見出し画像

「ガリバー旅行記」形式の名作『すけーとをはいたうま』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介㉛

藤子F先生のキャリア初期作品を全部紹介していこうという「藤子F初期作品をぜーんぶ紹介」シリーズ31本目。基本的にデビュー作から時系列順で記事にしているが、現在は1958年、24歳の作品を紹介中である。

本稿では、ドイツの作家・エーリッヒ・ケストナー著「五月三十五日」を原作とする作品『すけーとをはいたうま』を取り上げる。1957~58年の頃、こうした海外作家の小説を原作にした漫画をいくつか書き下ろしており、本作はその一本となる。


『すけーとをはいたうま』「たのしい二年生」1958年5月号別冊

まずは原作者と原作の概要について確認しておこう。

エーリッヒ・ケストナー(1899~1974)は、「エミールと探偵たち」「ふたりのロッテ」などで知られたドイツの作家。

本作は1932年に発表したキャリア初期の作品で、原題は「五月三十五日、あるいはコンラットは南洋にでかけた」と長い。日本では1957年(本作の前年)に始めて刊行され、この時の邦題が「スケートをはいた馬」であった。


本作の大筋は、少年コンラート(コンラット)が、おじさんとしゃべる黒い馬と共に「南洋」を目指して旅をするというロードムービー仕立てのお話。様々な変わった国を巡っていく展開から、「ガリバー旅行記」の影響を受けた作品と言われている。

なぜ南洋を目指すことになったかと言えば、コンラートが「南洋」についての作文を書くという宿題を出されて、黒い馬に実際に見に行こうと言われたからである。

南洋についての作文を書けという宿題は、学校の先生が、「優等生は想像力がない」と生徒たちを批判して出されたものだが、このあたりの事情は漫画版では触れていない。


登場人物について補足しておく。主人公は少年コンラート。一緒に旅をすることになるおじさんは、漫画版ではどんな人か不明だが、原作では薬剤師で名前をリンゲルフートという。

しゃべる黒い馬は、原作では黒馬ネグロ・カバロという名前。なぜ人の言葉を話せるかというと、漫画版ではサーカスにいたので、そこで色々な芸を覚えたということになっている。原作がどうだったかは不明。


この後漫画版の旅のルートを追っていくが、こちらも原作と少し違いがあるようだ。具体的に、原作に登場する「過去の国」という舞台がまるまるカットされているようだ。

本作は6章立てとなっているので、まずはサブタイトルと各話のページ数を列記してみよう。全体では、扉絵なしで全118ページの大作となっている。(ただし二段組か三段組構成)

①すすめ たんすの 中へ 10P
②なまけものの くに 31P
③おもちゃの くに 24P
④でんきの くに 21p
⑤もうすぐ なんよう 8P
⑥くじらが りくを あるけ 24P


各章ごとに、内容をざっと記していこう

①すすめ たんすの 中へ

作文の宿題をどうしようか悩むコンラート。遊ぶ約束をしていたおじさんと合流すると、突然「角砂糖がないか」と馬に話しかけられる。驚きつつもおじさんの家へと連れて行き、食べさせることに。

コンラートはおじさんの蔵書を引っ張り出して南洋について調べるのだが、どこにもそんなことは載っていない。これはつまり、宿題の目的は調べて書くことではなく、南の国を想像して見ろということであるようだ。

すると馬が「南洋ならちょっと行ってみたら」と提案してくる。「そんな遠い国に行けるものか」とおじさんが反論すると、馬は「近道を知っている、たんすの中をまっすぐ行けばいい」と言う。

たんす=クローゼットの中が不思議な世界に通じているというモチーフは、「ナルニア国物語」を思い起こさせるが、本作の方が先に発表されている。

半信半疑のまま、二人と一匹はたんすの中の暗闇を進んでいく。・・・と、ここまでが序盤の第一章。第二章以降は、様々な国を冒険していく「ガリバー旅行記」な展開となる。

なお、藤子先生は「ガリバー旅行記」を幼少期から愛読しており、分かりやすくモチーフにした作品も多い。いくつか記事にしているので、是非読んでみて欲しい。


②なまけものの くに

たんすの中を進むと、巨大な草花や虫たちのいる森に抜ける。さあ、大冒険の始まりである。黒い馬に乗って、南洋を目指すコンラットとおじさん。すると塀があって、「なまけものの国」という看板が下がっている。

