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その少女は、何を想う

明日は早いから早く寝なさいね

母の声だった。
いつも優しいその声で僕は眠れていた

でもいつからか、そんな声も無くなり
僕は眠れなくなっていた

何も当てもなく街を歩いた

僕がいつも眠りにつき
皆も同じだろうと思っていたこの時間にしては
少し元気で五月蝿すぎるネオンの光と流行りのバンドの曲が耳に入る

僕にニヤケ顔で話しかけてくる真っ黒の男と
煌びやかな女。目の奥は笑っていない

でもその曇を隠した笑顔をみていると
少し高揚感を覚えた

普段では見れない新鮮さに心打たれた。

ただそんなお店に入る勇気はなかった。
その時目の前に1件のBARを見つけた

いつの間にか手を伸ばしたその先には
落ち着いた内装
少しチャラめの男性店員と、それに寄り縋る酔いつぶれた女

来る店を間違えたかと引き返そうとした時、

「ねぇ、早く入ってよ」

背の高い女……
いや、かなり高めのヒールか。
周りと比べて少し地味めなドレス

「何見てんの?」

パッと目を逸らした。
お邪魔だとすぐに店を出ようとした

「ねぇ、待ってよ。1人?ちょっと付き合ってよ」

しくじったな。
僕達はテーブル席にて、焼酎の水割りで乾杯した

正直美味しくない。
こんな味なら缶酎ハイを飲んでた方がまだ楽だった

「どこから?」

僕は眠れなくてふらっと街を歩いている事を伝えた

彼女は少し笑った
そこからは彼女は、僕の様子などは伺わず
自分の話したいように長いトークを続けた

正直、夜の事などよく分からない

ただ彼女の瞳はとても真っ直ぐで
とても真っ直ぐに、お客の愚痴を言っていた

「そんでさそんでさ、あのクソ親父、罰ゲームでアホほど飲ませてくんの。まじキモくてさ」

「あぁ、ごめんごめん。こっちの話ばっかり。そういえば名前聞いてなかったね。私、アリスって言うんだ。源氏名だけど」

アリスさんか。不思議の国を名乗るには、すこし現実的すぎる女の子だな……

「そうだ。今度私のお店来て?こんな雑な出会いじゃ私もちょっと悲しいし」

これは知ってる。営業ってやつか
まんまと引っかかってしまったな。

後日、僕はまんまとそのお店に顔を出した

アリスさんは前よりも煌びやかなドレスを身にまとい、前よりも高い声で僕を迎え入れた。

「よろしくお願いします アリスです。昨日ぶりだね、来てくれてありがとう」
僕はキョトン顔をした。

アリスさんの営業スマイルは他の黒い人達や、他の女の子とは違う瞳をしていた。

その瞳に吸い込まれそうで
アリスさん歌う曲に惚れそうになった

お酒が周り、そろそろ時間が迫るとき
耳元で囁かれた

「このあと時間ある?」

僕達は昨日行ったBARに顔を出した。

席に着くと彼女はまるで別人だった。

「君が来てくれる前さ、またあのウザいオジサンがさ」

今日だけは営業スマイルを通し抜くのかと思っていたら、なんだか拍子抜けだった

僕は変わらず、彼女の愚痴を聞いていた

そんな時間も悪くないなと感じていたが、元々夜の早かった僕には、少しはしゃぎすぎた夜だった

「あ、眠い?」

僕は眠い素振りを隠すように
彼女に、なぜ夜で働いているのかを聞いた

「うーん、よくわかんないんだ。高校卒業して、働いてみたけど上手くいかなくて。お金も無いし、でも煌びやかな仕事してみたいし、だから始めたんだけど。いざ売れてお金をいっぱい貰って、欲しい物もある程度買ったけど、なんだか飽きちゃって。だから今、夜で働いてる理由は分かんないんだ」

1を聞いたら10帰ってきた
さすがは仕事人は違うな

「でもね、私を推してくれる人も居るし、お金もこんなに稼いじゃったらもう辞めるタイミングなんてないし」

こんな僕が思うのは全く違うのだろうとは感じているが
ふと、「可哀想だな」と思ってしまった。
彼女は僕なんかよりも大人で
社交性もあって、稼ぐ能力もある。

僕よりも人生は充実している。なのに何故か、鳥籠に囚われているようだった

彼女の真っ直ぐな瞳には
ほかの人たちの様な黒染みは無く
ただキラキラしていた少女の様だった

僕はあれ以来、彼女の店には行っていない

僕には少し早い夜が合っていたのだろう。

今あの子は元気でいるだろうか
今あの子はあの瞳のままでい続けられているだろうか。

僕なんかが心配しても、烏滸がましいのだろうが

その少女は、何を想うのだろう。

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