ぼくは天文部の連中と再会する

 ぼくは高校時代、天文部に所属していた。その他に化学部と生物部と物理部にも所属していた。……と書くとガッチガチの理系と思われるだろうが、実際にはコッチコチの文系である。中学・高校時代のぼくの苦手だった科目は「理科」と「数学」、得意だった科目は「国語」と「公民」。ぼくは化学式と方程式を見ると心の底からうんざりする。

 それなのになぜぼくが高校の天文部に入部したのかというと、中学生の時にその高校の文化祭へ行って、天文部の展示に興味を持ったからだ。……いや、本当のことを言うと、天文部の「雰囲気」に好感を持った。部員の数が少なそうで、まじめで落ち着いてそうで、この部活だったら自分の放課後の心地よい居場所になりそうな気がしたのだ。

 その高校に晴れて入学すると、ぼくはすぐに天文部に入部した。グループ会社の関係にある化学部・生物部・物理部にも兼部させられたが、これは名ばかりで、ぼくはその3つの部活に関しては幽霊部員としてやり過ごした。もっとも、化学部の活動に関してはだいぶ積極的に参加したけどね。液体窒素の実験とかべっこう飴作りとか楽しかったし、化学部の君島(同学年)(眼鏡イケメン)とは馬が合ったし。

 「理系部」のうち、ぼくが入部した時に天文部メインで活動していた先輩は3年生の肥後先輩(部長)だけだった。天文部を目当てに入部してきた1年生も、ぼくの他には土井という男子しかいなかった。そんなわけで、ぼくは1年生の1学期の時点で天文部の新部長に指名された。新入社員が社長に抜擢されるようなものである。どんだけ人材不足なんだよって感じだが、まあ、肥後先輩としてはぼくになら天文部の未来を任せられると踏んだのだろう(と信じたい)。

 部長に就くや否や、ぼくは天文部の改革を断行した。まず、10年近く行われていなかった天体観望会を復活した。それから、文化祭では展示だけでなくプラネタリウムも上演した。映画のDVDの上映会や「お菓子を食べる会」も日常的に開催した(天文関係ねえ!)。天体観望会や「お菓子を食べる会」には部員以外の生徒も気軽に参加できるようにして、同じクラスの子や他のクラスの子にも来てもらった。

 こういう明るく開放的なムード作りが功を成したのか(?)、ぼくが2年生になった時には、天文部目当ての1年生がたくさん入部してきた。まあ、たくさんといっても男子1人・女子4人だけどね。でも、それまで「理系部」に男子部員しかいなかったことを思えば、天文部を目当てに女子が4人も入ってきたのは快挙だと思う。あと、新入部員5名のうち3名が文系だったっていうのも、部長のぼくが文系だったからだと思う。

 ぼくが3年生の時は、緊急事態宣言の影響で学校の部活動はかなりいびつなものになったが、それでも天文部には前年度並みの数の新入生が入部してくれた。男子1人に女子3人。もはや理系も文系も関係ない。天文部は「理系部」の中で独自路線をひた走る勢力となった。みんなでお菓子を食べたり、お出かけしたり。原稿を持ち寄って同人誌を作ったり。ぼくとしてはやりたい放題やらせてもらった。

 ……どうしてぼくがこんな昔話をしているのかというと、今月の初め、天文部の連中と新年会で再会したからだ。正確には「天文部の連中」じゃなくて「元天文部の連中」ですね。ぼくが3年生だった時に1年生だった、つまりは2個下の小野(女子)が「元天文部で集まりましょう!」と企画して、ぼくらは久々に集まったのだ。ぼくの代ではぼくと土井、1個下の代では磯田(女子)と紺野(女子)と兼原(男子)、2個下の代では泉(女子)と小野と竹之内(男子)と松井(女子)、合計9名が集まった。

 この会の企画者は小野のはずだが、小野は「集まりましょう!」と言うだけで細かいことをやろうとしないので、兼原がお店の予約だとか集合時間の調整をしてくれた。地元の友人たちとお台場のスポッチャで汗を流したあと、ぼくは急いで集合場所のJR目黒駅中央改札口へ向かう。もうすでにみんな集まっていて、ぼくを待っているところだった。ぼくは懐かしい顔ぶれの集団に猛ダッシュで駆け寄り、「遅れて申し訳ありません! 本当に申し訳ありません!」と110度のお辞儀で謝罪する。想定以上にウケる。自分でやっておいてなんだが、この大袈裟な謝罪がなぜ爆笑を招いたのかは謎である。

