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アンティークコインの世界 | 魅惑のレインボートーン

表題の通り、美しいレインボートーンが現れたコインを紹介していく。レインボートーンは、いつの時代も愛好家たちを魅了してきた。今回は古代と近代の銀貨で美しいトーンが乗ったものを眺めていく。それでは、まずは古代から年代順に追っていこう。

共和政ローマで発行されたデナリウス銀貨。狩猟の女神ディアナと彼女の猟犬が描かれている。美麗なレインボートーンが乗っており、観ていて魅了される一枚。デナリウス銀貨にはこうした虹のようなトーンが乗りづらい傾向にあるため、珍しい個体と言える。UNC状態で残っていることもまた希有と言える。

本貨は、前74年に発行されたデナリウス銀貨で、発行者はガイウス・ポスティミウス。。狩猟の女神ディアナと猟犬が描かれている。ディアナは矢筒を背負い、髪を結っている。彼女は出産の加護も司った。猟犬は走る様子が描かれており、その姿には躍動感がある。猟犬に下部には槍が描き込まれている。

ローマ帝国で発行されたデナリウス銀貨。トラヤヌス帝と勝利の女神ウィクトリアが描かれている。ローマ帝国の最盛期に発行された一枚で、美しいレインボートーンに魅せられる。

トラヤヌスは、ローマ帝国の領域を最大に拡げた皇帝として知られる。軍人上がりの彼は好戦的な性格の持ち主で、ダキア地方(現ルーマニア)への遠征を進め、新たな属州としての確保を狙った。ダキア人との戦いは難航したが、属州としての併合に成功した。トラヤヌスは、この功績からダキウス(ダキア制圧者)という称号を手に入れた。また、彼はローマ帝国の領域を史上最大に拡げるに至るまで有能だったため、オプティウム・プリンケプス(最良の皇帝)と呼ばれた。

トラヤヌスは、ネルウァから帝位を継承した。ネルウァには直系の嫡子がおらず、後継者問題に悩まされていた。そこで彼は軍からの人気が高く、優秀だったトラヤヌスを次期皇帝に指名した。トラヤヌスはヒスパニア属州(現スペイン)を拠点としたウルピウス家の出身だった。従来の皇帝がイタリア出身者であったことを考えると、彼の即位はローマの歴史としてはひとつの転換期だった。

ここまでが一般的なトラヤヌスの経歴紹介である。トラヤヌスの帝位継承はネルウァによる指名と多くの文献で紹介されている。トラヤヌスの能力と人望を見込んだネルウァが決定したものとされる。だが、実際はトラヤヌスが事実上のクーデタを起こした可能性が高い。オブラートに包まれたゆるやかなクーデタ。であれば、二人の関係の不自然さが説明できる。

トラヤヌスの貨幣を年代順に観ていくと銘文の変化に気付く。銘の変化自体は称号の追加など珍しいことではないのだが、彼の場合は名前の表記が変化する。当初はネルウァの継承者ゆえにネルウァの名も刻んだが、途中からネルウァの名が消え、ウルピウスという実父から継いだ氏族名を使用するようになる。

ローマ帝国で164~166年発行されたデナリウス銀貨。マルクス・アウレリウスの娘ルキッラと慈悲の女神ピエタスが描かれている。美麗なレインボートーンが僅かに乗った一枚。ルキッラはマルクス・アウレリウスの義弟ルキウス・ウェルスと政略婚した。その後ルキッラは、夫ルキウス・ウェルス帝が崩御すると、父マルクス・アウレリウス帝が選んだシリア属州出身の軍人ポンペイアヌスの妻となった。彼女はこの夫を嫌っており、典型的な政略婚だった。

ルキッラは悪帝として名高いコンモドゥス帝の姉にあたる。弟の横暴さに恐怖し、腹心の仲間と共にクーデターを起こしたが、暗殺計画は失敗し、カプリ島への島流しとなった。そして、ルキッラはカプリ島について早々、コンモドゥスが送り込んだ刺客により暗殺された。コンモドゥスは最初からルキッラを抹殺するつもりだったが、市民の評判を気にし、家族だから手を下さなかったと見せかけたかったのだろう。

