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「海の王子」時代劇版『海の快剣士』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介⑱

1951年のデビューから1960年代の連載多作時代までに描かれた初期の短編を全て紹介していく企画「藤子F初期作品をぜーんぶ紹介」は、本稿で18本目。基本的に発表順で記事にしているが、今は1957年に差し掛かっているところである。

この頃の藤子先生は、55年に業界から干されかけて仕事を減らしていたが、56年後半くらいからは、幼年・少年・少女向けと対象読者が異なる短編の量産が始まっている。

今回取り上げる作品は、56年から58年にかけて得意ジャンルとしていた少年向けの時代劇活劇の一作となる。


『海の快剣士』「冒険王」1957年5月号別冊

1950年代は映画全盛期だが、その中でも「時代劇」は抜群の人気ジャンルだった。スターと言えば剣豪役で名を馳せるのが当たり前だった。今では考えられないくらいに子供にとっても時代劇が身近な娯楽なのであった。

そういうこともあって、短編の名手藤子先生にはオリジナルの時代劇マンガのオファーが多かったようである。この数年の間でも、女の子向けで平安絵巻もの『黄金のすずらん』「光公子」、幼年向けで『ちびとおに』「しゃっくり丸」、少年向けで『竹光一刀流』『山びこ剣士』など、時代ものを量産している。


本作は1956年から定期的に作品を発表していた「冒険王」の別冊付録として描かれた。48ページの中編で、表紙には「痛快時代漫画」とジャンルが記載されている。

後々説明していくが、本作の2年後、1959年に連載がスタートした「海の王子」と話の骨子が似通っている。時代ものと科学冒険SFでジャンルは全く違うのだが、正義感溢れる主人公像や、海の敵をやっつけるストーリーや、竜王丸と海賊船団との海中バトルなどが、明らかに「海の王子」を彷彿とさせる。

時代ものではあるが、いつの時代の話かは明確にしておらず、主人公たちが乗船する竜王丸はなんと潜水艦にもなる。本質的に、時代劇のフリをした冒険SF漫画だとも言えるのである。

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本作はこの頃の藤子作品の特徴となる章立てとなっているので、まずはそれを整理しておこう。

①「海の底から」8ページ
②「とらわれたふたり」7ページ
③「竜王あやうし」5ページ
④「大渦巻」8ページ
⑤「白鮫丸」19ページ

①がプロローグで、②で詳細な設定説明、③④でお話が展開していき、⑤がクライマックスの戦闘シークエンスとなる。以下、各章ごとにストーリーをまとめておこう。


①「海の底から」

物語の導入は、敵目線で始まる。海賊一味のお頭が何者かの海からの襲来を恐れている。襲来への備えとして、「赤鬼」と呼ばれる態度が横柄な用心棒を同船させている。

このお頭が恐れているのは、海賊船狩りを生業としている「竜王」という男。赤鬼と談義をしていると見張りから「竜王を見つけた」と声が上がる。なんと竜王は、波の上を歩いて船に近づいてくる。

竜王は白い鉢巻きと帯剣の和装姿の青年で、いかにも正義感に満ちた表情をしている。「海の底から竜王が迎えにきたぞっ」と名乗りを上げての登場で、不敵な感じすらする。

赤鬼は竜王に向けて発砲するのだが、そこへ水中から竜の首が浮かび上がってくる。そのまま船へ接近して体当たりして、船底に大穴を開ける。「沈没だー」と慌てふためく海賊たち、そして沈みゆく船を悠然と見守る竜王の後ろ姿がある。

主人公の紹介を後回しにしていきなり敵目線から語られる構成や、海の底から登場というキーワードは、そのまま「海の王子」でも使われたパターンである。

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②「とらわれたふたり」

引き続き敵側の目線で物語が進む。お頭と赤鬼の二人は竜王丸という船の一室に閉じ込められている。竜王が現れて、「君たちは僕の捕虜だ」と告げられる。

赤鬼は竜王に飛び掛かり、銃を向けて動きを止めさせて船から逃げ出そうとする。しかし扉を開けると大量の水が流れ込んできて、再び捕まってしまう。竜王丸は潜水艦で、海の底を走っているのだと説明される。仕方なく大人しくする頭と赤鬼。

一通り設定の説明が終わり、ここからはようやく主人公目線の展開となる。

竜王の部下は「二人を乗せておくのは止めた方がいい」と忠告するが、放り出すこともできないと竜王。彼らを閉じ込めたまま、次なる海賊狩りの狙いをつける。相手は手強い白鮫丸大渦巻のある海峡を抜けて不意打ちを掛けようという大胆な作戦に着手する。

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③「竜王あやうし」

敵のアジトである島に近づく。すると閉じ込めていた二人が脱出して竜王に襲い掛かる。部下たちは飲み水に混ぜてあった眠り薬のせいで意識を失っている。竜王も薬が効いてきて動けなくなり、そのまま眠ってしまう。

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④「大渦巻」

竜王は縛られて、海賊のお頭と赤鬼のコンビに殴られ続けている。船の動かし方を白状しないので、拷問されているのだ。すると、付近の海域で大渦巻が発生し、竜王丸は渦に巻き込まれてしまう。

大渦でも動じない竜王に頭と赤鬼は降参し、船員と代わって船底の部屋に閉じ込められる。竜王の指揮によって船を海底に這わせるように沈ませて、渦の静まるのを待つ。

大渦巻きは収まり、船底の二人は無人島に追放する。悔しがるお頭に赤鬼は、竜王丸の狙いは白鮫丸だと盗み聞きしたので、先に合流して竜王丸を待ち伏せ攻撃するよう仕向ける作戦を告げるのだった。

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⑤「白鮫丸」

さてここからが本作のメイン。それまでは長い前置きとも言える。

白鮫丸を見つける竜王たちだったが、敵船は何もせずに逃げて行ってしまう。追跡すると逃げ道の無くなる入江に入っていくので、さらに追うと5隻の船が待ち伏せをしていて、反撃を仕掛けてくる。赤鬼たちの計略が伝わっていたようである。

潜水して攻撃から逃れる竜王丸。しかし海の底には大量の藻が仕込まれており、竜王丸は身動きができなくなってしまう。見事に罠にはまってしまったのだ。

海中で動きが止まったところに、岩が次々と投げ込まれ船体が傷ついていく。浮かびも沈みもできず、「完敗」だと竜王は呟く。

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水上に揚がれない竜王丸の船内は空気が澱んでいく。すると竜王はひとりで、水中にも関わらず、船体の外へと出て行ってしまう。一体何を考えての行動だったのか? そして朝となり、勝ち誇った海賊たちは碇を上げてアジトへと戻っていく・・。

この後の大逆転と最終バトルについては、本稿では割愛しておく。気になる方は是非とも「藤子・F・不二雄大全集」の「山びこ剣士」の巻をご覧ください!!


ラストの決めゼリフだけをここで紹介しておくと・・

「ゆこう! 海の平和を乱す悪者がいる限り、僕らの仕事は終わらないのだ」

というもの。完全に「海の王子」なのである。

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青年剣士が仲間と共に海賊と戦う時代劇の体裁ながら、主人公たちが乗船する乗り物が潜水艦という奇抜な設定が目を引く。身を粉にして悪と対峙する竜王は、そのまま「海の王子」という名前にしても差し支えないくらい。

藤子先生には、時代劇のオファーが多かったと想像されるが、そうした発注に応えつつ、本作のようなSF的設定だったり、ファンタジーの要素を取り入れるのがF流なのである。


初期の貴重な作品レビューも継続中です。


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