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メンターがしてくれたこと

私には、同志であり、仲間、メンター、コーチ、マネージャー、プロデューサー、時には親友のような真のパートナーがいる。

出会い

出会いは遡ること、私が組織をどうしたらよくできるかに奮闘していた頃。組織の雰囲気はどうしたら良くなるのか?そこで働く人たちはどうしたらもっと輝くのか?そんなことばかり考えて役に立ちたいと仕事に熱中していた。けれど、求められることは売上や目に見える成果。組織の課題を突きつけても、ボトムアップで小さな改善を続けていても無力だった。そんな時、知り合いの紹介で偶然居合わせた場で、メンターと出会った。初対面で組織の悩みを熱心に相談すると一言。

「あなたほど、組織や社会がよくなることを考えている人はいない。」

これまでの努力が報われるような、思いを受けとめられた気がした。自分の内側に眠る願望を、いとも簡単に引き出されたのだ。

目覚め

これまで否定されてきたことが嘘のように、何をやっても肯定されていく。たとえば文章を書けば、才能があると褒められどんどん書きたくなった。人前で話すこと、企画や戦略を立てること、人を率いること、どれも自分には能力がないのだと勝手に思い込んでいたことで、花開いていく。思ったことをズバッと言うところは、組織では敬遠させるが、それが強みであるということを教えてくれた。何をやっても褒められるので、本心ではなく、私のモチベーションコントロールのために、掌で転がされているのではとすら疑ってかかった。素直にありがとうと受けとめられない自分に気づいた。

「本当の自信をつけられたらいいね。」「あなたはやろうと思えば何でもできる。だけど、本当に自分がやりたいことをすればいい。」

こんな自分でいいのか自己疑念があった。組織や人への貢献欲が強く、価値を発揮しなければ自分の存在意義はない。必要以上に自分に厳しい私に、どんな時もありのままでいることが大事だと言葉をかけ続けてくれた。すぐにそれがどんな意味なのかわからなかったが、後に深く理解することになる。

葛藤

仕事でも、家庭でも悩み苦しみ、何もかもうまくいかない時「こんな時は笑って、美味しいものでも食べよう」と元気づけてくれた。遠慮しがちで、自分の気持ちを置き去りにしがちな私に、何が食べたい?何が好き?どうしたら心が喜ぶか、根気強く付き合ってくれた。おかげで少しずつ「こうして欲しい」とまわりに要望をだせるようになった。「あなたは悪くない。大丈夫、心配することないよ。」と安心できる心の居場所をつくってくれた。

「自己犠牲はもうやめて、本当はどうしたいのか素直になろう。」

メンターから学んだこと

他人と比較するのはもうやめよう。私は私、何もしなくても、ただ存在するだけで価値がある。本当はどうしたいのか?心の声に耳を傾けて、正直でいていい。自分が自分でいていいんだと、やっと思えるようになったのは、懲りずに何度も声をかけてもらったから。

「怒ってもいいし、いつも笑顔でいなくてもいい。」

嫌なことは嫌と、自分の気持ちに素直になることを許してくれる。人生、良い時もあれば、悪い時もある。正解のない道をもがき苦しんで、渦中にいるとそうは思えないけど、実は葛藤が、負の感情こそが、人を強くする。試練は乗り越えられる人に与えられるとしたら、学びのチャンスが来たと祝福して恐れずに向かっていこうじゃないか。だったら、目の前のことや常識に囚われず、長いスパンで腰を据えよう。1週間、1か月先のうまくいく結果より、10年、20年すったもんだして苦労しながら、100年先の未来を創っていきたい。メンターという伴走者によって、俯瞰すること、大きな視点で物事を捉えると人生はより豊かで楽しめることを学んだ。

最後に

メンターとはその時々で様々な役割や顔を持っている。だけど、この人は絶対的な味方だと思えることが一番大きいかもしれない。ひとりじゃない。良き理解者であり、苦楽をともに共有できるような存在がどれだけ大きいか身に染みて感じる。言葉だけじゃなくて、行動で、身をもって経験を通じて学び合える。お金や条件、上下関係でもない。お互いがお互いのメンターであるように、自分や相手を大切にして、されて。そうやって肩を寄せ合って、持ちつ持たれつ、一緒に学んで成長していけばいいんだ。これからも焦らずじっくりと、ともに歩んでいきたい。

「コーチとして私を育てるとしたら、誰よりも育てがいがある」

そう言い放った自分を褒めたい。

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