第二共和政期のフランスで発行された1フラン銀貨。こうした美麗なレインボートーンが付くことは珍しく、欧州の気候ならではのトーンの付き方である。日本では気候の関係上、こうしたトーンの発生が難しいと言われている。1フランは小さなコインだが、虹色に輝くその姿は雄大な世界を奥底に秘めている。

1848年革命によりルイ=フィリップ1世は退位に追い込まれ、第二共和政の時代が訪れた。ブルジョワ厚遇の政治方針に加え、不作によるパン価格の高騰などがトリガーとなった。貨幣デザインコンペで優勝した彫刻師ウディネによるケレス女神肖像が美しい。

レジティミスト(正統王朝派)が推挙したアンリ5世を退け、王位を簒奪したルイ=フィリップ。王侯貴族と庶民を繋ぐ架け橋として期待されたが、その実態はブルジョワを厚遇するもので、庶民の厳しい生活の改善は果たされなかった。そんな不満が募る中、パン価格の高騰が引き金となり、革命が勃発した。

大日本帝国で明治三年に発行された旧一圓銀貨。竜図と旭日が描かれた日本近代銭の傑作。欧州と肩を並べ、渡り合うべく生み出されたこの貨幣は日本人の底力を世界に見せつけた。本貨には目を惹く美しいレインボートーンが表れている。人工着色されたものではなく、自然発生したトーンゆえに驚きである。

鎖国から脱し、明治維新により世界と向き合い始めた日本。本貨の発行は明治三年。明治に入ったばかりで、まだ造幣技術が確立されていない中、これだけ質の高い貨幣を造り上げたことは驚きである。造幣の範となった英国も、その仕上がりの高さに驚嘆した。活気と熱に満ちた明治維新の勢いが感じられる。

香港の英国王立造幣局が閉鎖されたことを機に長崎駐留のトーマス・グローバーを仲介役とし、閉鎖された香港の造幣局の造幣機を60,000ドルで購入した。だが、悲惨にも火災事故で造幣機が焼失。新たに英国から造幣機を購入し、焼失分を補填。その際、技師も招き、明治3年にようやく造幣の準備が整った。

当初、旧一圓銀貨のデザインには天皇の肖像が候補として挙がっていた。だが、人の手に触れていくものに天皇の肖像を用いるのは不敬にあたるという考えもあり、この案は採用されなかった。そこで天皇を象徴する神獣の竜が描かれることになった。旧一圓銀貨の意匠が竜図の理由には、そうした経緯がある。

こうして誕生したのが、加納夏雄による旧一圓銀貨の竜図である。旧一圓銀貨には竜図を描いたが、旧一圓金貨の方に竜図は採用されなかった。旧一圓金貨の直径が小さく、極印が不明瞭になるからである。結果、旧一圓金貨は一圓という額面を記し、反対側の面に菊紋、錦の御旗、八陵鏡を描く意匠となった。

大日本帝国で1901年(明治34年)に発行された新一圓銀貨。龍図と植物文様が描かれた対外貿易専用の大型銀貨である。主に中国・台湾で流通していた。加納夏雄によってデザインされた龍の姿は、多くのコイン愛好家を魅了し続けている。また、本貨は美麗なレインボートーンが乗った味わい深い一枚である。

加納夏雄による龍図が美しい、日本人のプライドをかけた渾身の一枚。当初は香港で使用されていた英国製の中古造幣機で打たれたが、この時期になると新品機体の導入が叶い、初期のものに比べて格段に打ちが良く、シャープになっている。


以上、麗しのレインボートーンが乗ったコインたちを紹介した。酸化による錆が織りなす幻想的な虹色の世界。それは、いつまでも観ていられるような魅力を秘めている。この誘いにどうにも抗うことができないのは、コイン収集家の宿命だろう。


Shelk 🦋

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