この国は名前の通り、国民や国王が怠け者だらけ。食べ物はボタン一つで出てくるし、ある場所では頭の中で想像したことが実際に起きる。何か特別な努力が必要のない国なのだ。

この国では、黒い馬が足にローラースケートを履いてみたいと想像し、その通りになる。ここで、本作のタイトルの由来が明らかとなる。

また、想像の産物として恐竜が描かれるのだが、隙あらば恐竜を登場させる藤子先生らしいシーンである。


③おもちゃの くに

スケートを履いた馬はスピードアップ。次の町へと向かう。するとそこは「おもちゃのくに」。ここでは立ち寄った人たちは3日間遊ばなければならなかったのだが、それでは宿題が間に合わないということで、馬に乗ってダッシュで逃げ出す。

次の国は「さかさの国」。何が逆さと言えば、大人と子供の役割が逆転している。すなわち、この国では子供が働いて、大人が学校に行くということになっている。

ただし、勉強する大人は悪いことをした人たちで、おじさんは悪人と間違えられて一度捕まって学校に送られてしまう。

おじさんを取り戻し、謎の地下鉄に乗って次の国へと向かう。ところが地下鉄には他の乗客もいなく、運転手もいない。止め方もわからず、スピードは増すばかり・・・。


④でんきの くに

暴走した地下鉄が急にとまる。外へ出るとそこは巨大なビル群が立ち並ぶ都市。ここが「でんきの国」である。

この国は科学が発達しており、自動車は全自動で、仕事はロボットが全て人間の代わりをしてくれる。ところが発電所が壊れて、機械や町の仕掛けが大暴走。

電気の国=科学が発達した国も、何かと脆いというお話なのだが、このテーマは後の「21エモン」などにも登場する、藤子作品頻出の話題である。


⑤もうすぐ なんよう

暑くなってきた。南洋が近い。海に出て散策していると、地球を一回りしているという長い橋を見つける。ツルツルと滑りやすい道で、通行中に滑ってサメに襲われたりするのだが、何とか南洋に抜けることができる。


⑥くじらが りくを あるけ

橋を渡り、ついに南洋に到着。南洋というだけあって、猛獣たちがジャングルにいっぱい。そんな中、コンラートたちは、一人の黒人の女の子と出会う。彼女の言うには、このジャングルでもっとも恐ろしい動物は陸を歩くクジラだという。

言っている傍からクジラに襲われてしまうのだが、女の子の父親である部族長に助けられる。たくさんの果物を出されるなどの歓迎を受けるが、時は既に夜遅くに。明日学校があるので、これ以上長居はできない。

黒い馬に送ってもらおうと考えるが、黒い馬は南洋の白い馬と友だちになっており、ここに住みつくことにしたという。それはそれでいいことだが、これではコンラートとおじさんは帰れない。

すると女の子の父親が、お安い御用とばかりに魔法を使い、おじさんの部屋にあったたんすが現れる。そして、南洋の人たちに別れを告げ、二人はたんすをくぐって元の部屋へ戻る。

たった一日の出来事とは思えないほどの長い旅を終え、これで南洋についての作文を書くことができる。けれど、今日のことをそのまま作文したとして、誰が本気にするだろうか・・・。ならば、二人だけの秘密にしようと、コンラートとおじさんは語り合うのであった。


後の藤子作品では、「21エモン」や「モジャ公」のように、変わった世界観を持つの星々を旅するお話がある。初期においても、「ロケットけんちゃん」のように、変わった場所を巡る作品もある。

それらは藤子先生が愛読していた「ガリバー旅行記」の影響があると考えられるが、本作もそうした流れの中にある一本なのかもしれない。

けっしてそれほど有名ではない本作を原作に選んだのは、作者なのか編集者なのかわからないが、藤子先生の好きな「旅行記」形式の作品であることは間違いなく、それなりに腕を振るって118ページの大著に取り組んだものと思われるのである。



初期作品の記事もたくさん書いています。


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?