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救済

 長生きしたいと思えるようになりたいなあと思いながら、今日も私は確かに生きていた。

 今の私は、できるだけ早く死んでしまいたい。
 別に殺されたいわけではないし、だからといって事故に遭うのも嫌だ。自殺は怖いからきっとできない。どこからどう見ても健康なので、病死の予定も今のところ全くない。
 おそらく私は人一倍長生きするだろう。
 これから何十年も私は私の生命の維持に努めるためだけに生きる。それでもやはり私は息をするたび「死にたいなあ」と思ってしまうのだ。極めて健康体である私が唯一抱える病こそ、この【死にたがり】なのかもしれないと最近よく思う。


 思い込みでも何でもなく、私は誰よりも美しくて、賢く、運動が得意で人望があり人当たりもいい、よくできた女の子だった。
 私の若々しい肉体には紺色の制服が極端に似合う。プリーツスカートの襞のように清潔な私は、おそらく誰が見ても完全で、完璧で、すでに完結していた。私にはもはや更新・改善すべきところなど何もなく、だからつまり、私はこの時点ですでに終わっていたのだ。
 十五歳の私は今がおしまいの始まりであり、これ以降は死ぬまで落ちぶれていくだけなのだと、突き詰めて正しく理解していた。

 私に人並みの欠落があれば、あるいは少しくらいは違っていたのかもしれない。容姿がかわいくないだとか、頭が悪いだとか、性格に難があるだとか。何でもいい、わかりやすい不具合さえあれば私はきっと、もっと十五歳の子どもらしく自分に対し悲観して、そのうえで自分以外の人間を傲慢に恨み、羨み、けれどここまで自分の死を想いながら生きることもなかったのだろう。私は完成しきっている私のことが何より許せなかった。


 後ろから二番目、窓際から数えて三列目の席に座り、真面目に授業を受けながら私はいつも頭の隅で切望していた。私が二度と死にたいなどと考えないで済むほどに圧倒的な、確実な、絶対に揺るがない自分自身の悪質な変化を、私はいつも澄まし顔でただひとり求めていた。
 私はこの教室の中の誰よりも死にたかった。
 けれど私は、この教室の中の誰よりも死にたいなんて思いたくはなかった。



(「救済」19.1.14)

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