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終末にて: 周目

 一時期若者のあいだで流行り、しかしとっくの昔に廃ってしまった音声配信ツールの新着リストの中にその放送は紛れ込んでいた。【終末にて】といういくらか不穏なタイトルの後ろにはコロンと放送回数らしきものが無機質に記載されており、僕/私がそれを見つけたとき数字はまだ一桁だった。視聴者数もたいしたことはなく、仲間内でやっている程度のものだろうか、と推測しながらとりあえずページを開いてみる。
『――でも、そっちほうが面白いでしょう?』
『ああ、それは確かにね』
『そう、そして物事は面白いほうが圧倒的にいいんですよ。どのようなことであれ』
 そこでは若い女と男が、深夜のファミリーレストランで交わす会話のような気軽さでもって話をしていた。女のほうは舌足らずな、幼い子どものような話しかたをし、対して男ははっきりとした発音で歯切れよく喋る。アンバランスなその声は、的を射ない、けれどなかなかに興味深い、そのうえでどうでもいいような会話ばかりを続けている。
『××さんは普段からそうなんですか?』
『ああー……どうだろう? 自分ではよくわからないです。でも、あるいは』
 女が一度だけ喉を鳴らす。何かを飲んでいるのだろう。その隙に男は、
『夢かあ……。夢なんて久しくみていないな』
 と溜め息交じりに言い、女は、
『夢なんてみないに越したことはないんですよ。レム睡眠……でしたっけ、夢をみるのは。あれ、ノンレム睡眠でもみるんだったかな?』
『ノンレムでもそれなりにはみるらしいですよ。あまりそこは夢と繋がりがないんだとか』
『へえ、そうなんだ。〇〇さん博識ですね』
『わっはっは。どうぞ、もっと言ってください』
 どうやら彼らは夢について話しているようだった。女は続ける。
『私、ちょっとおかしいくらい夢をみるんです。日に四つなんてのもよくあることで。でも夢なんて調合性もないし、小説を書くにあたっ何の参考にもならない。そのうえ単純に、ひどく疲れるんですよ。夢判断でもできたらまた話は別なんでしょうけど、生憎私、哲学方面はさっぱり』
『ああ、じゃあ近いうちにフロイトでもゲストに呼びましょうか。僕、彼とは従兄弟なんですよ』
『あ、はあ……なるほど……?』
『こら、笑うところだっつうの。えー、そんで、ちなみに最近はどのような夢を?』
『世界が終わる夢、をみました』
 女は舌足らずな声で、しかし確かにそう言った。
『あと少しで世界が終わる、終末の夢でした。荒廃した世界のど真ん中にテーブルが一つ。辺りは崩れた建物と砂だけ。私の所有物はスマートフォンが一台、あとは何もありませんでした。私はスマートフォンに向かってぽつぽつと喋り、私が言葉を止めるとスマートフォンからは〇〇さんの声が返ってくる。私たちは【終末より、だれかいますか? だれかいますか? 終末より、終末より。だれかいますか?】とだけ、それだけを繰り返しやり取りしていました。そんな夢です』
『変な夢ですね』
『ええ、変な夢でした』
 僕/私は自らのスマートフォンを眺める。煌々と光る画面には【終末にて: 周目】と書かれていた。僕/私は画面に触れ、まるで促されるように画面の向こう側へ向かい言葉を投げかける。
【終末にて。終末にて。だれかいますか? だれかいますか?】
 送信して数秒後、男が『ふふ』と小さく笑い、続いて女も『ああ、ようやくメッセージが届きましたね』と笑う。それから彼らは同時に、
『終末にて。終末にて。もうだれひとりも存在しません。おやすみなさい。さようなら』
 彼らがそう言い終わると同時、世界はいきなり暗転する。

『終末にて。終末にて。いい夢を』

ツイキャスで毎週金曜日21時から30分間、【終末にて】というラジオのようなものを友人と共に始めることとなりました。
週末の夜のお供に是非。
柴田彼女のツイキャス


(「終末にて: 周目」21.3.26)

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