 「お久しぶりです」「ほぼ3年ぶりじゃない?」と言い合いながら、兼原が予約してくれたお店へみんなで向かう。ビルの7階にある居酒屋らしい。あと、小野と紺野と竹之内はあとから遅れて来るらしい。「そのお店、去年いっぱいで閉店してたらどうしよう?」などと軽口を叩きつつ、エレベーターで7階に上がると、お店の入口らしき扉に「『(居酒屋の名前)』のお客様は4階に下りてください」という張り紙が貼ってある。……なんだ、このトラップは。「『注文の多い料理店』か?」「謎解きアトラクションみたい」などと言いながら4階へ下りると、居酒屋風の扉があったので開けてみる。兼原が「予約した兼原ですけど……」と店員さん(らしき人物)に告げると「お待ちしてました」という声が返ってきたので、どうやら本日のぼくらの憩いの場はここで間違いないようだ。

 「個室」とは名ばかりの押し入れみたいな空間に押し込められ、まあ、とりあえず乾杯。なんだかふしぎな感じがする。土井とは去年の夏休みに会ったが、あとのメンツと会うのは高校の卒業式以来だ。実に2年10か月ぶりである。お互いに私服姿を見るのは初めてだし、お酒を飲む姿を見るのも初めてだ(……あ、未成年は飲んでいませんよ!)。泉を除けば女子は全員大なり小なりお化粧をしていて、ぼくが知っている頃より見た目が大人っぽくなっている。その点、兼原は全然変わらないな。ぼくがボケるとすかさずツッコんでくれるので頼もしい。

 大学で何を勉強しているのかとか、サークルはやっているのかとか、それぞれに2年10か月分の近況を報告し合う。年末年始は何をしたかという話をしている時、2個下の竹之内が遅れてやってきた。高校時代は眼鏡をかけていたが、どうやらコンタクト派に宗旨替えしたようだ。すっかりイケメン風になっている。やがて紺野と小野もやってきて、ぼくらは改めて乾杯した。二人ともメイクをしていて、やっぱり大人っぽくなっていた。

 天文部時代の話になって、文化祭のプラネタリウムの話になった。ぼくが台本を書いて自作自演していたやつだ。いま考えると、ぼくが大学に入ってから作るようになった音声ドラマの原点はあのプラネタリウムにあったのかもしれない。放課後にみんなで高校の近くの森林公園へピクニックしに行ったよねとか、その時に急に雨が降ってきて雷まで鳴って大変だったよねとかいう話もした。懐かしすぎる。当時はみんな、ぼくのわがままな計画によく付き合ってくれたものだ。

 ぼくが当時を思い出して腹を抱えたのは、地学室での「ライドアトラクション」の話になった時だ。天文部は「地学室」という特別教室を部室にしていた。たまに理系の授業で使うことがなくもない程度の部屋だ。そこにはキャスター付きの椅子があった。天文部時代、ぼくと紺野はこの椅子を使って「ライドアトラクションごっこ」をしていた。紺野が椅子に座って、ぼくはその後ろに立って椅子を前後左右に走らせて、「ワー!」「キャーッ!」「ぶつかるー!」と騒ぐという遊びである。ディズニーランドの『プーさんのハニーハント』の手動版みたいな感じだ。

 言うまでもないが、これはよい子も悪い子も絶対に真似をしてはいけない遊びである。当時、ぼくと紺野は楽しんでいたが、それを見ながら他の部員は引いていたと思う。常識人の磯田は特にドン引きしていたと思う。たまたま事故が起きなかったからよかったものの、この遊びを続けていたら紺野が大怪我を負っていた可能性は高い。いまのぼくとしては、当時のぼくを正座させて厳しく説教したい。

 でも、ここだけの話、ぼくはあの「ライドアトラクションごっこ」をやっている時がめちゃくちゃ楽しかった。ひょっとすると人生で一、二を争うレベルで楽しかった。それはたぶん、あの「ライドアトラクションごっこ」をやっている時、自分の手で誰かを楽しませていることをダイレクトに実感できたからだろう。ぼくは根っからのエンターテイナーなのだ。

 新年会でこの話になった時、紺野も笑いながら「あれは楽しかった! またやりたい!」と言ってきて、ぼくも一瞬「じゃあまたやるか?」という気持ちになったが、大学3年生と大学2年生になってまでしてやっていいことではないのでもうやらない。というか、何歳だろうが「ライドアトラクションごっこ」なんてやってはいけない。万が一このnoteを子どもたちが読んでいたらいけないから改めて警告しておくけど、キャスター付きの椅子を使って遊ぶのは絶対にやめてください!(高校時代のぼく絶許)

 居酒屋を出たあとは、隣のビルのカラオケに行くことになった。ぼくはその夜コンビニ夜勤のバイトがあったが、小野たちから「行きましょうよ!」「行こう、行こう!」と強引に背中を押されたので、1時間だけ付き合うことにした。カラオケに入ると、まず、泉が布施明の『君は薔薇より美しい』を男声っぽい美声で歌い上げた。「なぜそんな曲を知ってるんだ?」と思いつつ、昭和歌謡好きのぼくとしてはテンションが上がったので、氷川きよしの日本語版『ボヘミアン・ラプソディ』を入れた。初めて歌ったので微妙に音程を外してしまったが、ぼくの左隣に座っていた兼原が日本語歌詞の大胆さをツッコんでくれたので盛り上がった。

