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アンティークコインの世界

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前7世紀に世界で初めて金属製の円形コインがリディア(現在のトルコに位置した古都)で発行された。物々交換の効率の悪さから解放され、小さく軽く携帯しやすいコインによって人間はさらに商…
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記事一覧

アンティークコインの世界 | 王になり損ねた者たち

今回の表題「王になり損ねた者たち」とは、ルイ16世とマリー=アントワネットの間にできた二人の息子、長男ルイ=ジョゼフと次男ルイ=シャルルを指す。彼らは王太子として生まれ、将来のフランス国王の地位を期待されたが、両者共に夭折した。夭折した二人の情報は王太子であるにもかかわらず、意外にも少ない。今回紹介する2枚のメダルは、そんな彼らについてを現在に伝える貴重な情報源のひとつと言えよう。 フランス王国で発行されたルイ=ジョゼフ誕生記念メダル。ルイ16世とマリー=アントワネット王妃

アンティークコインの世界 | ルイ16世とマリー=アントワネットの成婚記念メダル

フランス王国で1770年に発行されたルイ16世とマリー=アントワネットの成婚記念メダル。15歳のルイ16世と14歳のマリー=アントワネットを描いている。300年間に亘り争い合っていたフランスとオーストリアの両国が歩み寄り、和睦のしるしとして行った政略婚で、この歴史的出来事は世界に衝撃を与えた。 表側にルイ16世とマリー=アントワネットの胸像、裏側には二人が手を取り合う姿が描かれている。彼らの足元にはブルボン家の家紋である白百合を描いた盾とオーストリアの国章である鷲が配されて

アンティークコインの世界 | ジョゼフィーヌの1フラン試作白銅貨

今回紹介するのは、フランス領マルティニーク島の1フラン試作白銅貨。試作貨とは、発行元の造幣局が流通貨の製作段階に試し打ちしたもので、Pattern(パターン)とも呼ばれる。マルティニークの貨幣は、カウンターマーク品を除いては、この1フランに加え、50サンチームの2種の額面だけである。通常貨の方も稀少で、状態の優れるものは市場で高額で取引されている。 マルティニークの1フラン試作白銅貨は、ナポレオン1世の最初の妻ジョゼフィーヌの肖像を描いている。彼女はマルティニーク出身だった

Antique Coins World | British Medals Collection

今回は表題の通り、イギリスのメダルを紹介する。イギリスのメダルはどれをとっても一級品だが、中でも筆者の目をひときわ惹いた一枚を取り挙げる。 ヴィクトリア朝イギリスで1854年に発行されたホワイト・メタル製メダル。1854年のクリスタル・パレス(水晶宮)の移設を記念したものである。本作はアメリカの貨幣鑑定機関NGC社から世界最高鑑定の評価を受けている。現存する同タイプの個体の中で、最も保存状態が良いことになる。 表側にはクリスタル・パレスの扉を開くブリタニア女神が描かれてい

『死神と蝋燭』フランス・ブルターニュ地方民話

あるところに、息子の名付け親を探している貧しい男がいた。彼は歩き、名付け親に相応しい人物を探した。 「名付け親を探している?なら、私こそ相応しい」 「あなたは誰だ」 「神だ」 「なら、あなたには任せられない。戦争も貧困もなくならないのは、あなたのせいだ」 貧しい男はその場を去り、息子の名付け親を再び探した。 「名付け親を探している?なら、私こそ相応しい」 「あなたは誰だ」 「私はペテロだ」 「なら、あなたには任せられない。キリストの一番弟子ペテロよ、キリスト

ダイアナ妃の記憶 | 王室に立ち向かった英国プリンセス

英国ダイアナ妃。その美しい容貌と慈愛に満ちた精神、そして若過ぎる死は世界中の人々に鮮明に記憶された。英国の名門貴族スペンサー家の令嬢として生まれ、英国王室に嫁いだプリンセス。世界で最も写真を撮られた女性。それだけ聞けば、誰もが羨むような経歴だが、実際の彼女の心は常に孤独だった。今回は、そんなダイアナの人生を追いながら、生きるヒントを探していきたい。 ダイアナはメディアを利用して英国王室にたった一人で立ち向かった勇気のある女性だった。だが、英国王室はダイアナに名誉と威厳を傷つ

アンティークコインの世界 | 神聖ローマ帝国 都市景観 ターレル銀貨

今回は表題の通り、神聖ローマ帝国で発行された都市景観を描いたらターレル銀貨を紹介していく。現ドイツの都市アウグスブルクで発行された一枚で、17世紀当時のアウグスブルクの街並みを写した傑作である。それでは、早速観ていこう。 神聖ローマ帝国アウグスブルクで1639年に発行されたターレル銀貨。フェルディナント3世の肖像とアウグスブルクの都市景観を描いている。都市景観側の中央に描かれた松ぼっくりは、アウグスブルクの都市紋章で豊穣と繁栄を象徴している。三十年戦争の真っ只中、当時の街並

