小説 介護士・柴田涼の日常 63 家庭菜園の収穫とカルタ

 へんな夢を見た。どうやらある島の介護施設に見学に来ているらしい。各居室は個室だが、布団が敷いてあって、一畳ほどのスペースしかない。その狭い中でオムツ交換をする介護士の姿が見えた。そしてフロアに置かれたスマホを見ると、早番の出勤者がどこで何をしているかの情報がリアルタイムで表示されていた。その施設の見学が終わると、僕は知り合いの家に通され、そこに住む夫婦と一緒に昼寝をした。三角の影が僕らを撫でるように動いてゆくさまを俯瞰で見ていた。これに続いて、大勢がバスで移動するシーンが終わると、今度はみんなでバーベキューをすることになったのか、大学時代の先輩が細長いウインナーをまな板の上ではなく宙に浮かせたままスパスパとナイフで切っていた。「指の前で寸止めするんだ」と言って今度は僕の番になった。そんなの簡単さ、と軽い気持ちでウインナーを切っていたら左手の指がスパスパと切れていた、というところで目が覚めた。そういえば昨日の夜は涼しくてくしゃみもしていた。やや風邪をひいていたのかもしれない。風邪をひいていると寄妙な夢をよく見る。

 今日は早番。ユニットリーダーの平岡さんが日勤だ。平岡さんは、テキパキと動いてどんどん仕事をこなしてしまう。全部自分でやりすぎてしまう人なので、こちらも負けじと頑張って動こうとする。だから平岡さんと一緒に仕事をした後はどっと疲れる。もっと気楽にやりたいのにと思う。

 午前中、ヨシダさんの泥状便失禁があった。パッドとオムツの結界を押し破り、ズボンまで便汚染されていた。ヨシダさんはこのあとお風呂に入る予定だったので、お風呂でキレイに流してもよかったのだが、お風呂係の平岡さんに丸投げしてしまうのは心苦しかったので、ベッド上でキレイな状態にすることにする。ここのところ便の状態は落ち着いていたので大丈夫かと思い、水分ゼリーを飲ませたのが悪かったのか、原因は不明だ(水分ゼリーを飲むとお腹が冷えて便がゆるくなる、もしくは便が出やすくなるみたいだ)。ヨシダさんは不随意運動を起こすことなく、静かにしていてくれたので、すんなりと交換が済む。真田さんによると、便失禁をした人はしゅんと静かになってしまうらしい。「『やってしまった』と本人も自覚してるのよ」

 休憩時間は、ナースの高橋さんと一緒になる。大学三年の息子さんがオンラインで企業のインターンに参加し、グループワークの司会を任され褒められたと言っていた。大学院にも進学を考えているらしい。いろいろ考えていて偉いなと思う。また、最近高橋さんはデイトレードをはじめたらしく、今日が株価の下がる日だから「買い」の日だと言って、朝から折線グラフの画面をずっとチェックしていたと言う。YouTubeでいろいろ勉強しているようだ。最初は意味がまったくわからなかったけれど、繰り返し何度も聞いているうちに意味が取れる部分が少しずつ増えてきたみたいだ。「無職看護師 デイトレード講座」のYouTubeチャンネルを作ろうかしら、と言っていた。「マメなところが向いてるのかも」と高橋さんは言う。たしかに、毎晩戦場に出かけるのもマメでなければ出来ないことだし、毎日株価をチェックするのもマメでなければ出来ない。デイトレードに向いている人の性格は、「感情的にならず冷静な判断ができる人」だとあるネット記事に書いてあった。まさに看護師の高橋さんにぴったりではないかと思う。いろいろ話を聞いているうちに休憩時間が終わってしまう。

 午後には家庭菜園の収穫をした。ナスとミニトマトを採り、ナスは浅漬けにして、ミニトマトはその場で切って食べた。ナスを切ると小さな種がいっぱい入っていた。ナスを植えたのは七月半ばで、時期的にやや遅かったのと日当たりが良くなかったためあまり大きく実っていないが、みんなで水やりをして育てたナスだ。きっと美味しいことだろう。ナスやトマトを収穫する様子や浅漬けにしたナスを揉む様子を撮影する。収穫したナスを手に持ってポーズも取ってもらった。女性ばかりのユニットなので、なにかと華やかだ。

 その後、時間があったので、「カルタでもしよっかな」と平岡さんが言った。ナシタさんは目の前にある札を一枚しか覚えていないようで、ほかの札はみな隣のハットリさんに取られてしまった。ウチカワさんは、ご自分のメガネのレンズが外れやすくなっており、レンズが外れてしまうと不穏になられてしまうため、伊達メガネをかけている。やはり伊達メガネでは見えないようで、目の前にある札を取ることができていない。そこでご自分のメガネにかけ替えてもらったところ、素早いタッチで札を取れるようになった。こっくりこっくり傾眠がちのキサラギさんは、見ていないようでしっかり札を見ていて、なかなかいい反応をする。キサラギさんはテレビから聞こえてくる歌を一緒になって歌っているので、耳がいいのかもしれない。ショートスリーパーのサトウさんは一枚も取ることができなかった。センリさんとヨシダさんは参加せず。結果は、キサラギさんが善戦したものの、ハットリさんの勝ちとなった。

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