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アンティークコインの世界

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前7世紀に世界で初めて金属製の円形コインがリディア(現在のトルコに位置した古都)で発行された。物々交換の効率の悪さから解放され、小さく軽く携帯しやすいコインによって人間はさらに商… もっと読む
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記事一覧

『死神と蝋燭』フランス・ブルターニュ地方民話

あるところに、息子の名付け親を探している貧しい男がいた。彼は歩き、名付け親に相応しい人物を探した。 「名付け親を探している?なら、私こそ相応しい」 「あなたは誰だ」 「神だ」 「なら、あなたには任せられない。戦争も貧困もなくならないのは、あなたのせいだ」 貧しい男はその場を去り、息子の名付け親を再び探した。 「名付け親を探している?なら、私こそ相応しい」 「あなたは誰だ」 「私はペテロだ」 「なら、あなたには任せられない。キリストの一番弟子ペテロよ、キリスト

ダイアナ妃の記憶 | 王室に立ち向かった英国プリンセス

英国ダイアナ妃。その美しい容貌と慈愛に満ちた精神、そして若過ぎる死は世界中の人々に鮮明に記憶された。英国の名門貴族スペンサー家の令嬢として生まれ、英国王室に嫁いだプリンセス。世界で最も写真を撮られた女性。それだけ聞けば、誰もが羨むような経歴だが、実際の彼女の心は常に孤独だった。今回は、そんなダイアナの人生を追いながら、生きるヒントを探していきたい。 ダイアナはメディアを利用して英国王室にたった一人で立ち向かった勇気のある女性だった。だが、英国王室はダイアナに名誉と威厳を傷つ

アンティークコインの世界 | 神聖ローマ帝国 都市景観 ターレル銀貨

今回は表題の通り、神聖ローマ帝国で発行された都市景観を描いたらターレル銀貨を紹介していく。現ドイツの都市アウグスブルクで発行された一枚で、17世紀当時のアウグスブルクの街並みを写した傑作である。それでは、早速観ていこう。 神聖ローマ帝国アウグスブルクで1639年に発行されたターレル銀貨。フェルディナント3世の肖像とアウグスブルクの都市景観を描いている。都市景観側の中央に描かれた松ぼっくりは、アウグスブルクの都市紋章で豊穣と繁栄を象徴している。三十年戦争の真っ只中、当時の街並

フランス革命のその後 | 繰り返す革命と人々の記憶

今回は、1789年に勃発したフランス革命のその後に焦点を当て、当時の歴史を追っていく。時はフランス革命が収束し、ブルボン家が再び王座に舞い戻ったルイ18世の治世から始めよう。オーティエという人物の回想録から、フランス革命後のフランスの情勢が詳しく窺える。以下、オーティエの回想録を元に当時の出来事を述べていく。 王室の髪結いオーティエが記した回想録からは、ブルボン家の人々がいかに横柄で薄情だったかが窺える。もちろん、回想録は筆者の主観が入り過ぎることと、オーティエ自身が盛癖の

アンティークコインの世界 | 古代コインのカウンターマーク

表題の通り、今回はカウンターマークが打たれた古代コインを紹介する。カウンターマークとは、新たなコインを発行する余裕がない混乱期及び緊急時に行われる手段のひとつで、既に流通している他国のコインに自国の刻印を打って利用したり、自国のコインの額面を変更して再使用した。カウンターマークの歴史は古く、その源流は古代にまで遡る。今回はパンフィリア地方のシデで発行され、ペルガモン王国でカウンターマークが打たれたものを紹介する。 カウンターマーク入りの稀少な古代コイン。矢筒を表したカウンタ

アンティークコインの世界 | 王妃フィリスティスの銀貨

今回は、シチリア島シラクサで発行された王妃フィリスティスの銀貨を紹介する。シラクサは、古代ギリシアの中で屈指の名品コインを生み出した地域として知られている。精霊アレトゥーサの銀貨などが著名である。 シチリア島シラクサで、前240〜前214年まで発行された16リトラ銀貨。アッティカ式のドラクマと異なり、リトラという独自の単位が用いられていた。本貨は16リトラで、量目は12.98グラム。英表記のLitrai(リトライ)はリトラの複数形である。日本では慣習的に複数形にせず原形のま

アンティークコインの世界 | ローマ建国神話 裏切りのタルペイア

今回は、ローマ建国神話に登場する裏切りのタルペイアという巫女を題材としたデナリウス銀貨を紹介していく。最初に少しだけ神話の簡単な背景を述べておく。古代ローマのウェスタの巫女は、王政期からその存在が確認される伝統ある役職だった。役職の期間中は、交際も結婚も許されなかった。女神ウェスタへの忠誠を誓うためである。制約があるものの、様々な特権も付与された。だが、規律を破った場合は死罪を宣告された。 アウグストゥスの治世初期に発行されたデナリウス銀貨。帝政移行間もない時期のため、トゥ

