見出し画像

「エスパー魔美」パイロット版、「アン子 大いに怒る」を徹底解剖。

「アン子 大いに怒る(赤毛のアン子 改題)」
「週刊少女コミック」1974年50号
(「藤子不二雄少年SF短編集 3巻」1985年7月刊行)
(「藤子・F・不二雄大全集 少年SF短編3巻」)

「エスパー魔美」はF先生としては珍しく、中学生の女の子を主人公とした作品である。最初の発表されたのは、1977年に創刊された小学館の雑誌「マンガくん」で、その後「マンガくん」がリニューアルして「少年ビックコミック」となったが、エスパー魔美の連載もそちらに引き継がれた。

エスパー魔美は、「ドラえもん」などの上の年齢層を意識して書かれており、ページ数も多いことから読み応えのある作品が非常に多い。

僕としては、その完成度の高さから、F先生の漫画の中でも1、2を争うほど好きな作品である。そうした「エスパー魔美」愛については、今後じっくり言及していくつもりである。

画像1

今回は、「エスパー魔美」のパイロット版(原型)と呼ばれている「アン子大いに怒る」を取り上げて、本作を通じてどのように「エスパー魔美」のアイディアが練られていったのかを考察していきたい。

「アン子大いに怒る」は、雑誌掲載時「赤毛のアン子」というタイトルで発表された。媒体雑誌は「週刊少女コミック」(現Sho-Comi)で、掲載は1974年の50号。エスパー魔美のちょうど2年前である。

少女漫画誌の掲載作品ということで、「エスパー魔美」のような男性向けのテイストが薄れている。物語の力点が、SF的な超能力に置かれておらず、可愛いアン子のキャラクターを押している印象を持つ。

本作は雑誌掲載時には、頭2ページがカラーで描かれており、改題前のタイトル通り、アン子の髪の毛が真っ赤であることが強いインパクトを残す。もちろん「赤毛のアン」から取ったタイトルである。

画像2

ところが、本作が単行本に収録されるにあたり、モノクロでの掲載となったために、絵だけ見ていても赤毛だとはわからない。おそらく、この当たりの事情を鑑みて、赤毛推しのタイトルから改題されたのではないかと推察される。

主人公の髪の毛が赤いのは、赤毛のアンから取った、というのがそもそものの理由だが、作品中でアン子は由緒正しき魔女の家系であると説明されており、ヨーロッパ人の血を引いているため、という設定が下地にある。この設定は「エスパー魔美」でもそのまま採用されている。

アン子の家庭は母親を失くした父と娘の二人暮らし。父親は画家志望だが、童画を描いて生計を立てている。おとうさんが売れない絵描きであるという設定は、こちらも魔美に転用されている。アン子の家庭は苦しい家計のやりくりとなっているが、魔美の方ではお母さんが新聞社勤務という設定となっており、ダブルインカムの余裕が感じられる。

物語は、おとうさんが子犬を拾ってきてしまい、それをアン子が見つけるところから始める。全く外見は違うが、犬をトリガーにして超能力が発揮されていく展開も魔美に引き継がれている。

なぜアン子が、父親の拾ってきた犬に目くじらと立てるかといえば、隣人の井狩という老人が、犬猫の鳴き声に対して執拗なクレームを付けてくるからである。ところがこの井狩というじいさんは、逆に騒音紛いの詩吟を読む近所迷惑な男であった。

エスパー魔美では、父親が騒音のような歌声を出す音痴という設定となっている。また、クレーマーの隣人と言えば、魔美では陰木さんという強烈なおばさんも登場している。このあたりも「アン子」から取り入れた設定となっている。

アン子の相談にのってくれる洋二は、井狩の孫という設定。エスパー魔美において相談に乗ってくれる人と言えば高畑くんだが、洋二は高畑くんのようなインパクトには欠ける存在に留まってしまっている。物知りで機転も利く男ではあるが、高畑くんのように自分が超能力者では?というような発想をしたりはせず、話の大筋には絡まない役柄である。

画像3

アン子のキャラクターについて、もう少し掘り下げてみよう。

アン子は魔美よりもしっかり者で、死んだ母親に代わって家計を切り盛りしている。ただおっちょこちょいな部分はかなり似通っている。言い間違えが多いのが特徴で、デリケート→バリケード、はきもの→おきもの、パートタイム→パントマイム、メザマシ→ミズムシ、不吉→フケツと、枚挙に暇ない。

そして肝心な超能力の表現だが、「魔美」のようなルールがあまり確立されていないように思える。何となく拾い犬の存在がわかったり、洗濯物を無意識に取り込んだり、2千万円をパッと取り戻したりと、テレポートなのかテレキネシスなのか、テレパシーなのかも今一つ判然としない。また、怒りで我を忘れて宙に浮いたりもしている。

エスパー魔美においては、超能力の種類や影響範囲が厳密に定義され、超能力を発揮させるためにモノがぶつかるエネルギーを利用するなど、だいぶ体系化されており、本作を経て整理が進んだように思える。

また大きな違いとしては、ラストでアン子の超能力が発揮され、父親もそれを目撃して、魔女の血を引くことを説明する。そして、現代の魔女狩りに遭わないためにも、超能力は今後使わないようにたしなめる。

「エスパー魔美」において、超能力が世の中に知られることが危険なことであるとは、聡明な高畑くんが指摘する。それに従って、魔美は家族に超能力者であることを明かしたりはしない。この点がアン子と魔美での最大の相違であろう。

ちなみに「エスパー魔美」は、2002年にまさかの実写化をしているが、ここでは父親(草刈正雄)に思いきりエスパーであることをバラしていた。このドラマは魔美がダンス部に所属していたり、仁丹を飛ばすブローチがやたらと大きい化粧ポーチになっていたりと、中々なトンデモドラマであったと記憶している。

アン子が解決した事件は、やや見え透いた紅茶詐欺事件であったが、「エスパー魔美」でも大予言者と対峙する話で、似たような物語を展開していた。本作では詐欺の過程をきちんと描写しているが、魔美でも作中で発生する事件は、きちんと手を抜かずに描いており、その意味で本作の系譜にきちんと位置するものと思われる。

最後に「エスパー魔美」と言えば、魔美のヌードが少年たちの心を揺さぶったわけだが、本作はどうだったか。魔美は、アルバイトで父親のヌードモデルをしていた。父親が同じ売れない画家であることは共通しているので、アン子はどうなのか…と細かく見ていくと、発見!

物語後半に詐欺に遭い、父親の部屋で落ち込むシーンがあるが、部屋の中にアン子をモデルにしたヌード画が置かれているのだ。この絵については全く触れられていないが、おそらく裏設定としてアン子もまた、父親のヌードモデルとなっていることが想像されるのである。

追記:調べてみると「赤毛のアン子」も、荻野目洋子主演で、実写ドラマ化していたらしい。見てみたい・・。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?