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【小説】桜の樹下には


「桜の樹の下には屍体したいが埋まっているらしいぜ」

同級生の河野が、帰り支度をしている僕の前に立ち、急にそんなことを言い出した。

「梶井基次郎の桜の樹の下には、だろ」

作者とタイトルを思い出す。
この文言は有名だが、実際に読んだことがある人はどのくらいいるのだろうか。
かくいう僕も、読んだことは無い。

「夜さ、近くの桜の公園の下、掘りにいこうぜ」

なあいいだろ、沢田。と河野が僕の名前を呼びながら、腕を掴んでくる。
まるで地団駄を踏む子供のような姿に、思わずもうお前高校生だろ、という言葉が口からでかかったが、友情を破壊しないためにも黙っておくことにした。

「シャベルとかは俺が用意するからさ」
「嫌だよ。怒られるかもしれないから」
「だから夜やるんだろ! 約束な。今日の深夜2時!」

そう言って、河野は僕の話を聞かずに、足早に教室を出ていった。




泣く子も黙る丑三つ時。深夜二時。
僕は家をこっそりと抜け出して、公園へと向かった。
どうせ何もでてこないとはわかっているも、悪い事をするとなるとわくわくする。
小さなミッションをこなすスパイのような気持ちになりながら、抜き足差し足で家を出た。仲良さげに眠る母と父の姿を、寝室の扉の隙間からのぞいたときは、胸が高鳴りすぎてはじけるかと思った。

「お! きたな!」

河野は、桜の樹の下に立っていた。
立ち入り禁止と書かれた看板なんて見ていないかのように、堂々と土の上に立っている。
彼は両手に持った2本の大きなシャベルを、僕に差し出すと、早速歩き出した。

「んで? 本当に屍体が埋まってたらどうすんだよ」
「そりゃ、警察だろ」

常識人なのか、非常識なのかわからない。というより、この状況はどうやって説明するつもりなんだろう、この男は。
僕は心の底から、屍体じゃなくて現金の入った封筒、それも事件性がなさそうな微妙な額あたりが出てきてほしいと思った。
徳川埋蔵金じゃなくていい。三千円ぐらい。それを河野と山分けして、明日あたりにカラオケで山盛りポテトを一人一個頼みたい。なんか、そいういうのができればいい。

宝くじを買ったわくわくのようなものを抱えながら、僕と河野は早速一番近くの桜の樹の下を掘った。

ざくざくと、土を掘り返す音が夜に響く。
傍から見たら、僕らが屍体を埋めているみたいだ。

「あ、なんかある」

早速河野のシャベルの先が、何かをとらえた。
河野は躊躇なく、周りの土ごと大きく掘り返した。

「なんだろ」

河野は土の中から、白い硬い何かを掘り返すと、泥を払った。

「……ポカリスエットだ。しかも、未開封」

中身がしっかりと詰まった、白く濁ったスポーツ飲料だった。
開封された痕跡が無い。

「なんでこんなところに?」
「誰かの備蓄じゃね」
「リスかよ」

河野がラベルを回してみると、賞味期限が半年ほど前に切れていた。

「あ~~、これ酔っ払いが埋めたっぽいな」
「そうなの?」
「ペットボトル飲料の賞味期限って、半年とか1年が多いからさ。半年前なら夏のバーベキュー、1年前ならお花見。この公園、よくそういうのに使われてるらしいし」

妙なところで博学な男である。
そういえば、河野が「桜の樹の下には屍体が埋まっている」なんて言い足したけど、こいつはバスケット部に所属しているし、体育会系だったはずだ。

僕に話しかけてきたのも、仲が良いのはあるが、本をよく読んでいるからその文言を知っているだろうとあたりをつけてきたのだろう。

まさに文武両道、顔もそれなりに良い。
まったく、うらやましい。

「どうしても水を飲みたくない酔っ払いでもやったのかな」
「次いこうぜ、次」

河野が興味なさげにペットボトルを土に埋めなおした。

「戻すのかよ、それ」
「500年後に考古学者が発掘して、歴史になるかもしれないじゃん」
「ペットボトルも500年かかればさすがに土に還るぞ」

僕は河野が賢いのが悔しくて、しれっと雑学を引っ張り出した。
河野は「へえ、そういうもんなんだ」と気の無い返事をして、土を叩いた。
悔しい。

僕たちは、もう一本奥の桜の樹の下へと向かった。
春先の夜更けは寒い。だけど僕たちの額には、土を掘り返すために動かした筋肉のおかげで、うっすらと汗がにじんでいる。

「この辺掘るか」
「うん、わかった」

シャベルを土に突き刺して、土を掘っていく。
桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿、という事もあって、きっと根に傷が付くようにしてはいけないんじゃないかと思って、慎重にシャベルを土に突き立てていく。
河野はわりと、お構いなしに掘っている。

