「正欲」朝井リョウ

“読む前の自分には戻れない”—-帯に書かれたこの言葉どおり、なかなかぎょっとする小説だった。

水に性的興奮を覚える、といった特殊な性癖を持つ主人公たちの底知れぬ孤独を描いた物語。

昨今、あらゆるシーンで目にする、耳にする、”多様性”という言葉は、さまざまな価値観を受け入れる、温かく、懐の深い言葉として認識されているが、この本に描かれているのは、その”多様性”という傘の中から当然のごとく排除されている人々の人生である。

“多様性とは、都合よく使える美しい言葉ではない。自分の創造力の限界を突き付けられる言葉のはずだ。時に吐き気を催し、時に目を瞑りたくなるほど、自分にとって都合の悪いものがすぐ傍で呼吸していることを思い知らされる言葉のはずだ。”

本当の苦しみとは、たとえ勇気を出して他人に打ち明けたとしても、決して同情も共感もしてもらえない秘密を抱えて生きることなのかもしれない。

”ふつうさ…”と言って会話を始めることがある。”ふつう、〇〇じゃない?”とか、“ふつうに考えて〇〇やって”というふうに。でも、ふつうとは、正常とは、まともとは、今、自分が立っている場所から見た景色に過ぎない。”多様性”という言葉が使われるようになった最初から、私は”受け入れる側”としてその言葉を使っていたことに気付かされた。

例えば高校生のころ、大学生のころ、友達と恋バナでキャッキャッ言い合うのが楽しくてしかたなかったころ、輪の中にいる誰もが自分と同じように、その会話を楽しんでいたと思っていたのではないだろうか。私の“ふつう”で、誰かの言動を否定したり、笑ったりしたことはなかっただろうか。

そんなことを考えさせられた一冊。


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