アンティークコインの世界 | 魅惑のレインボートーン

表題の通り、美しいレインボートーンが現れたコインを紹介していく。レインボートーンは、いつの時代も愛好家たちを魅了してきた。今回は古代と近代の銀貨で美しいトーンが乗ったものを眺めていく。それでは、まずは古代から年代順に追っていこう。 共和政ローマで発行されたデナリウス銀貨。狩猟の女神ディアナと彼女の猟犬が描かれている。美麗なレインボートーンが乗っており、観ていて魅了される一枚。デナリウス銀貨にはこうした虹のようなトーンが乗りづらい傾向にあるため、珍しい個体と言える。UNC状態

アンティークコインの世界 | シャルル6世のエキュドール金貨

今回は、フランスでかつて起こった長きに亘る戦い「百年戦争」の時代に発行された金貨を紹介する。取り扱うのは、表題の通りシャルル6世の治世下で発行されたエキュドール金貨である。 百年戦争期のエキュドール金貨は、近年、急激な高騰を見せ始めた注目のアンティークコインのひとつでもある。かつては市場にそれなりの量があり、価格も比較的手頃なものだったが、現在では徐々に入手困難な状態に近づいている。 シャルル6世のエキュドール金貨は美しさはもちろんのこと、その背後にある歴史背景も面白いも

アンティークコインの世界 | シャルル7世のエキュドール金貨

今回は、勝利王の名で知られるシャルル7世のエキュドール金貨と当時の歴史背景について紹介していく。勝利王の渾名を持つシャルル7世はイングランドの占領地を奪還し、百年戦争を終結させた名君として知られる。彼は祖父である賢明王シャルル5世譲りの賢さで、フランスを勝利に導いた。最初こそ燻った日々を送っていたシャルル7世だが、ランスの戴冠式を機に策士として覚醒していく様にはドラマがある。 フランス王国トゥールーズ造幣局で、シャルル7世の治世(1422〜1461年)に発行されたエキュドー

アンティークコインの世界 | 皇帝ナポレオンが遺したメダル

今回は表題の通り、ナポレオンが遺したメダルを紹介していく。個人的に歴史的意義が高いと思われる4枚の青銅メダルを発行された時系列順に観ていく。 メダルは貨幣と異なり贈答用のため、立体的に造られることが多い。貨幣の場合、立体的に造ってしまうと流通の過程で摩耗が激しくなるため、敢えて平面的に、重ねられるように造られる。メダルは記念品ゆえ彫刻師の意気込みも強く、質が極めて高い。観る者を飽きさせない芸術性に富んだ小さな彫刻作品である。 フランスの英雄ナポレオンが発行したメダル。アウ

セレスタン・ギタールの日記から探るフランス革命期の貨幣事情

ルイ16世が処刑された1793年1月21日は、気温は3℃で天候は曇り空の湿った日だった。これはギタールという名の一般市民がつけていた日記から得られる情報である。フランス史には取り挙げられることのない些細な情報だが、気温や天候から空気感のようなものが伝わり、当時の情景がより鮮明に想像できる。 当時の人間が記した日記は、自分がそこにいたかのような感覚にさせてくれる。肌寒くどんよりと曇った空の下、ルイ16世はこの世を去った。そうだったのか。そんなこと、教科書のどこにも書いてなかっ

アンティークコインの世界 | ドイツ第三帝国ナチ政権下の貨幣・勲章・メダル・バッジ

ドイツ第三帝国ナチ政権下の歴史は、極めてデリケートな内容として扱われる。今回は学術研究を目的とした中立的な立場から述べ、彼らのいかなる思想も支持しないことを先に明記しておく。第二次世界大戦時に軍事同盟を結んでいた日本にとって、ナチ政権の行いは他人事ではなく、彼らの歴史について学ぶこと重要である。 ナチ政権下での貨幣・勲章・メダル・バッジは非常に人気が高く、コレクターの間では高額で取引されている。敗戦後にその多くが溶解され、処分を免れたものが僅かである背景からコレクターを狙っ

アンティークコインの世界 | NGC Ancientsの古代コイン真正性不保証について

今回は、トレンドのNGC Ancientsが古代コインの真正性を保証していない件について説明していく。執筆の経緯は、いろいろな誤解によって人々が古代コインから離れていくのには寂しい思いがあるからだ。始めに述べておくと、NGC Ancientsの“真贋の判定精度”は高い。あからさまな贋物も精巧な贋物も、彼らは蓄積されたデータベースによってきちんと弾く。では、なぜ彼らは真正性を保証できないのか? ****** 一部界隈で話題になっているNGC Ancientsの真正性不保証の