見出し画像

【短編小説】ボクの天神湯(8)

ボクの天神湯(7)の続きです

---------------------------------------

キッチンでマー君が何やら四角い箱を覗き込んでいる。ボクはマー君が用意してくれた朝ご飯を食べながら、その様子をチラチラと伺っている。チーン!という小気味いい音が鳴り、マー君は嬉しそうにその箱を開けると中からホカホカのピザトーストを取り出した。

階段をトントントンとご主人様が降りてきて、キッチンを覗いて「おはよ〜あれ、なんか良い匂い〜」と言いつつもそのまま洗面台の方へ通り過ぎて行った。あれはまだ半分寝ぼけているな。

マー君がボクに話しかける。
「ねぇ、ピザトースト食べると思う?」
ボクは毛繕いをしながら、いつもは朝ごはんを食べないで出かけるご主人様だけど、その美味しそうなトーストは食べるような気がして、にゃあと鳴いた。

マー君はコーヒーポットからマグカップに自分のコーヒーを入れると、それを飲みながら器用にもう一つピザトーストを作り始めた。
ボクは日課であるご主人様の背中へのジャンプをするため慌てて洗面台へ向かう。

ご主人様がタオルで顔を拭きながらキッチンへ戻ってきてマグカップにコーヒーを入れた。
マー君がピザトーストを頬張りながら
「もうすぐ焼けるから食べてく?」と遠慮がちに言った。
ボクはマー君のこういうところが好きだ。なんかいつもちょっとだけ遠慮がちなところ。本人はもしかしたらそういうところを変えたいなと思っているのかもしれないけど、ボクはとっても魅力的だと思う。
「え?俺のもあるの?うん、食べる。ありがとう」
ご主人様はそういうとお皿を出して箱の前に陣取った。焼けるまで見ているつもりなんだろう。なんかそういうところがちょっと子供みたいだよ。

「そういえばさ」くるっとご主人様がマー君を振り返って言った。
「マー君、パーマあてた?」
「え?今??」
マー君がコーヒーを吹き出しそうになりながら答える。
ボクも「え?今??」ってなる。だって、マー君の髪ってもうだいぶ前からその感じだと思うんだけど。なんていうか、街でよく見かける、ボクはちょっと苦手な、、、プードルっていうの?あの犬。

「うん、パーマあててみたよ、ちょっと前だけどね」
マー君が少しだけ寂しそうに言った。
「ごめんマー君!何?ちょっと落ち込んだの?」
「うん、ちょっとね。他の人は結構すぐに気づいてくれてたからさ」
マー君はいじけたように言いつつも笑っている。
「ごめんごめん!」ご主人様は適当に謝りながらまた箱を見つめる。マー君の髪型よりピザトーストが気になるらしい。

そういえば、今日はマー君の本屋さんが模様替え後の新装開店する日だ。
ボクは足元が危ないから、と連れて行ってもらってないけど、チサちゃん曰く「すっごいオシャレになった」らしい。お店の一角で少しだけ飲み物も飲めるようにしたそうで、チサちゃんの酒屋さんから仕入れることになったんだそうだ。
ボクはその話を聞いた時、ふふーん、マー君もなかなかやるな、と思った。だってそうすれば定期的にチサちゃんとお話ができるものね。

マー君は自分の食器を洗うと、いそいそと出かけて行った。
「後で行くからねー」とご主人様が言う。
チーンという音が鳴り、ご主人様はピザトーストを「あちっ」と言いながらお皿に取ると食べ始めた。
庭を眺めながら黙々とピザトーストを食べている。満開の梅の木にメジロだろうか鳥が来ているようだ。ボクはちょっとだけ本能が疼きながら鳥を見つめる。無意識にしっぽがパタパタしてしまう。
「シロ、すっかり春だねぇ」
ご主人様がそう言ってピザトーストの最後のひとかけを口に入れた。食べるのが相変わらず早い。

「さて、シロも新しくなったマー君のお店行ってみる?」
ご主人様はパーカーを羽織るとボクを抱いて家を出た。今日は随分と気温も高いようだ。こんな風に寒い日とあったかい日が交互にやってきて、そして少しだけ雨が降るようになって、本格的な春がやってくる。
ボクはご主人様に抱かれたまま春の匂いをクンクンと嗅いだ。ご主人様もボクの真似をしてクンクンとするが、その直後に大きめのクシャミをしていた。

