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『書く習慣』1ヶ月チャレンジ Day5 昔はどんな子どもだったのか

Day5 昔はどんな子どもだったのか


幼稚園児の時の将来の夢は「恐竜になること」だった。


冗談ではなく本気だ。



小さい頃、恐竜図鑑を眺めるのが大好きな子どもだった。

何故か大きくて強いものに憧れがあったのだ。

早生まれで低出生体重児として生まれた私は周りの子よりも頭ひとつ抜けて小さかった。
そんな理由もあるかもしれない。


恐竜図鑑に「たいちょう 40メートル」と書いてあったが幼稚園児にその数字から大きさまでは想像がつかなかった。

しかし恐竜の隣に大きさの比較のための人間が描かれていて、自分よりも、動物園にいた象よりももっともっと大きいことは分かった。


生き死にをかけ肉食恐竜や草食恐竜が大きな体躯で戦うイラストを見て、強い生命力を感じ憧れた。


恐竜図鑑を床に広げ図鑑に没入している時は、あまりにも小さく非力な自分がまるで大きくて強い恐竜になって戦うことができた。

雄大な草原を駆け、大きなシダの生い茂るジャングルの中の豊かな水源のほとりの、首の長いブラキオサウルスの隣でごくごくと水を飲んで眠るのだ。



一人でそんな妄想ばかりして「将来は恐竜になる」なんて言ってたものだから、周りからすれば取っ付きにくかったのではないかと思う。

実際遊ぶ時は一人で図鑑を眺めるか、姉のおままごとに無理矢理入れてもらいリカちゃん人形がジュラ期に登場するというシュールな状況が起きていた。

それでも近付いてきてくれる物好きもいたので意外と寂しくはなかった。

特に私が工作した牛乳パックの恐竜を欲しがる園児は多く、各家庭から牛乳パックを集めてもらいピカピカの泥だんごやジャングルジムに登ると取れるびわの実と交換して楽しんでいた。

なかなか悪どい商売をする子どもである。


こうして恐竜になれると信じて疑わず日々恐竜への憧れが強まっていた私だが、小学校に上がる頃には「人間は違う生き物にはなれないのかも」「そもそも絶滅してるし」と気付き諦めた。


それだけでなく恐竜を好きでいることもやめてしまった。

小学校に上がった時、あれだけ一人で好き勝手遊んでいたのに周囲の子たちから「女の子なのに恐竜好きなんて変なの」と言われてしまい、急に恥ずかしくなってそこから好きなことを隠すようになってしまった。

恐竜図鑑も押し入れの隅に追いやられてしまった。


大人になった私は自分が思っているより人の目を気にする人間だが、きっと人の目を気にするようになったのはここからだ。

他にも人の目を気にしてやめてしまったことや諦めてしまったことはたくさんある。



だけど最近、子どもの頃の自分に申し訳ないことをしたなと思うのだ。

当時の私には仕方ないことだけど、好きなことを好きじゃなくなろうとするなんて、ちょっと悲しい。


だから時々「子ども返りタイム」を自分で作るようにしている。

子どもの時に我慢したことを好きなだけ思いっきりやるのだ。

恐竜図鑑も好きなだけ広げて眺めるし、子どもに混じって博物館に恐竜を見に行ったりもする。


最近では新幹線に乗り車を運転して福井まで見に行った。
これは大人の特権である。

博物館の隣に大きな恐竜の滑り台があり、無性に滑りたくてウズウズして、周りに子どもがいないのを見計らって恐竜の背中を勢い良く上り滑り降りた。

ガラガラガラ!とかなり大きな音が博物館の向こうまで響き渡った。そしてその場から走って逃げた。


流石に子どもに返りすぎたなとちょっとだけ反省した。


そうして好き勝手遊んでいると、子どもの頃とあまり中身は変わってないなぁと思う。

子どもの頃よりずっと背は伸びて力も強くなったけれど。

好きなものは好きだし、恐竜にはなれないけれどやっぱりカッコいいものはカッコいい。


昔も、今も、きっとその先も中身はずっと子どもの頃のままなんじゃないだろうか。


自称、私は永遠の子どもだ。



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