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フィンテック企業が、ITや金融より大切にしていること

 WealthNavi(ウェルスナビ)は、資産運用のロボアドバイザー(「ロボアド」)と呼ばれており、金融とITを融合させたフィンテック(FinTech)における代表的な分野の一つだと言われています。

 フィンテックというと、ITや金融の専門知識・技術が一番重要だろう、と思うかもしれません。実際、どちらもフィンテックを開発するためには必要不可欠です。

 しかし、フィンテックを一時的なブームに終わらせず、普遍的な価値を持つインフラとして後世に引き継いでいくためには、ITでも金融知識でもなく、職業倫理こそが一番大切だと思います。

 今の日本に、「自分は資産運用や金融のことをよく知っている」という方はどれほどいらっしゃるでしょうか。もちろん、証券会社で株式投資を長年続けてこられた方は、知識も経験も豊富だろうと思います。自分にあったポートフォリオ(資産の組み合わせ)を自分で計算し、長年、積立投資をしてこられたインデックス投資家の方々も同様でしょう。しかし、ほとんどの日本人にとって、資産運用は「近寄り難いもの」、「怖いもの」であり、決して身近なものではありません。

 資産運用サービスの利用者がいわば素人である一方、資産運用サービスを提供する金融機関は専門家です。このため、資産運用においては、サービスを提供する側と受ける側に圧倒的な情報格差が存在しています。

 例えば、手数料一つ取ってみても、実にいろいろな仕組みや呼び方があり、一つの資産運用サービスの手数料の全体像をきちんと理解することは、とても難しいのが現実です。資産運用サービスの利用者は、通常、次のような手数料やコストを負担しています。

1. 運用開始時の手数料
・販売手数料(上場投資信託(ETF)の場合は売買委託手数料)
・為替手数料(外貨建ての場合)
・為替スプレッド(通常は為替手数料と同じだが、別途負担する場合も)
・入金手数料(銀行で投資信託を購入する場合などにはかかりません)

2. 運用中の手数料
・預かり資産に応じた手数料(自動・お任せのサービスの場合のみ)
・投資信託やETFの信託報酬その他管理手数料(いわゆる「経費率」)
・口座管理手数料(通常はゼロだが、一部の年金口座などで負担)

3. 出金時の手数料・コスト
・信託財産留保額(ETFの場合は売買委託手数料)
・為替手数料(外貨建ての場合)
・為替スプレッド
・出金手数料(銀行で投資信託を購入する場合などにはかかりません)

 いかがでしょうか?ご自身が利用されている(あるいは、これから利用しようとしている)資産運用サービスについて、これらの手数料をすべて把握されているでしょうか?

 さらに、金融の専門家であれば、複雑な金融商品を作り、見た目のリターンを短期間、引き上げることができてしまいます。最近の例では、高格付でリスクが極めて小さいはずだったのに、リーマン・ショックの際に投資家が大きな損失を被ったサブプライム関連の金融商品がよい例です。(具体的にどのような仕組みだったのか、いずれ解説しようと思います。)

 困ったことに、日本では富裕層向けのサービスでも、「見た目のリターンが高く見える」金融商品が販売されています。私自身、2年前にウェルスナビを創業する際、「富裕層向けのサービスを、誰でも利用できるようにします」と説明していました。アメリカやヨーロッパでそのように事業プランを説明した際には強い賛同を得て、背中を押してもらえました。しかし、日本に帰ってきて日本の富裕層の人たちに同じように説明したところ、一様に眉をしかめられてしまいました。リーマン・ショックの前に、「見た目のリターンが高く見える」金融商品を購入してしまい、大きな損失を被った苦い記憶を呼び覚ましてしまったようです。それ以来、私自身は「海外の富裕層向けのサービスを、誰でも利用できるようにします」と説明するように気をつけています。

資産運用サービスには医者と同じレベルの職業倫理を

 私たちが病気にかかったときには、医者を信頼して身を委ねるしかありません。医者から「あなたは胃がんです」と言われて、「実は肝臓がんではないか」と疑う人はまずいません。ですから、医者は、患者のために、専門知識や専門技術を最大限に発揮する倫理的な責任を負います。

“自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない”
“どんな家を訪れる時も、性別や自由人と奴隷の相違を問わず、不正や害を行わない”
(「ヒポクラテスの誓い」より。現代の宣誓よりも古いバージョン)

