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『往復書簡』(仮)18復信

Sさんへ

こんにちは。
Sさんの手紙を読んで思い出したことがある。 クレヨンの話なんだけど。
初めてクレヨンで絵を描かされたのは多分、幼稚園の頃だったと思う。そのクレヨンは普通の12色入りのものだった気がする。 白、黒、赤、橙色、黄色、黄緑、緑、青、水色、桃色、肌色、茶色。多分そんな感じの。いわゆるお絵かきの時間に、テーマは忘れてしまったけれど。みんなが描いた絵はよく覚えている。
太陽は赤で空は青。白い雲が浮かんでいるものもあった。大きさがバラバラの人間は、髪と目が黒。りんかくは肌色。僕たちはお揃いの水色のスモッグを着ていたのに、赤や緑の上着に青や茶色のズボン。緑の靴を履いている。黄緑の草が生えて、桃色の花が咲いている。
まあ、そんな感じの絵ばかりだった。僕は白い画用紙を前にして、何も描けなかったんだ。空の色はクレヨンの青とも水色とも違う色だと思ったし、太陽を色で表現できないと思った。僕の肌はクレヨンの肌色よりもずっと濃い色だったし、髪と目もクレヨンほどは黒くなかった。
僕は仕方なく、幼稚園で飼っていた赤い目の白いウサギを描いた。先生に「Tさんはウサギさんが大好きだったのね」って頭を撫でられた。僕は夢中になって気づかない振りをした。それからクレヨンが嫌いになった。
中学で透明水彩の絵の具を使うようになってから彩色するのが楽しいと思うようになったけれど、僕はマゼンダのチューブを指定のものとは別に買って持っているんだ。それがないとどうしても出せない色があるから。
僕は不思議でならないんだ。みんな目に見えている色とは全然違う色を使って絵を描けることが。
Sさんは色についてどんな考えを持っているんだろうか?
よかったら、聞かせて欲しい。


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