マー君のお店は本当におしゃれになっていた。ご主人様は自分の家のようにステンドグラスのドアを開けて店に入るとボクを床に下ろした。
威圧的だった真ん中のでっかい本棚はなくなり、胸の高さほどの本棚になって、その上にはマー君おすすめの本や、雑貨が並んでいた。
足元にたくさんあった本たちはどこかへ消え、歩きやすくなっている。入り口側に設置された昔ながらの冷蔵ケース(それこそ天神湯にあるみたいなやつ)に外国の瓶ビールやサイダーなどのソフトドリンクが入っている。
そして何より、女性のお客さんが何人もいる!彼女たちはボクを見つけると「可愛い」と口々に言った。そう言いつつも彼女たちが見ているのはどうもボクではなくマー君のようだった。もしや、ボクは可愛さでプードルに負けたのか?

ご主人様は冷蔵ケースから勝手にビールを取り出すと奥でお客さんと談笑しているマー君に「もらうね!」と声をかけて店の外に出た。
店の外にも小さな椅子が用意されていて、ご主人様はそこに腰掛けると脚を組んでビールを飲んだ。春の日差しが優しい顔に降り注ぐ。
「昼間っからビールとはいい御身分ですなぁ」
チサちゃんがそう言いながら現れた。
「お、チサも来たの?今ね、混んでて入れないのよ。マー君モテモテ」
チサちゃんも窓から中を覗き込む。
「ほんとだ、モテモテだ」
「でしょ?」
そう言いながらご主人様はビールを美味しそうに飲んだ。
「なんかちょっとだけ寂しいな」
チサちゃんが言う。
「ん?どうして?」
「だって遠くへ行っちゃうような気がして」
「マー君が?お店はあたらしくなってお客さんも新しい人が増えて変わっていくかもしれないけど、マー君は変わらないよ」
「そうかな」
「そうだよ、そういうふうに思って変わっちゃうのはこっちの俺たちだと思うよ」
「そうだね」
チサちゃんはそう言うと「入ってみる」と言ってお店の中に入っていった。
マー君が嬉しそうな照れたような顔をしてチサちゃんに挨拶している。

女性数名のお客さんが帰ったのでボクたちももう一度お店に入る。
「シロの気に入った本を買ってあげるよ」
ご主人様がそう言うので、ボクは棚の中にある一冊の本を前脚で示した。
「これにすんの?写真集?詩集かな?『おやすみ神たち』川島小鳥と谷川俊太郎……ね」
ご主人様が手に取ってパラパラとめくる。

失題

言い足りないのがいい
いやむしろ
言わないでいい

コトバを
自分の肚に収めて
熟成を待つ

静かに
深く
黙っている
コトバから生まれる力

暴力と正反対の

伏目がちに本を読むご主人様の姿がボクは好きだ。
何かを自分の中にしっかりインプットしているようでいて、それでもそこに影響されすぎず固執しないような感じ。
ご主人様の語るコトバがいつも春のように温かく感じるのは、言葉に力があることをわかっていて、それを良い魔法のように使おうとしているからなんだろうなと思う。

「綺麗な本だね、シロはお目が高いね。マー君、俺はこの本とあとビールね」
「あ、ありがとう!」
マー君がチサちゃんと話している笑顔のままこっちを見た。
「なにその嬉しそうな顔!」
ご主人様はすかさずつっこむ。
「だって、嬉しいんだもん!」
マー君が心から嬉そうな顔をして言って、三人はどっと笑った。ボクは笑うことはできないので、ニャーと鳴いてみた。

なんでもない日常だけど、ボクにとってはこの毎日はとても貴重で幸せだ。
幸せという言葉では言い足りないくらいだ。

投げ銭方式で書いています。面白かったり、続きを書いて!って思って下さったらポチッとしてもらえると嬉しいです♡

(つづく)

ここから先は

0字

¥ 100

サポート頂けるととても嬉しいです🐶 サポート代は次の本を作るための制作費等に充てさせていただきます