30代最後の年に脳動脈瘤が見つかった話Vol.1 3箇所の医療機関を経て脳動脈瘤が見つかる
タイトルのとおり、40歳を前にして脳に動脈瘤が見つかりました。
これは脳動脈瘤が見つかってから手術、療養、仕事復帰までの経緯を記したものです。
これまで大きな病気にかかったことがなく、入院経験もなかった私にとっては、人生で大きな転機となったため、記録に残しておきたいと思いました。
病気が判明してから、ネガティブなことばかりが毎日頭に浮かびました。
結果的に、私は頭を開けて脳の血管を治療する手術、
『開頭クリッピング術』を受け、一定の療養期間の後無事に
仕事へ復帰しています。
仕事復帰できるまでになりましたが、流石に頭を切っているので傷口付近はまだ凹凸がありますし、様々な違和感も残っています。
手術にあたり傷口周辺の髪を切ってしまったので、今は毎日ヘアバンドで傷口と髪がない部分を隠しています。
このようにいくつかの不便や違和感、痛みもあり、手術前と同じ状態にはまだほど遠いのですが、思えば脳動脈瘤が見つかった時は、いつ破裂するか分からない恐怖に押しつぶされそうで、毎日が不安で仕方ありませんでした。
不安な毎日を過ごしながらも、治療に向けて精密検査を受け、手術方法が開頭手術に決定し、そこから入院、手術、術後の療養を経て、まだまだ元通りとまではいかないまでも仕事にも戻ることができ、今は不安や怖さから解放された日々を送ることができるようになりました。
本題に入る前に、先ずは簡単に私の自己紹介をさせてください。
タイトル通り、今年40歳になります。
私立大学の職員として働いています。
仕事ではそれなりに責任を負う立場にもなっているので、多少のストレスや精神的負担はありますが、日々起こる問題やピンチは、これまで周りに助けられながら運よく乗り切ってきた感じです。
職場環境には恵まれているほうだと思っています。
休日は美術館に行ったり、映画を観たり、喫茶店に行ったり、そんな時間に幸せを感じながら気ままな1人暮らしを満喫しています。
今回のVol.1では、そもそも脳動脈瘤とはどのような病気なのか、そしてギリギリと言えどまだ30代の私に脳動脈瘤が見つかった経緯について書きたいと思います。
■ そもそも脳動脈瘤とはどんな病気か
『脳動脈瘤』という言葉は聞いたことがあるものの、具体的にどのような病気なのか、当初私はよく分っていませんでした。
現実を知ることが怖くて、病気が分かってからもしばらくは調べることを躊躇しており、主治医に分からないことを聞いたり、自分で色々と調べるようになったのは、手術日が決まってからでした。
今振り返ってみると、手術日が決まったことでようやく自分の中でちゃんと病気に向き合う決心がついたのだと思います。
特に未破裂動脈瘤については人口の3%程が保有しているという位ですから、決して稀な病気ではなく、その多くは定期的な検査による経過観察になるそうです。
では、何故私は手術による治療を選択することになったのか。
それは、脳動脈瘤ができた場所、大きさ、形が主な要因でした。
国立研究開発法人国立循環病研究センターHPには、未破裂脳動脈瘤の治療基準について以下のように記載されており、これらに当てはまる場合は手術治療の検討をする必要が出てくるようです。
私の場合、瘤の大きさが約5.5mm、場所は前交通動脈、形が不整形と破裂の可能性が高いと言わざるを得ない状況でした。
主治医からは、「いつか破裂する、言い換えればいつ破裂してもおかしくない状況」とまで言われてしまいました。
脳動脈瘤ができる原因は明確にはなっていないものの、高血圧、喫煙、大量飲酒、加齢といった後天的要因や、遺伝等先天的な要因が関わっていると考えられているそうですが、私には該当するものが1つもありませんでした。
ですので、なぜ私がこの年齢で脳動脈瘤になったのかは分かりません。
しかし、運よく破裂前に脳動脈瘤が見つかり、ちゃんと治療を受けることができました。
この脳動脈瘤が見つかった経緯もまた運に恵まれたものでした。
■ なぜ脳動脈瘤が見つかったのか
結論を先に言うと、ひどい頭痛に襲われ痛み止めでも治まらず、念のために受けたCTとMRA(MRI)検査で判明しました。
ただ、頭痛と脳動脈瘤に因果関係があったかは結局分かっていません。
頭痛は脳動脈瘤が見つかる頃、つまり手術前には治まってしまったため、頭痛の原因が脳動脈瘤だったかどうかは分からないままなのです。
では頭痛の原因は何だったのかと言えば、それも分かっていません。
ですので、運よく頭痛が脳の危険を教えてくれた、というあまり論理的とは言えない結論に現在は落ち着いてしまっています。
