見出し画像

現実と虚構をつなぐタイムパトロール『シンドバッド最後の航海』/「T・Pぼん」アニメ化決定記念特集④

本日は記事を書くにあたって、少し気合いが入っている。というのも、藤子先生の作家史において、とても重要な位置づけの作品をピックアップするからである。

先日から「T・Pぼん」アニメ化決定記念特集ということで、まだ記事にできていない「T・Pぼん」第一部の作品を紹介しているが、本日はついに『シンドバッド最後の航海』を取り上げるのである。


シンドバッドの世界、すなわちアラビアンナイト(千夜一夜物語)の世界に子供の頃から熱中していたという藤子F先生は、たびたび自作の中にそのモチーフを取り入れている。

例えば、僕は読めてはいないが、キャリア初期に「新アラビアンナイト」という12コマの漫画を描いている。

魔法のランプなどはお気に入りのアイテムだったようで、「ドラえもん」や「Uボー」「ジャングル黒べえ」などにそのままの道具として登場させている。魔法のじゅうたんもまたしかり。

個人的には、アラビアンナイトの世界観を生かした「パーマン」の隠れた名作『砂漠のジン魔神』などもとても印象深い作品だった。


そして、アラビアンナイト関連の藤子作品として絶対に外せないのは、「大長編ドラえもん」の第11弾(映画12弾)『のび太のドラビアンナイト』であろう。

この作品は、架空の「物語」として描かれているアラビアンナイトの世界は、かつて実在していたという発想に基づくお話となっている。ファンタジーと現実を地続きで描くことに長けている藤子先生の本領が、いかんなく発揮されているのである。

本稿で取り上げる『シンドバッド最後の航海』は、『のび太のドラビアンナイト』と同じ発想から作られたお話となっている。こちらの方が先に描かれいてるので、後のキャリアの集大成となる「大長編ドラえもん」の元ネタとなる作品なのである。


なお、「T・Pぼん」では、本作のようにファンタジーと現実が混ざり合った作品を数多く描いている。

例えば、西遊記のモデルとされる玄奘三蔵の旅にぼんたちが同行することになる『白竜のほえる山』や、ギリシャ神話に登場する怪物ミノタウロスを現実の獣として登場させる『暗黒の大迷宮』などが類型である。


『シンドバッド最後の航海』
「少年ワールド」1979年8月号/大全集1巻

本作の中身を検証する前に、まずはアラビアンナイトとは何なのかを整理しておきたい。

アラビアンナイトとは、イスラム世界に伝承されている説話を集めたもので、日本では「千夜一夜物語」もしくは「千一夜物語」と呼ばれている。アラビア世界で編纂され、およそ9世紀にはその原型ができあがったという。

いわゆる「枠物語」の手法で描かれており、毎晩、妻が王に対して続き物のお話を語るという構成になっている。なぜ毎晩妻が王に語らねばならなかったのかは、なかなかエグイ理由となっているので、こちらは是非とも各自調べていただきたい。


ところで「千夜一夜物語」と言いつつ、これがヨーロッパに伝えられた時点では、1001夜分のお話はなかったらしい。

千夜一夜物語をヨーロッパ社会に紹介したのは、フランスの東洋学者のアントワーヌ・ガランという人物。1704年に第一巻を刊行したが、ガランが参考にした写本は282夜しかなく、結末も描かれていなかったという。

そこで、タイトル通り1001夜にするべく、ガランやその他の研究者が追加でお話をかき集めたり、創作を施して、19世紀頃にほぼ今の形に整えられたようである。

つまりは大部分が後足しということなのだが、僕らが古来ゆかしきアラビアンナイトのエピソードだと思っているシンドバッドの冒険や、アラジンと魔法のランプなども、後から追加された物語だったとか・・。

そう考えるとアラビアンナイトの世界は、イスラム社会だけで生み出されたのではなく、西欧社会の手が加えられて完成したとみるべきだろう。世界を分かつ二つの社会が融合したことで生まれた名作と言っても良いのかも知れない。


いずれにせよ、アラビアンナイトは、イスラム社会に伝来していたお話をできる限り集めた作品集であることは間違いない。そうであれば、現実で起きた事件、歴史上実在した人物のエピソードが大元になった可能性は大いにある。

古今東西、神話や民話は、実際の現実社会の出来事の反映であったりするからである。

もちろん、実際にじゅうたんが空を飛んだりしないわけだが、もしかしたら空を飛んだように見えたのかも知れないし、空を飛んだとしか思えない程の距離を短時間で移動したのかも知れない。

現実のものとは思えない伝承であっても、全くの0から作り上げられた創作とは言い切れない。それを逆手に取ったのが、本作及び『のび太のドラビアンナイト』であったのだ。


ここからはざっと「T・Pぼん」のお話を見ていこう。

今回の任務は、ずばりバグダードの船乗り、シンドバッドの命を救うこと。シンドバッドは「千夜一夜物語」上の創作された人物だと思っていたが、実在していたのかと驚くぼん。リームは「モデルの一人になっているかも」と言う。

その裏付けとして、実際にある時期の中近東では、東西を結ぶ交易地の中心地であり、大航海時代に先駆けて、シンドバッドのような商人たちは危険を顧みずに世界中を冒険していたのである。

