紙の雑誌を作ろう。
紙ってなんかいいよな〜
とはいっても紙の本は良い。
何か理由をつけて正当化したとしても結局私情をはさんでいるような気がする。
紙って、なんかいいよな〜
たぶん本能だから。しょうがない。
雑誌を作ると決めた時にはもう
紙の本にすることは決めていた。
というか、どっちが先か忘れた。
そのくらい紙が好きだ。
そんな気持ちを、頑張って言語化してみようかなあ。というnoteです。
タモリを彷彿とさせるポテンシャル
例えるなら紙は、タモリさんのようなベーシックな存在。
何をさらけ出しても、価値を与えてくれるような、そんな感じだ。
バラエティMC、音楽番組、ロケ、ラジオパーソナリティに、ストーリーテラーまで。
ニン(人間性)が重要と言われるお笑い界において極めてミニマルでベーシックな存在であり、どんな人や環境でもその場に応じた面白さを発揮してくれる。
ゲストの人柄をそのまま受け止めて、笑いへと昇華する。色はつけない。
おもしろくて、話しやすい人。その極地にいるのがタモさんだ。
物書きにとっての紙は、タレントにとってのタモさんなんだろう。
価値として受け止めてくれる、そしてあまりにも当たり前な存在。
私たちがテレビでいつも見ているタモさんはそんな人だろう。いつ見ても面白くて、飽きない。
紙は、奥ゆかしい。
だが、タモさんにも私生活がある。
いくらなりすましの天才でも、家では森田一義である。
テレビのリモコンがなくて困っていたり、お風呂であいみょんを歌っているかもしれない。
その時のタモさんを私たちが知らないように、紙にも私たちの知らない一面がある。
雑誌が手元に届いたとして紙面から分かるのは情報のみだが、
そこには人が関わった痕跡が見える。
印刷の刷り、製本ののり、01では完成しない人間性に近いモノを紙を持っている。
と思う。
本を通じて四次元に想いを馳せる
ミニマルさ、便利さだけを注目していたのではもったいない。紙には私たちの知らない一面がある。
ミニマルであるが故に見えてくる、機微の意外な複雑さ、滲み出てくる人間の仕業が紙をもう一段上の次元へと押し上げる。
私たちは、一つ上の次元を認識することはできない。二次元に生きるマリオは立体を知らないのと同じように、三次元にいきる私たちの知らない世界があるということだ。
逆にいうと、「知らない世界を持つものが四次元の物体」とも言える。
紙を生み出す人がいて、デザインするひとがいて、印刷する人がいて、本にする人がいて、自分がいる。私たちの知らない世界を旅してきた不思議な物体が、本である。
_______ページを通して、四次元の世界からかすかに声が聞こえてくるような気がする。
明らかに実力差があることを「次元が違う」と表現するが、本当に次元が違ったりするのかもしれない。
“What is a designer”の19章で著者のNorman Potterは「本は四次元の物体であるか?」という質問を読者に向かって投げかけてくる。
Normanは答えを示さないままその生涯を終えてしまった。何を考えていたのか。
きっと、死後の世界から本を通して教えてくれるはずだ。
長々と語ってしまったが、要約すると、紙の魅力に取り憑かれてしまったとということだ。そんな私が合理的に説明できる訳がなかった。
エディターの独り言 vol:2
タモさんって普段家で何してるんだろう。
バランスボールで家中を移動しちゃう人だったりするのかな。
個人的には最高なんだけど。
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