 他の連中もどんどん歌い始める。その間、二人とも股を開いて座っていたせいで、ぼくの左膝と兼原の右膝はずっと触れ合っていた。左膝に兼原の体温を感じながら、ぼくはやっぱりふしぎな気持ちでいた。去年の夏に会った土井を除けば、ぼくらは3年近く会っていなかった。それなのに、まるでそんなブランクなどなかったかのようにワイワイ騒いでいる。兼原なんて、ぼくと膝同士が接触していることに気付いてすらいない。気付いていたとしても離そうとしない。これってたぶん、兼原がぼくのことを「他人」じゃなく「身内」と認識しているからだよな。高校時代と同じ距離感、同じ空気で接しているっていうか。

 じゃあ、ぼくらは3年近く前と同じぼくらなのかというと、決してそうではない。私服姿だったり、メイクをしていたり、眼鏡を外していたり、そういう外見の変化だけじゃなくて、「高校生」から「大学生」に衣替えしたという立場的な変化がある。ぼくと土井なんて衣替えして2年10か月が経っている。ぼくという人間の本質は高校時代と変わっていないはずだが、でも、高校時代よりは住む世界が広がって「大人」になっている自覚がある。それはきっとここにいるぼく以外の8人も同様だろう。それなのに、ぼくらはそうした変化を無視して、昔の関係性のまま現在の時を過ごしている。

 ……ふしぎだ。いや、別にそこまでふしぎじゃないのかもしれないが、その時のぼくにはかなりふしぎな状況のように思えた。「昔と同じだけど違う」。「いまと違うけど同じ」。過去と現在をめぐるパラドックスだ。タイムパラドックスだ(違う)。ぼくはいちいちこういうことが引っかかってしまう。いまの紺野は本当にぼくの知っている「紺野」なんだろうか? いまの兼原は本当にぼくの知っている「兼原」なんだろうか? ぼくは他人のことをどこまで知っているのか? そもそも自分はいったい誰なんだろう?

 バイトに向かわないといけない時間になったので、ぼくは「じゃあ、今年『は』よろしく!」とみんなに言って、兼原にカラオケ代金を渡すと、電車に乗って自宅の近所のコンビニ(バイト先)に直行した。お客さんが誰もいない店内で商品の前陳をしながら、ぼくは、さっきの新年会で「天文」の話がまったく出なかったことに気が付いた。文化祭は盛り上がったよねとか、「ライドアトラクションごっこ」をやったよねとかいう話はしたけど、ペルセウス座流星群がどうだとか、JAXAの月探索機がどうだとかいう話は一切していない。「天文部」の話はしたけど「天文」の話はしていない。

 考えてみれば、ぼくらは天文部時代も「天文」の話をしていない。土井はまじめだったから何かそれらしい話題を振っていたような気もするが(夏の大三角がどうだとか「はやぶさ」がどうだとか)、基本的には天文部は、地学室でDVDを観たり、お菓子を食べたり、DVDを観ながらお菓子を食べたりするのが日常の活動だった。

 そうなってしまったのは完全に部長だったぼくのせいだが、でも、後輩たちもきっとその「日常の活動」を楽しんでいたんじゃないかなあ。そういう天文部を心地よい居場所だと感じていたんじゃないかなあ。だからこそ誰も途中で退部したりせず、それどころか数年越しの同窓会みたいなことを企画して集まったのではなかろうか。

 結局のところ、部活動って「居場所」なんだと思う。いや、部活動に限らない。あらゆるコミュニティは「居場所」なんだと思う。その場所が自分にとって心地よかったら、ひとはそこに居続けたいと思うし、積極的に参加したいと思うし、離れ離れになってもまた同じメンバーで再会したいと願う。本当に肝心なのは「活動」じゃなくて「空気」なんだ。「部屋」じゃなくて「ひと」なんだ。ここにいるのが心地いいなと思える居場所を見つけられたら、それはそのひとの人生にとって最高に素晴らしいことだ。

 ぼくがこのnoteを書いているこの瞬間、元天文部の連中はそれぞれの場所で生活していることだろう。土井は東北の大学だし、小野は沖縄の大学だし、文字通り離れ離れではあるが、また再会した暁には、ぼくらは高校時代と同じ距離感、同じ空気で楽しい時間を過ごすことになるに違いない。次に会う時までにぼくらはまた少し変化をしているだろうけど、そんなことはどうでもいい。変化しているけど同じだし、同じだけど変化しているのが人間というものなのだ。……でも、もし次に会った時に兼原が爽やかな高身長のイケメンに変身していたらどうしよう? カラオケで膝同士が触れたりしたらぼくはドキドキしてしまうよ!(落ち着け)

この記事が参加している募集

部活の思い出

今月の振り返り

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?