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【短編小説】呼吸とランニングシューズ

 私は呼吸が下手だ。吸うのもだけど吐くほうがずっと苦手だ。息だけじゃなくて、言葉も気持ちもうまく吐き出せない。私は、そんな私が嫌いだ。

「なにをやってもドンくさい子ね」
そう言われて育ってきたから、中学生になって
「ホント、あんたってネクラ」
ってクラスメイトから蔑まれても耐えれる。耐えれるけど、帰り道、ふとした瞬間に涙が溢れる。深呼吸して落ち着こうとしてもやっぱりうまくいかない。顔が引き攣って浅い呼吸のまま、うまく息が吐けない。スクールバックを置いて道の隅にうずくまる。
「大丈夫?」
 声がした方に顔を向ければ、同じ制服を着た女の子が心配そうにこっちを見ていた。なんて返せばいいのかわからないから押し黙っていると
「具合悪いなら誰か呼んでこようか?」
とその子は続ける。おおげさにはしたくないから私は首を振る。大丈夫です、と呟いて足早に去ろうとするけど、その子はついてくる。
「新入生だよね。駅まで一緒に歩こう」
 私はやっぱりこういう時なんて答えればいいのかわからない。悪い人ではなさそうだから好意を受け取ればいいと思うけど、それが無遠慮な態度だと思われて相手に嫌われるのが怖い。だから押し黙ってしまうけど、そんなだから周りにみくびられるのだ。そう頭ではわかってても呼吸と同じで自分じゃどうしようもない。
 その子は2年生で名前は亜美さんと言う。陸上部に入ってて長距離選手だと言う。ミスドに行ったらオールドファションとアップルパイを必ず頼むと言う。亜美さんは私が何も喋らなくても一人で勝手に喋っている。その明るさがあまりにも自然体だったから、私とは住む世界が違うなって思った。電車のホームが違ったから改札口で別れた。
「まだ部活決まってないならさ、陸上部に見学においでよ」
 別れ際、亜美さんにそう言われて口元が緩んだ。じゃねって手を振る亜美さんに小さく手を振り返した。

 「あんたが陸上部。続くわけないじゃない」
 母はそう言いながらもメルカリでランニングシューズを買ってくれた。その靴を履いてトラックを走っている。私は、私が嫌いだ。それでも息を切らしながら長距離を走り終えれば、日に日にタイムは伸びていく。昨日よりも今日、今日よりも明日の私は深く息をしながら足を前へと進めている。

【あとがき】
 自己嫌悪っていうのは大きなテーマだと思う。結局、他人を愛するためにはまずは自分を愛せなきゃダメだと考えているからだ。それにむやみに自分を卑下するのは愛してくれている人に対する裏切りだとも思っている。だから僕は、自分のやりたいことや意見を優先するし自分を甘やかしてあげれればいいなって思っている。
 映画「スクール・オブ・ロック」で主人公が肥満体型を生徒に揶揄されて「なんで痩せないの?」と言われたときに「俺は食べるのが好きなんだ!」と強烈に言い返すそのシーンが好きで、まさしくそういうのが大切だよなって思う。


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