フランス革命のその後 | 繰り返す革命と人々の記憶

今回は、1789年に勃発したフランス革命のその後に焦点を当て、当時の歴史を追っていく。時はフランス革命が収束し、ブルボン家が再び王座に舞い戻ったルイ18世の治世から始めよう。オーティエという人物の回想録から、フランス革命後のフランスの情勢が詳しく窺える。以下、オーティエの回想録を元に当時の出来事を述べていく。 王室の髪結いオーティエが記した回想録からは、ブルボン家の人々がいかに横柄で薄情だったかが窺える。もちろん、回想録は筆者の主観が入り過ぎることと、オーティエ自身が盛癖の

アンティークコインの世界 | 古代コインのカウンターマーク

表題の通り、今回はカウンターマークが打たれた古代コインを紹介する。カウンターマークとは、新たなコインを発行する余裕がない混乱期及び緊急時に行われる手段のひとつで、既に流通している他国のコインに自国の刻印を打って利用したり、自国のコインの額面を変更して再使用した。カウンターマークの歴史は古く、その源流は古代にまで遡る。今回はパンフィリア地方のシデで発行され、ペルガモン王国でカウンターマークが打たれたものを紹介する。 カウンターマーク入りの稀少な古代コイン。矢筒を表したカウンタ

アンティークコインの世界 | 王妃フィリスティスの銀貨

今回は、シチリア島シラクサで発行された王妃フィリスティスの銀貨を紹介する。シラクサは、古代ギリシアの中で屈指の名品コインを生み出した地域として知られている。精霊アレトゥーサの銀貨などが著名である。 シチリア島シラクサで、前240〜前214年まで発行された16リトラ銀貨。アッティカ式のドラクマと異なり、リトラという独自の単位が用いられていた。本貨は16リトラで、量目は12.98グラム。英表記のLitrai(リトライ)はリトラの複数形である。日本では慣習的に複数形にせず原形のま

アンティークコインの世界 | ローマ建国神話 裏切りのタルペイア

今回は、ローマ建国神話に登場する裏切りのタルペイアという巫女を題材としたデナリウス銀貨を紹介していく。最初に少しだけ神話の簡単な背景を述べておく。古代ローマのウェスタの巫女は、王政期からその存在が確認される伝統ある役職だった。役職の期間中は、交際も結婚も許されなかった。女神ウェスタへの忠誠を誓うためである。制約があるものの、様々な特権も付与された。だが、規律を破った場合は死罪を宣告された。 アウグストゥスの治世初期に発行されたデナリウス銀貨。帝政移行間もない時期のため、トゥ

アンティークコインの世界 | 魅惑のレインボートーン

表題の通り、美しいレインボートーンが現れたコインを紹介していく。レインボートーンは、いつの時代も愛好家たちを魅了してきた。今回は古代と近代の銀貨で美しいトーンが乗ったものを眺めていく。それでは、まずは古代から年代順に追っていこう。 共和政ローマで発行されたデナリウス銀貨。狩猟の女神ディアナと彼女の猟犬が描かれている。美麗なレインボートーンが乗っており、観ていて魅了される一枚。デナリウス銀貨にはこうした虹のようなトーンが乗りづらい傾向にあるため、珍しい個体と言える。UNC状態

アンティークコインの世界 | シャルル6世のエキュドール金貨

今回は、フランスでかつて起こった長きに亘る戦い「百年戦争」の時代に発行された金貨を紹介する。取り扱うのは、表題の通りシャルル6世の治世下で発行されたエキュドール金貨である。 百年戦争期のエキュドール金貨は、近年、急激な高騰を見せ始めた注目のアンティークコインのひとつでもある。かつては市場にそれなりの量があり、価格も比較的手頃なものだったが、現在では徐々に入手困難な状態に近づいている。 シャルル6世のエキュドール金貨は美しさはもちろんのこと、その背後にある歴史背景も面白いも

アンティークコインの世界 | シャルル7世のエキュドール金貨

今回は、勝利王の名で知られるシャルル7世のエキュドール金貨と当時の歴史背景について紹介していく。勝利王の渾名を持つシャルル7世はイングランドの占領地を奪還し、百年戦争を終結させた名君として知られる。彼は祖父である賢明王シャルル5世譲りの賢さで、フランスを勝利に導いた。最初こそ燻った日々を送っていたシャルル7世だが、ランスの戴冠式を機に策士として覚醒していく様にはドラマがある。 フランス王国トゥールーズ造幣局で、シャルル7世の治世(1422〜1461年)に発行されたエキュドー