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【人生の目的とは】あなたは、何を求めていますか?

私は最近になって考えます。何のために生きているのだろうと。決して暗い気持ちで悲観しているのではなく、人生の目的をただただ明確にしていきたいと思ったからです。これまでの私は、仕事にエネルギーを捧げてきました。確かに仕事はやりがいがあり、お金も受け取れるので、素晴らしいです。しかし、仕事そのものは人生の目的とは違います。きっと、通過点。もしくは、自分に嘘をついているだけ。今回の記事では、人生の目的を考えるための内容です。


目的を設定する意味

人は何か目的があるから行動します。一方で、目的もなく行動することもできます。これらの違いは雲泥の差です。何の差なのか。それは、エネルギーの高さ。「あの人元気だなぁ」「輝いているなぁ」「楽しそうだなぁ」パッと見た瞬間から感じるような、独特のオーラともいえる輝き、この差を決めるのが目的の設定だと思っています。

何が欲しいのかを考える

目的といっても、まるで経営理念かのように綺麗な言葉を並べればいいってものではありません。それでは、誰かの思想が入っていることや、綺麗な言葉を並べただけの薄っぺらいものでしかありません。つまり、自分に嘘をついているということ。嘘を歩む人生にはしたくありませんよね。そうではなく、自分が何を求めているのかを探す必要があります。

【私の場合】22歳から探し始めた

ちなみに私は、これを探すのに31年かかりました。まぁこれは年齢なんですけどね。正確にいいますと、大学卒業後22歳から、ずっと探してきました。自分探しといえば一言で済みますが、こんな軽いものではありません。生きる目的を探していました。「自分は何が好きなのか」「何を求めているのか」「どんな風に生きたいのか」と。そして31歳の今、ようやく見つかりました。

・欲しいと思ったきっかけ

結論からいいますと、私は2つ欲しいものがあります。「健康的な美しさ」と「幸せな仲間(人間関係)」です。なんと、お金はそこにはないのです。もちろんお金はほしいですが、深掘りをした結果、私はここが強いトリガーではありませんでした。ところで、なぜこの2点なのかといいますと、強い憧れがあるからです。

・健康的な美しさが欲しい

私は高校2年生の時、食中毒を起こして、重い症状をわずらいました。そこから5年くらいは腸の調子がずっと悪く、便秘と虚弱でした。おまけに精神も不安定になりがちで、心身不健康でした。20代中盤という、いい年齢の時に、一番苦しい思いをしていました。いくらメイクを頑張ろうと、内側から輝くエネルギーが枯渇していたので、キラキラとした女性になど程遠い人間でした。本物の健康は常に求めていました。

・幸せな人間関係が欲しい

実は私、高校1年生の時にいじめを受け、不登校になり、かつての友達からも距離を置かれ、人間不信になったことがあります。大学進学をしつつも、親友はつくれませんでした。どこかで私は人と一線を引いていました。当時の自分は「一人でも生きていける」と、人との関わりを軽視しました。いえ、そう信じ込ませていたのかもしれません。31歳の今、私は正直寂しいです。仲間が欲しいと強く感じるようになりました。

・積み重ねあるのみな問題だった

長くなりましたが、私が欲しいものは、「健康的な美しさ」と「幸せな人間関係」です。そして、私がこれから歩む人生の目的、向かっていきたい先でもあります。欲しいからです。これが私の人生の目的なのです。2つを手に入れ、実現していくこと。

目的が見えると、動きが変わる

私のように、人生の方向性が見つかれば、「これからどう生きていこうか」の解像度が上がっていきます。ここで、これまでの私と、これからの私を分けてお話していきます。私はあくまで例ですので、これを読むあなたも「こう考えるのか」と参考にしていただければ幸いです。

・これまでの私の生き方

  • ストレスを溜めたくないので、できるだけ行動範囲は広げない

  • 自分にとって都合が良い、または興味のある人としか接しない

  • 一人でいても楽しめることをひたすら見つけ、追求していく

・これからの私の生き方

さまざまな人と関わり、お話し、人間関係をつくっていく

結局は、人

健康が欲しいだの、仲間が欲しいだのいいましたが、そのためには「自分自身」という人間を表現していかないわけには、本当の意味で手に入りません。一見、関係なさそうな健康だってそうです。心と体は繋がっているので、喜びがなければ心は病みます。逆も然りです。これらはお金や物では埋められません。だから、人なのです。人あってこその自分です。それに気づきました。

コツコツ積み重ねていく努力

私は思うのです。人生に悩んでいる人は、まず「人との関わり」が薄っぺらいと。まるで私のように。親友がいないとか、仲間と呼べる人がいない、信じられる人がいないなど。人間関係をつくらないわけには、物やお金がいくらあろうと何の意味もないのです。そんなのは一時対応でしかなく、虚しさはやってきますよね。それが今の私です。31歳でそれに気がつけてよかったと思っています。そして、今からがスタートです。

【結論】人が生きる目的は、人にあり

ほんの少し前までの自分は、「学ぶことは正義だ」と思っていました。確かにそれは力になります。知識があるから知見も広がり、選択肢が見えてきます。しかし、私はこういった手段を目的にとらえて、無限ラットレースを走っていました。具体的にいえば、自己啓発やスピリチュアルを学びまくり、心が満たされ、また何かを求め、新しい情報を探し、また学びの振り出しへ戻ると。これらはもう終わりです。人生の目的は、人ありきです。少なくとも私の人生ではそう感じています。これを読むあなたは、人生に何を求めて生きていますか? よろしければ教えてください。

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