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短編小説|幼い犯罪者

その日は雨だった。

学校が終わるなり、わたしは急いである場所へ向かった。


ピチョン、ピチョンと、あちこちで雨漏りの音がする。


「クゥーン」


焦げ茶色の子犬がうれしそうにしっぽを振って、古びた段ボールの中からわたしを見上げている。


「ごめんね、濡れてない?」


そう言って、わたしは自分の水玉柄の傘を子犬の上に傾けて置く。

幸い子犬がいる場所は漏れていなかったが、それでもいつ雨漏りするかわからない。

わたしは背負っていたランドセルを地面に下ろし、その上にお尻をのせた。



もう誰も住んでいない家の庭にある崩れかけた小屋の中に、捨てられた子犬を見つけたのは数日前のこと。

それ以来、お小遣いで買ったドッグフードをやりに、誰にも見つからないよう通っている。


三ヶ月前、本当は犬を飼う予定だった。

チワワを飼っている近所の家で子犬が生まれたという話を聞いて、パパとママ、三歳下の弟、そしてわたしの四人で見にいった。

白い毛がふわふわしていて、とても可愛くて、すぐにもらうことが決まった。

でもその日、家に帰ってから、弟はくしゃみと鼻水が止まらなくなった。

急いで病院に行き、検査を受けた結果、犬アレルギーだとわかった。

わたしは嫌だと泣いてお願いしたけど、結局犬を飼うことは諦めるしかなかった。



ふと子犬を見ると、ごはんを食べてお腹いっぱいになり、うとうとしかけている。

背中をなでてやると、安心しきったようにすぐにまぶたが落ちて、眠りはじめた。


しばらくそうしていると、ふいに、ガサリッと音がした。

ドキッとして顔を上げ、耳をすます。

足音だった。それも複数だ。

そっと子犬から離れ、割れた窓ガラスから外をのぞき見る。

手入れをされていない雑草だらけの庭が広がっている。

その向こうから聞こえるのは、話し声だった。


足音が近づき、だんだんと声が大きくなると、視界には自分よりも少し年上の小学生らしき男の子が映り込む。

三、四人の男の子が何かを取り囲み、にやけた嫌な笑い声を上げながら、変わりばんこに足蹴りしたり、傘を振り下ろしている。

もしかして、子犬とか子猫をいじめてるんだろうか。

そんな考えが頭をよぎる。

どうしよう、そう思った瞬間、男の子のひとりがこちらを振り返った。

わたしは反射的に頭を伏せる。足が震えていた。

じっと身をひそめ、外の気配を探るが、誰かが近づいてくる様子はなかった。

どうやら気づかれてはいないようだ。

ほっと胸をなで下ろす。


しかし外からは、途切れることなく、


バシッ! ドカッ! ダン! ダンッ!!


激しくなにかを叩きつける音とともに、笑い声が響く。

聞いていられなくて、わたしは耳をふさいだ。恐怖で体全体が震える。


一体、あの男の子達はなにをしているの──。


そう思ったが、もう一度、窓の外を見る勇気はなかった。



しばらくすると、外からはなにも聞こえなくなり、しとしとと降る雨の音だけになっていた。

固まってしまった足をゆっくりと動かし、わたしは再び窓ガラスから外をそっと覗いた。

そこには誰もいなかった。

まるで何事もなかったかのようにしんとしている。


夢でも見ていたんだろうか。


わたしは子犬を見下ろす。

すやすやと寝息を立てている。そっと子犬の頭をなでる。

何度かそのぬくもりを確かめたあと、わたしはランドセルを手に取ると、傘はそのままにして小屋を出た。

雨はまだ降っていたが、小雨だったので、傘がなくても家に帰れそうだった。

傘は学校に忘れたことにしようと思った。



ぬかるんだ地面を急ぎ足で進みはじめたとき、草むらの中から聞こえたのは、苦しげなうめき声だった。


「えっ……」


わたしの頭は、真っ白になる。

それでもなにかに引き寄せられるように、ゆっくりと近づく。

そこには泥だらけの男の子が倒れていた。


「だ、誰か」


そう思ったが、わたしは、はっと気づき、震える両手で唇を押さえた。

ここに誰かを呼べば、わたしが内緒で子犬を世話していたことがばれてしまう。きっと怒られる。

わたしはちらりと地面に視線を向ける。

もううめき声は聞こえなかった。

そのとき、わたしの中で声がした。


「きっと誰かが探しに来る」

「悪いのはさっきの男の子達で、わたしはなにもしていない」

「早く帰ろう」


気づけば、わたしは後ずさっていた。


そして一気に駆け出した。



そのあと、濡れた体と青ざめた顔で帰宅したわたしを見たママはとても心配したが、なんでもないと答えて、すぐにお風呂に入った。

そして、ベッドに潜り込み、頭から布団を被った。

まぶたをぎゅっと閉じても浮かび上がってくるのは、男の子の頭から流れていた真っ赤な血だった。


「わたしはなにも見てない」


「見てない」

「知らない」

「知らない……」


わたしは呪文のように唱え続ける。

そのうち、いつしか眠りについていた。



*最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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