少し掘って、それを横に広げて。
そう掘っていくうちに、僕のシャベルの先に何かが当たった。

「あ、なんかあるかも」
「マジ? 意外と埋まってるもんだな」

僕はその硬い何かの周りを掘っていく。
傷付けないように慎重に周りを掘って、大体の大きさがわかったあたりで、ぐっとてこの原理で土ごと掘り返した。

出てきたのは、VHS。所謂、ビデオテープ。

「うわ、また珍しいもんが」

ビデオテープは存在自体は知っている。
だが、僕らが物心ついたときには、DVDが主流だった。
そんなDVDも、今はもうほぼなくて、映像はサブスクや配信、ダウンロードで見る時代だ。
正直、知見として知っているだけで、ビデオテープの使い方はわからない。

「あ、タイトルあるよ」

背表紙らしきところの泥を払って見てみる。

「やべえDVDじゃないだろうな。スナッフフィルムとか」
「なにそれ」
「え、知らねえの? 人殺した映像のビデオのことだよ。見て楽しむためにわざわざ殺して撮影すんの。悪趣味だろ」
「そういうのがあるの?」
「都市伝説みたいなもんだけどな、噂だよ。そういうの題材にした映画、この前見た」

泥を払った背表紙は、ところどころ土に還っていて、読み切れない。

「淫……団……妻……」
「……多分AVだな、これ」
「そうだな。この文字列が並ぶのなんてAV以外にあり得ねえな」

一般的な男子高校生なので、アダルトビデオが出てくるのは嬉しかった。だが、それよりももっとすごいものを期待していた分、微妙な気持ちになってしまった。
上げすぎたハードルのせいで、普段なら盛り上がるものも盛り上がり切らない。
そもそも再生できない黒いビデオのアダルトビデオなんて、ただのゴミだ。
元アダルトビデオ。
それはもうアダルトビデオではない。

「なんだよ、期待させやがって」

そういいながら河野はまた土に埋めなおした。
考古学者にアダルトビデオの残骸を見せて、ますます日本がHENTAIの国ってことになったらどう責任を取るつもりなんだろう。

「きっと捨てるに捨てられなかったんだろうね」
「そうだな。すげえお世話になったか、買ったはいいけど捨てるのが恥ずかしかったのか」

今はアダルト動画はレンタル期間が終われば再生できなくなるだけだし、ダウンロードしてもファイルを消せば見れなくなるが、昔の人はどうしてたんだろう。
そんなどうでもいい疑問が頭に沸いたが、明日にはきっと忘れているだろう。

僕と河野は、また次の桜の樹へと向かった。
集まってから1時間。家から出て1時間20分。
ここから帰る事を考えると、次で最後にしなければ、完全犯罪は行えないだろう。


空は夜明け前が一番暗い。
公園一帯が、闇に包まれて、街頭が怪しくベンチを照らしている。

「じゃ、ここ掘るか」

河野が地面にシャベルを突き立てた。
土をすくい上げては、横に落としていく。
僕も同じように、土を掘っていく。

正直、もう充分楽しかった。
何も埋まっていないなんてことはなかったから、肩透かしも食らわなかったし。
下がっていく気温で、指先がつめたくなっていく。

しばらく掘って、何も見つからなかったらもう帰ろう。
ちらりと河野を見ると、河野も同じようで、すくう土も少なくなっていた。

よし、帰宅を提案しよう。そう口を開いた瞬間。
僕のシャベルに、何かが当たった。

「あ、なんかある」
「え、マジ? 沢田、よく見つけんね」

河野が僕の所に歩み寄り、懐中電灯で穴を照らす。
そこには、小さな銀色の缶が埋まっていた。

「お、タイムカプセルかな」
「かもしれないね。僕たちも埋めた気がする」
「ここじゃねえけどな」

河野と僕は幼稚園の時にタイムカプセルをどこかに埋めた気がする。たしか、幼稚園のすぐ近くの土手に埋めた覚えがあるけど、どこだったか思い出せない。
そういえば、あの中に河野への手紙を入れてたっけ。
どこに埋めたか忘れてよかった。今見つけに行くことになったら、赤面ものだ。

「掘れたぞ」

河野が小さな缶を土から持ち上げる。
硬く閉ざされた缶に手をかけて、止まっている。

「どうしたの?」
「なんか、怖くね。こう、密閉された容器ってさ」
「あー……。タイムカプセルとかならいいけど、中身生鮮食品とかだったら大惨事だもんね」

河野の眉間にしわが寄る。

「中身弁当とかだったらどうしよう」
「見たところ小物入れとか、なんかそんなんじゃない?」
「お前があけてくれよ」

河野が僕に、缶を押し付けた。
そういわれると怖い。

どうか、虫とか腐った何かとか出てきませんように。
あと、マジで屍体関係のものはでてきませんように。

僕は意を決して、缶を開けた。

「……紙?」
「手紙とかかな」

缶の中には、大きな紙を何度も折ったものが入っていた。

古いようで、劣化してすこし茶色がかっている。
とはいえ、缶の中に入っていたからか、掴んでボロボロになるような状態ではない。

「出せなかったラブレターかもよ。見てみようぜ」

河野に言われて、紙を開いた。
そして、それを見て河野が絶句した。
僕も目を見開きはしたが、声が出てこなかった。








出てきたのは、18年前に記入された、僕の母さんと父さんの、婚姻届だった。



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