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道民の味覚は鋭いか

昨日、東京の取引先の担当者と浅草でランチを御一緒した。某有名店にて美味しい冷し鴨南蛮蕎麦をいただいた。そのお店は先方に案内してもらったのだが、検討段階では何店舗か候補があって、苦慮の上、消去法的にその蕎麦屋になったのだという。聞けば鮨屋もその候補には入っていたというが、北海道から来た人間を東京の鮨屋に連れていくのは無謀だとの判断があったとのことだった。

北海道は何でも美味しい!と、道外の方から、いろいろな場面で耳にする。あまりにも言われ過ぎて、食べ比べもしたことない道民までもが、どこよりも北海道の食べ物が美味い!などとイケシャーシャーと自慢する。果たしてそれは事実なのだろうか?

私は東京で鮨を食べたことがない。昨日同席した御仁は、イクラもウニも北海道でその美味さを知ったという。なるほど。私は思い出した。

道外から北海道に進出する回転寿司チェーンは苦労する、という定説がある。実際に20年ほど前だと思うが、すしおんどという回転寿司屋に試しに言ってみたら、引くほど美味しくなかった、という経験がある。実はそれ以来、今に至るまで、はま寿司もくら寿司もスシローにも行ってない。すしおんどは確か3年ほどで撤退したが、前出の3社はお客さんも入っていて多分5年以上札幌に留まっているので、リピーターを獲得するレベルで美味しくなっているとは思う。

私が勝手に北海道回転寿司御三家と呼ぶチェーンがある。トリトン、花まる、なごやか亭。この3チェーンが鉄板なので、ほかのチェーンを冒険する意味を感じない。いまだスシローに行かないのはそのためだ。

確かにそういう意味で、鮨(魚の握り)に関しては北海道の新鮮な素材は間違いなく美味い。しかし、すきやばし次郎の江戸前握りも、金沢寿司5大シャトーの一角にも挑戦したことのない井の中の蛙が不用意に北海道はイチバン!などとは言えないのだ。

素材の良さに溺れて、仕事をしない。
北海道の食を揶揄する時に使われる言い方だが、それは確かにその通りで、少し言い訳をするなら、怠慢で仕事をしないわけではない。北海道の自然がよい仕事をし過ぎるので、それを上回る仕事などできるわけがない、という諦めと畏敬の念と謙虚さの表れなのだ。許してほしい。

北海道民の舌が肥えているかどうか、ということに関しては、決してそんなことはないと断言する。とにかく味を濃くすれば、何でも美味く感じる人だらけなのだ。鮨だって、せっかくの良い素材を醤油ジョボジョボ付けて頬張る人だらけ(イメージ)だし、トンカツもカキフライもトンカツソースとマヨネーズを両方たっぷりかけるのだ。素材には少しばかりうるさいが、味音痴。それが多くの北海道民だと思って間違いない。

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