 医者と同じレベルの職業倫理が資産運用サービスにも必要です。

 ウェルスナビでは、誰も気がつかないような細部までこだわり、透明性の高いサービス開発・運用に取り組んでいます。

・資産運用のアルゴリズムをホワイトペーパーとして公表(国内初)
・預かり資産のみに連動する手数料
・為替スプレッドも含めて為替手数料をゼロに
・手数料を大きなフォントで開示
・リスクを直感的に理解できるよう、「今がもしも2008年1月で、9ヶ月後にリーマン・ショックがやってきたらどうなるか」という最悪のシナリオを、ボタン一つでいつでも見られるように

 ここで、「手数料が預かり資産のみに連動」というのは説明が必要かもしれません。手数料が預かり資産のみに連動すると、利用者の資産が増えると金融機関としてのウェルスナビの収益も増えることになります。逆に、金融危機や円高によって利用者の資産が一時的に減少してしまうと、ウェルスナビの収益も減り、痛みを分かちあうことになります。

 もしも、資産運用サービスにおいて、売買委託手数料や為替手数料、為替スプレッドなどの取引手数料を頂いてしまうと、利用者の資産が減っても、利用者に取引さえしてもらえれば、金融機関としての収益を確保することができます。そのすると、利用者一人ひとりと金融機関の利益の方向性が反対になってしまうリスクがあります。そのようなリスクを予め排除する仕組みが、預かり資産のみに連動する手数料なのです。

 このような、透明性の高い、利用者の利益を最優先した資産運用サービスの仕組みを徹底すると、余計な手間やコストが発生します。(例えば、為替手数料や為替スプレッドをゼロにするために、ウェルスナビでは、ごく少量とは言え、本来は不要な為替リスクを敢えて取り、リスク管理しています。)

 誰も気づかないような、誰も評価しないようなところにまで、本当にこだわる必要があるのか、とウェルスナビ社内で議論することもあります。しかし、もしも医者だったら、患者が気づかないからと言って誤魔化してしまうようなことが、果たして許されるでしょうか?自分が患者だったら、どのように感じるでしょうか?そのような職業倫理に基づき、サービスの開発・運用チームに余計な負荷がかかってしまうような経営判断も、敢えて行ってきました。

 もちろん、まだまだ目が行き届いていないことや、独りよがりになっていて利用者に伝わっていない点もあるかもしれません。しかし、誰もが安心して気軽に利用できる資産運用サービスを目指して、日々、少しずつでも、改善を続けていきたいと考えています。

フィンテックという道具で実現する未来

 資産運用サービスにおいて、医者と同じレベルの倫理が必要という考え方は、決してウェルスナビ独自のものではありません。

 最近では、金融庁が「顧客本位の業務運営に関する原則」(フィデューシャリー・デューティー)を打ち出し、そのような方針を2017年6月30日までに策定した金融機関のリストを公表することになりました。

 金融庁の動きを踏まえ、すでに多くの金融機関が、フィデューシャリー・デューティーを宣言しています。ウェルスナビも、2017年6月23日の取締役会において、「フィデューシャリー・デューティー宣言」を採択しました。

 フィデューシャリー・デューティー(fiduciary duty)は馴染みのない言葉だと思います。もともとは、医者や弁護士が、患者や依頼人との特別な信頼関係(ラテン語で「信頼」は"fides")に基づき、患者や依頼人の利益を最優先する特別な責任を負うことを定めたルールとして、数百年に渡ってイギリスやアメリカで発展してきました。

 これが20世紀のアメリカで、企業年金を運用する金融機関の責任(受託者責任)に拡張されます。そして、ようやく21世紀になって、金融庁の手によって本格的に日本にもたらされました。

 フィンテックによる資産運用というと、テクノロジーや金融が注目されがちです。しかし、テクノロジーや金融はあくまでも道具であり、それを使ってどのような社会の実現を目指していくかが一番大切です。

 そして、資産運用サービスの利用者の利益を守るためには、やはり、最先端のIT技術や金融の専門知識を最大限に駆使することになります。ですから、やはり、フィンテック・サービスではITや金融の専門知識はとても大切です。ITや金融の領域を超えたチームワークなしには、良質なフィンテック・サービスは成立しません。

 私たちウェルスナビのこのような考え方に賛同してくださる方がいらっしゃれば、ぜひお声がけください。日本の資産運用サービスを世界水準まで持っていく仲間を、いつでも募集しています。

ウェルスナビのフィデューシャリー・デューティー宣言はこちら
https://www.wealthnavi.com/fiduciaryduty

金融庁による取り組みはこちら
http://www.fsa.go.jp/news/28/20170330-1.html

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