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知られざるオバケの歴史『ようこそオバケの国へ』/広がる!オバケの世界②

卵から産まれたオバケのQ太郎は、人間の友だち正ちゃんの家に居候をしてドタバタな日々を送っていたが、ある日おじさんを名乗るオバケがQ太郎を探しに現われる。これがオバケの世界拡張の始まりであった。

前回の記事では、Qちゃんの親戚が登場する話と、家族と感動の対面を果たす話の2つのエピソードを紹介・考察した。

オバケの国は人間世界と距離を取っていたが、偶然人間世界にQちゃんの卵が落ちてしまったことで、オバケ(Q太郎)と人間(正ちゃん)の間に友情が生まれて、二つの世界が交わり始めることになった。

Q太郎の存在が、縁遠かったオバケ世界と人間世界の橋渡し役となったのである。


本稿では、前回取り上げた『オバQ一家勢ぞろい』の続編、『ようこそオバケの国へ』について見ていきたい。前作で積み残したいくつかの謎が解消される点にご注目いただきたい。

『ようこそオバケの国へ』
「週刊少年サンデー」1965年30号

前回のお話で残された謎は、大きく3点ある。
・オバケの国はどこにあるのか。
・まるで理想郷のように語られたその国は、どんな世界なのか。
・なぜ人間世界と長年距離を取っていたのか。

家族が人間世界にやってきた『オバQ一家勢ぞろい』から3週間後に発表となった本作で、それらの謎は一気に解消される。


本作は2つの話が並行する。

一つは、兄の伸一が「マッシロ歯みがき」の懸賞に当たって、東京一周の遊覧飛行に行くことになるお話。兄を羨ましく思った正ちゃんも、懸賞に応募するために今使っている歯磨き粉を無理やり使い切って、マシッロ歯みがきを買おうとするが、懸賞は終わってしまっていた。

この時、Q太郎にも歯を磨かせようとするのだが、Qちゃんに歯がないことが判明する。Qちゃんが底抜けに大食らいなのは、これまで食べ物を噛まずに全て飲み込んでいたので、満腹中枢が働かなかったからだったのだ。(おそらく)

結局、伸一だけ遊覧に行くが、エンジンの調子の悪い飛行機に乗せられて、図らずも後に正太たちと「合流」することになる。

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そんな伸一を羨ましがっている正ちゃんの前に、Qちゃんの妹P子が姿を見せる。前回はQちゃん家族が人間世界にやってきたので、今度はQちゃん、正ちゃんをオバケの国に遊びに来るよう招待しにきたのである。

ママの反対などもありつつ、オバケの国へと出発する。正ちゃんはオバケの国はどこかと尋ねると、「雲の上」だと答えるP子。雲の上に住めるわけないと思う正ちゃんに対して、雲といっても色々あって、その中にはオバケの住んでいる雲もあるのだという。

3人は空に浮かび上がっていくと、大きな雲の上に建物や木々が育つオバケの国にたどり着く。パパのX蔵、ママのおZが出迎えてくれる。雲は乗っても落ちない仕組みで、とてもよく弾む。

藤子作品では何らかの手段で「雲の上」に乗って遊んだり、雲の中を飛び回ったりという話が多い。子供の頃、誰もが思う空・雲への憧れがそのような作品を生み出しているのだ。

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大勢のオバケで賑わっている「オバケ銀座」を抜け、Qちゃんの実家に到着する一行。さっそくご馳走をいただくが、出てきたのは「雲」。オバケの世界では食用雲を採れたてで食べるのがご馳走なようである。

ところが食べてみるとQちゃんたちは咳き込んでしまう。工場の煙が混ざっているからであった。他愛のないギャグだが、人間世界の公害問題が平和そうなオバケの国にも悪影響を与えていることが、チクりと描かれている。

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お腹は膨れてはいないが、腹ごなしにオバケの町を案内してもらうことに。歩きながら、正ちゃんは「オバケの国と言っても一つ目小僧や幽霊はいない」と感想を述べるが、P子はそれは迷信だと一蹴する。

ここでオバケの国のミニ歴史が語られるので、書き出してみよう。

・ずーっと昔、地球にはオバケ族と人間族がいた
・世の中が進歩するにつれて、ノンビリ屋のオバケは人間に敵わなくなった
・追い詰められたオバケは、人間を脅かしたこともあった
・この頃の言い伝えが、色んな化け物を想像させた
・結局、オバケは雲の上へ逃げ出した
・オバケは嘘をついたり、人を傷つけたりできなかったから・・

人間とお化けは共生していたが、嘘をついたり争いをする人間に押し出される形で雲の上へと移住したのだという。ギャグ一直線のオバQにしては、深刻な歴史が語られている。

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なお、本作とよく似たお話として、ずっと後の「大長編ドラえもん のび太と雲の王国」(1991-92)が思い起こされる。地上の争いから逃れて雲の上の天上世界に活路を求めた天上人が、人間の自然破壊の影響を受けているという設定の物語であった。

オバQが描かれた1960年代は、未曽有の高度経済成長と同時に「四大公害病」などの深刻な環境破壊が顕実化した時代だった。明るく楽しいだけのオバQでさえも、その影響がマンガの中に入り込んでいる。

そして、環境問題をモチーフとした作品は、これ以降様々な形で登場していくのである。


この他にもオバケの国では、嘘をつくと雲が抜けたり、何とも無害で大人しい「オバケネコ」「オバケネズミ」「オバケブタ」「オバケウマ」などがいたり、野球場などの遊ぶ場所があったりする。

ただオバケは変身できるので、野球をする時には道具を使わずに、それぞれがバットやグローブに化けて遊ぶ。なので、正ちゃんやQちゃんは野球に参加できないのであった。

さらにどういう仕掛けか、オバケの国には人間に見つからないような仕組みが備わっていて、例えば人間が操縦する飛行機が近くを飛んでくると、雲が舞い上がってあたりが見えなくなる。雲隠れの機能付きなのである。

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オバケの国では釣りもできるが、獲物は魚ではなく。Qちゃんもさっそく釣りに参加して、糸を垂らす。

その頃、伸一を乗せた飛行機が空の上で故障してしまい、墜落してしまう。すると、Qちゃんの釣り糸がこの飛行機を捕まえて、大勢のオバケの力を借りて釣りあげる。

ここで伸一(気絶している)と正太が奇跡の合流。ちょうどいいので、これで人間世界に帰ろうということに。飛行機は壊れているので、オバケ仲間に釣り下ろしてもらう

そのまま正ちゃんたちの帰りを首を長くして待つ、大原家の庭に飛行機ごと戻ってくるのであった。

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これまで会話の中だけに登場していたオバケの国の全貌が、本作でついに明らかとなった。平和なノンビリした国だが、人間の公害問題が影響しつつあることもわかった。さらに、人間族とオバケ族のミニ歴史も明らかとなり、オバケが人間を怖がらせたりしていた理由も判明した。

かなり内容の濃い一作なのである。


さて、本作によって一気にオバケの世界が広がったわけだが、この後さらに別の国のオバケも登場して、オバケのバリエーションの彩りが豊かになっていく。次稿では、Qちゃんの最大のライバル・ドロンパ登場の物語をご紹介する。


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