩を放っている描写がなされています。

コンケラーとは、そんな「高級」の側面を理解するのにもってこいの高級紙です。コンケラーの封筒や便箋は、一度買って使ってみると千円ちょっとなのに高級の手触りを味わえて、楽しいです。



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参照

※1

https://en.wikipedia.org/wiki/Conqueror_(paper_manufacturer)

※2

https://designbro.com/blog/industry-thoughts/zara-iconic-logo-evolution/

※3


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