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毎日投稿をしていれば、かならず書けない日はやってくる。

絶対に書けない日は来る。

毎日投稿をしていると、かならず書けない日がやってくる。あたまがぼーっとして、書けないというか、書きたくないに近い。「ああ、もういいや」と思う。そして無為に時間だけがすすみ、やがて0時の足音が聞こえる。

そんな前門の焦燥感と、後門の絶望感にはさまれて窮地に立たされたら、いっそのこと、「書けない自分を書いてしまう」のは悪くない。
いつだって、テクニカルな文字の羅列より、素直なこころの叫びが他人さまのアンテナには届きやすいからだ。

そして、毎日投稿というのは、単純に見えて絶妙なバランス感覚を問われる。

まいにち書くのだから、もしとつぜん、同僚から食事にでもさそわれて、興が乗ってお酒でも飲み、23時をまわろうものなら、更新がまにあわない。更新がストップする。

運良く下書きのストックでもあればよいが、毎日投稿を100日も超えてくれば、ストックをひとつ作るのにどれだけ大変かがわかるだろう。

だから、毎日投稿をしていると、人とのコミュニケーションが不足してしまいがちだ。

書けないときは、パソコンの前で2〜3時間うなるときもある。ご飯を食べてみたり、お酒を飲んでみたり、気分転換をしてみるが、まったく筆が進まない。なんとか書きあがったころには疲労でバタンキューだ。

だったらその時間、読書にでも使ったほうがよほど内燃機関への補給になるだろう。

毎日投稿をするがゆえに、「コミュニケーション」や「読書」という、エッセイには欠かせない経験値をかせぐ機会が減ってしまう。そんなジレンマに陥るのだ。

なので、生活のなかでリズムよく、適度にインプットし、適度にアウトプットできるバランスが整っていると、人は筆がすすむ。

もし日々、源泉のようにテーマが湧いて毎日投稿をつづけている人がいたら、それはほんとうにすごい。

とはいえ、noteはそんな「書く権化」のような人たちもいる空間なのだと思う。だからこそ、この身をここに置き、日々精進、したくなるんだろうなあ。

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