始まりは2023年3月下旬、仕事中に今まで経験したことのない頭痛に襲われたことでした。
軽度の頭痛は時々あったのですが、市販の頭痛薬で症状は止みましたし、これまではあまり気に留めたこともなかったのですが、この時の痛みは今までとは比べものにならない激痛でした。
頭に紐を巻き付けられて絞められているような痛みで、あまりの痛さに混乱して、背中に冷や汗が出てくるのを感じたくらいでした。
救急車を呼ぼうか考えたりもしました。
身体を丸めて頭を抱えたり、横になってみたり、仰向けに寝てみたり、その都度一番楽な姿勢を探しながら時間が過ぎるのを待ちました。
痛みが引くまでには4時間ほどかかりました。
痛みは治まったものの、座ったり屈んだり頭を下げる姿勢をとると、頭が圧迫されるような圧を感じる症状が残っていることが気になりました。
エレベーターで高層階に上がると耳が詰まる感じがしますが、あの状態が頭で起こっているような感覚でした。
3月下旬という年度末だったので、疲れが出たのかなと思いつつも、あまりに強い痛みだったことが不安になり、念のため自宅近くの脳神経内科を受診することにしました。
・最初の診断
受診した脳神経内科では、過労とストレスによる『緊張型頭痛』との診断を受け、痛み止めを処方されました。
しかし最初の頭痛からちょうど2週間後の夜、再び激しい頭痛に見舞われました。
症状は前回と全く同じで、処方された薬では痛みを止めることはできませんでした。
一層不安が募り、今度は別の脳神経内科を受診しました。
・2度目の診断
2つ目の脳神経内科でも、診断は同じ『緊張型頭痛』ということでした。
ただ、通常『緊張型頭痛』では冷や汗が出る程の痛みは出ないということから、念のためMRA撮影をしてはどうかとの提案があり、急遽翌日、検査専門クリニックでMRA検査をすることになりました。
この時の医師の判断が、未来の私を助けてくれることになりました。
MRA検査とは、よく聞くMRI検査と似たものになります。
MRIが脳の断面を詳細に写すのに対して、MRAは血管の状態を細かく見るために用いられるそうで、私は今回MRA検査を行いました。
結果は、脳に大きな異常は見られないというものでした。
ただ、血管の写り具合が不鮮明な場所が1箇所あるとの指摘がありました。
単に画像が乱れているだけで、よく見るとうっすら血管があるようにも見えるが、念のために大きな病院で精密検査をしたほうが良いとの提案を受けました。
この時の私は、大きな異常がなくて良かったという安堵感が大きく、精密検査については本当に念のための検査、というくらいの感覚でいました。
・3度目大学病院での診断
運よく私の自宅から徒歩約5分の場所に大きな大学病院があります。
そこの紹介状をもらい、脳神経外科を受診しました。
大学病院受診前にも強い頭痛を発症し、この時は吐き気も強く結局嘔吐しました。
頭痛で嘔吐するのは人生初でした。
大学病院では、CT血管撮影と呼ばれる検査を受けました。
普通のCT検査と異なり、腕から造影剤という薬を流しながら撮影をします。
この方法により、血管形状を詳細まで把握することができるそうです。
撮影と同時に腕から造影剤が入れられるのですが、この造影剤がとても熱いのです。
表現することが難しいのですが、身体の中をお湯が一瞬にして駆け巡る、という感じでしょうか。。。
ただ、この違和感はほんの一瞬で検査は数分で終了しました。
最初に頭痛を発症してから1ヶ月程経過した5月上旬、このCT血管撮影によって、とうとう私に脳動脈瘤があることが判明しました。
翌日からGW休暇という、本当なら最高の気分でいるだろう日に、脳動脈瘤があることを告げられました。
医師から言われたことをただ頷きながら聞いていましたが、今思い返すと、冷静に受け止めていたというよりは、あまりに衝撃的で茫然としており、それでも必要最低限の情報だけは聞き漏らさないようにしなければという思いで必死だったように思います。
最初に書いたとおり、私の脳動脈瘤は破裂の可能性が高く、手術による治療が必要な状況でした。
その場で、GW明けに2泊3日での検査入院が決まりました。
治療方法、つまりは手術方法を決めるための検査です。
待合室で入院説明を待っている間、色々な思いが駆け巡り自然と涙が溢れてきました。
こうして私は、憂鬱な気分のまま2023年のGW休暇を迎えました。
Vol.2 検査入院、そして手術決定 へ続きます。
続きも読んでもらえたら嬉しいです。
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