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短編小説|密告者

密告者


「センセー、知らないの?」

「これ、双子コーデっていうんですよ?」


 からかうような笑みを浮かべ、ふたりの少女は向かいに座る女講師に視線を投げかける。


「そういうことを訊いているんじゃないわ」

 女講師は、苛立ちを堪えながら、そっとため息を漏らし、壁にかかっている時計を流し見る。


「センセー、もしかしてデート?」

「私たちもこのあと予定があるんですよね、まだかかります?」

 ねー、とくすくす笑いながら、ふたりは顔を見合わせる。


 ここは、女が講師として勤めている、中高生向けの進学塾だ。

 授業が終わったあとの誰もいない教室に、女講師とふたりの少女が向かい合わせで座っていた。

 女講師は、ふたりの少女に目を向ける。

 
 どちらも、髪の毛は肩上までのミディアムヘア、二重の大きな瞳とぷるりとした唇が印象的な美少女だ。

 その上、着ているトップスやワンピース、履いている靴まで、すべて形も色もまったく同じ、まるで双子のようだった。

 別人が双子のようにお揃いのコーディネートをすることを『双子コーデ』という。

 
 だがそんなことは、女講師も知っている。わざと教えるような口ぶりをする彼女たちがよけいに腹立たしかった。


 一呼吸置いたあとで、女講師は、

「きちんと答えてくれたら、すぐに終わるわ。その生徒は、あなたたちと同じ服装の女の子が立ち去るのを見たと言っているの、何か知らない?」

 と尋ねる。


 ひとりの男子生徒が、女講師に声をかけてきたのはつい先ほどのこと。電話に出るためその場を離れたわずかの間に、バッグに入れていた財布から現金がなくなり、その前に立ち去るひとりの女子生徒を見たというのだ。

 そして男子生徒が目撃したという服装は、彼女たちを指していた。そのため、女講師は仕方なく、ふたりを呼び出した。


 少女たちは、首を傾げ、

「ニナ、知ってる?」

「ううん、ヨリは?」

 とわざとらしく確認し合う。


 ヨリと呼ばれた少女は、

「それってわたしたちを疑ってるってことですよね?」

 女講師はどきりとしながら、

「そうは言ってないわ。知っていることがあったら教えてほしいだけ」


 ニナと呼ばれた少女は、ふーん、と唇を尖らせ、

「その人、どうせならもっと見ておいてくれればよかったのに」

 意味がわからず、女講師は眉をひそめる。


 ふわりと微笑んでみせたのはヨリで、彼女はくるりと後ろを向くと、自分の後頭部を指差す。

 そこにはリボン状の赤色のバレッタがついていた。


「わたしたち、服装は一緒ですけどー、ほら、バレッタの色は違うんですよ?」

 隣のニナも後頭部を見せる。バレッタは赤ではなく、紺色だった。


「それは、色次第であなたたちのどちらかだとわかったのに、ということかしら」

 女講師は、感情を抑えきれず吐き出す。


 ヨリとニナのふたりは、甲高い声で笑うと、

「せーんせ、違いますよー。何色かわかったら、わたしたち以外の誰かだったってはっきりするじゃないですか?」

「そうそう。この格好だって誰でもマネできるしー」


 ふたりの少女は、こんなしゃべり方でも塾ではかなり優秀の部類に入る。

 何でこんな面倒なことに……。元々苦手意識のあった生徒だっただけに、女講師は頭を抱える。

 深く息を吐き出すと、

「……もう帰っていいわ」

 と告げる。これ以上訊いても無駄としか思えなかった。


すると、

「それより、わたしたちも訊きたいことがあるんですけど」

ヨリがあざとく首を傾けて言う。


「何かしら」

 女講師は、ちらりと時計を見る。急げば、約束の時間に間に合うかもしれないと思った。

「せーんせ、不倫してますよね? この塾の社長と」


 女講師は目を見開く。

「な、何言ってるの、冗談はやめて」


ヨリとニナは、きゃらきゃらと耳障りな声を立てて笑う。

「今日このあと、その人と会うんでしょ?」



 パタパタと軽い足音を響かせながら、ヨリとニナは塾が入っているビルを出た。

 ヨリのスマホにメッセージが入る。


『こちらから別れ話を切り出さずに済んで助かったよ』


 ヨリは、その画面をニナに見せる。


 そのとき、一台の高級車が彼女たちに近づき、停車した。

 後部座席のウィンドウガラスが下がると、そこには身なりのよいきれいな中年女性が乗っていた。


「おばさま、言われたとおりにしましたよー」

「すっごく驚いてたから、これでおじさまからは手を引くんじゃないかなぁ」


 ヨリとニナは、ねー、と顔を見合わせる。


「ふたりともありがとう。お礼は後日、ちゃんとするわね。……それにしてもあんな馬鹿な女に引っかかるなんて、バラされたくなかったら慰謝料をよこせだなんて」


 女性は苦々しげに唇を歪めてそう言うと、車を発進させた。

 車を見送りながら、ヨリとニナはぷっと吹き出し、駆け出していった。



「Novel Story〜projected by 美少女図鑑〜」

こちらの↓プロジェクト(Prologueさま)にて応募させていただいた作品です!
主演女優の方と作品テーマが決まっているという、とても面白そうな企画です(=´ェ`=)

このたび、物語の創作をサポートする執筆ツール「Nola」と『美少女図鑑』が初めてタッグを組み、主演女優と作品のテーマから物語を紡ぐ「Novel Story〜projected by 美少女図鑑〜」を開催いたします。
本オーディションの原作部門テーマは「密告」

引用元:Novel Story


*最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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