同時視聴会の話~コラム調に~

2020年は、例年になくたくさんの映像作品を観た。

一度目の緊急事態宣言が発令されたとき、在宅時間をどう使えばよいものかわからず頭を悩ませた人も多かろう。筆者は当時、親に呼び戻される形で帰省していて、自由の制限される実家で何をすれば…と途方に暮れた。ルーティンワークにしているような作業もないし、新しく趣味をつくるにはある程度初期投資が必要だ。部屋に居ながらにしてお金を掛けずにできる娯楽ならPCやスマホで簡単に手に入る。しかし、YouTubeやTwitterを眺め続けた日の終わりには必ず罪悪感が付きまとう。浪人時代の「時間を無駄にしたくない」と感じる体質がまだ抜けていない。なるべく実りあるかたちで。それでいて楽ができるもので。たどり着いた結論が、とある積読本の消化だった。

小学生の時から使っている勉強机の上に、ハヤカワ文庫版『1984年』(ジョージ・オーウェル著、高橋和久訳)が放置してある。購入時に書店でもらえる栞はペン立てに挟んでいたため、どこまで読んだか記憶がさだかでなかった。手に持ってみるとけっこうな厚みの長編作であることがわかる。積読消化のこころざしがぐらつきかけ、いったん机に置き直した。するとそこへLINEの通知。メッセージの送り主は、高校時代からの友人だ。
「バレエの舞台映像が公開されているらしいです 同時視聴会しませんか」

“同時視聴会”というのは、数人で通話をつなぎながらひとつの映像を鑑賞するオンライン上の集まりのことである。以前、Twitterの趣味アカウントでつながりのある相互フォロワーと開催したことがあったが、コロナ禍になってからは、顔見知りと通話しながら映画や動画を楽しむ機会が圧倒的に増えた。
Amazonプライムビデオなどの動画配信サービスがウォッチパーティー機能を取り入れたことにより、従来よりも効率的に通話やチャットができるようになった。加えて、YouTube上で映像を配信する団体・アーティストが増えたおかげで、鑑賞する映像ジャンルの幅が広がったこともリモート向きの鑑賞スタイルの普及に一役買っていたようである。

バレエの話に戻る。
友人が見つけたのはNorthern Ballet(ノーザン・バレエ)というイギリスのバレエ団だったのだが、リンク先に飛んでみると、なんと公開中の演目に『1984』が含まれているではないか(2020年4月時点において。現在は非公開)。
じゃあこの『1984』観るカンジで、〇日後の〇時にZOOMに集合しましょう――ということで大枠が決定した。バレエはセリフがないパフォーマンスのため、物語のあらすじを理解していないと途中でおいていかれることがある。それもそれで踊りに集中できて良いが、せっかく手元に原作があるのだし…と、予習の気持ちで再び本を開くことにした。

全編を読み終わるのに4日ほどかかったものの、同時視聴会にはなんとか間に合った。頭から最後の解説文まで読み通した感想は、「果たしてこれはバレエにできるのか?」だった。
 主人公ウィンストンの職場で行われているのは、公的文書から娯楽雑誌、ポルノ映像まで、あらゆる発行物の改ざん作業である。国民の精神を総動員しつづけるため、戦争の成果や生産状況などは常に上向いているかのように伝えられる。国民を鼓舞し続け、敵対勢力への憎悪を持続させるための仕事だ。この体制に疑問を持ったウィンストンはある日、闇市でノートを手に入れる。そして24時間監視の目をかいくぐりながら、反体制的な心中を日記にしたため始める。
この、「言葉」あるいは「言語」という要素が物語の骨格を成している原作を、セリフのないパフォーマンスにおいてどのように表現するのだろうか。

 鑑賞会当日は、通話・チャット用アプリを使って3人で話し合いながらバレエを鑑賞した。序盤は会話しつつ鑑賞していたがいつからともなくから全員が見入って黙りこくってしまったためマイクをミュートにした。中盤あたりで一旦停止(動画だと、シークバーで時間経過が確認できるので便利である)してから会話を再開するかたちに軌道修正をした。まるで歌舞伎の幕間をオンライン上で再現しているような気分だった。
 自由設定した幕間にマイクのミュートを解除し、それぞれ視聴した部分の感想を言い合う。ここの演出がすごいだとか、あの衣装が良いだとか。筆者は直近で原作を読んだので詳細な設定は頭に入っているが、ほかの2人はどうだったのだろう。ストーリーについていけていたのだろうか。
「あー、20分あたりの展開がわかんなかったな」
「スクリーンのあの演出、気になった」
よし来た、と言わんばかりにここで知識を披露する。あの衣装は階級の違いを表していて、スクリーンの目はビッグ・ブラザーという人物で…。

同時視聴会の利点は、見終わった後時間をおかずすぐ感想を述べあえるところだ。誰かと映画館や劇場に足を運ぶと、鑑賞後はやむを得ず移動時間が生じる。「どこかで腰を落ち着けよう」と喫茶店を探すうちに最低でも10分は時間を要する。歩くうちに思考が整理されるという側面もあるが、取ってだしの素直な感想を相手から聞ける機会がなかなかない。
その点、オンライン上で鑑賞を終えた後の盛り上がりはすごい。あのシーンは後々ここの伏線で…と相手が言及したシーンまでさかのぼって見返すこともできる。これをほうふつとさせるよね、といいながら文章のリンクを共有し合ったり、wikipediaを見てうなることもできる。誰かの知識をより集めて即時的につなげ、連鎖反応を起こしていくプロセスが非常に滑らかに進むのである。

私の一押しは同時視聴会だ。
この後も何度か同時視聴会を開き、映画、舞台映像、MV、コントなどをあらゆる範囲の友人たちと鑑賞した。
この面白さは何にも代えがたい。娯楽としてだけでなく、新たなコミュニケーションとしても実りある体験が得られるのだ。


【参考URL】
・日本経済新聞電子版 「リモートでも一緒に映画 米動画大手が同時視聴 https://youtu.be/jMclzcnorkk
・Northern Ballet公式ウェブサイトhttps://northernballet.com/accessible-performances
・Northern Ballet 『1984』ティザー映像
https://youtu.be/jMclzcnorkk

【文献】
・ハヤカワ文庫版『1984年』ジョージ・オーウェル著、高橋和久訳(早川書房)