猫は正義(お題募集)



 いつもは静かな市役所。プルルルルという音やカタカタというタイピング音。作業音と少しの話声、市民の姿は平日というのもあってまばらだった。
 突然のことだった。
「市長を呼んでくれんか」
サングラスにスーツ、袖からはチラッと墨が見えている。後ろには肩幅の広い大男2人が立っている。迫力は十分すぎた。
「上の者に繋ぐので少々お待ち下さい…」
窓口対応の職員は震える手で内線を繋ごうとした。
「ああ、そっか、そうなっちゃうか」
男は慌ててやめさせた。
「代わりに市長の部屋教えてくれんか?」

「どかんかい!」
 急いで対応しようと走ってきた警備員は腰を抜かした。コツコツコツと廊下を堂々と男達は歩いていく。
「組長、ここです」
大男の1人が男を呼び止めた。
「私達は足を洗ったんだ。もう組長はよしてくれ」
スーツの襟を正し、ドアをノックし入る。
「失礼します」
白くなり始めた髪の毛を押さえるようにハンカチで汗を拭きながら市長が出てきた。
「ど、どうぞお座りください」

座ってしばらくするとお茶が出てきたがそんな雰囲気ではなかった。
 男が一口飲むと話は始まった。
「さて、市長さん。あんたァ動物保護施設に割り振る予算削ったッて聞いたんだが」
「あ、ああ、その分教育に充てるという話だったが、それがどうかしましたか」
市長はしどろもどろ答えた。
「今いる子達はどうする気だ?」
男は詰め寄る。
「……予算がない以上、殺処分もー」
「ふざけた話だよなァ、え?」
椅子の上で少し市長は恐怖のあまり跳ねた。
「あんなッ、あんなかわいいッ猫犬達をッ!」
椅子の肘掛けを壊さんばかりに男の腕には力が入る。
「おい、アレだせ」
大男2人がアタッシュケースを市長の方へ差し出した。ガチャッと留め具が外され、中は札束で埋め尽くされていた。
「今保健所にいる子達を引き取りたい」
市長の口は開いて塞がらなかった。
「全員だ、金は用意した。ちゃんとした金だ。真面目に働いて稼いだ金だ。迷惑はかけん」
市長は落ち着かない手つきでお茶を飲んだ。
「う、うむ、あなた達の言いたいことはわかった。それで、引き取ったあとどうするんだ?」
クックックッと男は笑った。
「ちゃんと考えてある」
男は市長に書類の束を差し出した。
「猫カフェだ」
市長は事業計画書を読み始めた。
「市民交流の場を設けつつ、収益があることで長期的に保護猫の受け取り場所として機能させることができる。猫は正義だ。私の生きがいなんだ。ぜひやらせてくれ」
結局、保護猫の受け渡しやらその他事務作業も驚くほどスムーズに終わった。

「いらっしゃいませー」
店員が元気よく挨拶した。
「市長、いかがですか」
少し前に来た大男が案内してくれた。
「あ、ああ、素晴らしいよ」
店内には元保護猫達が伸び伸びと生活していた。
「保護猫は引き取ったあと、十分にケアした子達を店に出してます」
大男は猫を撫でながら言った。
「ケア中の子達はどんな風に過ごしているんだい?」
「うちの社員達の福利厚生の一つになって可愛がられていますよ」
大したものだあの男は。そう思いながら市長は大男の腕の中にいる猫を覗き込んだ。
「ところで犬達は?見当たらんようだが」
市長は店内を見渡した。
「ああ、犬達は今、社長の弟さんが同じように犬カフェを始めたそうです」
大男の腕の中にいた猫はスルリと抜け出して、他の猫達の方へ向かっていった。