リームは「千夜一夜物語」の歴史的意義について、以下のように語る。

「大勢の冒険者たちが、絹や香料などの商品の輸出入だけじゃなく、東西文化の交流にも役立っているの。彼らが遠い異国で体験したり聞き伝えた話が、『千夜一夜物語』の中にはたくさんあると思うわ」

ここでは、ウソのような逸話が実際にあったかはともかく、シンドバッドのような商人が実在したのは歴史的事実であるということを述べている。


9世紀のペルシャ湾に向かうぼんとリーム。シンドバッドの船はペルシャ湾からアラビア海に出たところで、嵐の直撃に遭い沈没してしまう。海に投げ出されたシンドバッドたちを、「生体コントローラー」でクジラを操って、その背に乗せ、近くの岸まで連れていく。

タイムパトロールは、なるべく自然な形で救助しなくてはならないわけだが、今回はクジラの背に乗せるという荒業をしかけており、案の定一命を取り留めたシンドバッドには、「クジラはアラーの使いに違いない」と、奇跡を感じさせてしまう。

ちなみに「船乗りシンドバッドの物語」は、第290夜から第315夜までの26話分に及ぶお話で、7つの海を渡る冒険が語られる。クジラが登場するのは一番目の航海の冒頭だが、本作のようにクジラに助けられようなことにはなっていない。


一命を取り留めたシンドバッドは、生き残った船員たちを連れて砂漠を北上する。ぼんはずっと先にあるオアシスの映像を流して、皆を奮起させる。ところが、タイムカットしてオアシスに時間移動すると、竜巻に巻き込まれてしまい、ぼんもリームも吹き飛ばされてしまう。

ぼんが目を覚ますと、シンドバッドと二人きり。竜巻が去った後に40人の盗賊が現れて、仲間を殺し、リームを連れて行ってしまったという。シンドバッドが、ぼんだけを何とか救助できたというのである。

ところで、40人の盗賊と聞いて思い浮かべるのは、「開けゴマ」で有名な「アリババと40人の盗賊」である。これはアラビアンナイトの851夜から860夜までの10夜分のエピソードで、一般的知名度は高いものの、これも原本が見つかっていない後から収録されたお話だという。


ぼんはリームを探すべく、シンドバッドを頼りに砂漠を進む。空腹に苦しんでいる最中、崖の下で特大の卵を発見する。すぐさま殻を割って中身を飲んで、水分と栄養を補給する二人。

すると卵の生みの親である巨大な怪鳥が襲い掛かってくる。ロック鳥だと叫び、逃げだした二人は、何とか狭い岩陰に身を潜めてやり過ごす。

ロック鳥はアラビアンナイトのシンドバッド編に登場する伝説の怪鳥で、卵を壊された仕返しとして、シンドバッドの船に巨岩を落として大破させている。

ただ架空の動物だったとは言い切れないようで、マルコ=ポーロの「東方見聞録」などにも記載が見られるという。かつて存在していて、絶滅してしまった巨鳥ではないかとされている。

ぼんは「ずっと昔絶滅したモアの仲間」であると見立てている。


一方、盗賊団に連れて行かれたリームは、女奴隷として競売に掛けられていた。美貌を誇るリームなので、「極上、とびっきりの品だ」と目玉扱い。必至に裸を見られまいとシーツで身を隠すのだが、悪い客たちに「中身を見せろ」と迫られてしまう。

なお、裸を見せろと興奮している客は、どう見ても藤子不二雄両氏。アラビアンナイトの世界にも、フニャコフニャオは存在していたようである。

また、後に描かれる「のび太のドラビアンナイト」では、一人はぐれたしずちゃんが盗賊に捕まって、やはり奴隷として売られてしまいそうになっている。その原本が本作なのであった。


リームの裸を見るまでもなく買ったのは、ターバンを被った少年。少年の名はアラジンで、最近ドロボー市ででっかいランプを買って以来、運が付きまくっているのだという。

そのランプは「魔法のランプ」で、ボタンに触ると男が現れて、次から次へと見たこともない珍しい物を出してくれるのだという。その品物を王さまに献上したら、代わりに金貨や宝石を貰い受けて、裕福になったのだという。

さて、補足を加えるまでもなく、「アラジンと魔法のランプ」もアラビアンナイトの中でも最も有名なエピソードである。731夜から774夜までの全33夜分の長大なお話。だが、こちらもアラビア語の原典には収録されていないという。


砂漠を歩き続けるぼんとシンドバッドは、夜中の暗闇に光る灯を頼りに進むと廃墟に辿り着く。そこは何と食人族の住処であった。二人はあっさりと見つかってしまい、捕らわれる。次の食事の時間には、食べられてしまうのか?

なお、アラビアンナイトのシンドバッドでは、第四の航海において食人族に襲われて船員たちが食べられてしまうというお話が出てくる。本作は、アラビアンナイトのエピソードをうまいこと換骨脱胎していることがわかるだろう。


一方のリームが見た「魔法のランプ」とは、なんと自分が乗っていたタイムボートのことであった。ヘッドライトが光っており、これで不思議なランプだと思ったようである。(多少強引か?)

ランプの精を呼び出そうと、アラジンがボートのボタンを押すと、本部の隊員の姿が写し出される。隊員は必死にリームに呼びかけていて、反応がないので故障を直す道具や食料などを送ったのだという。

アラビアンナイトで語られた不思議なランプとは、未来人のリームが持ち込んだタイムボートであった・・・というのが、本作の一つのオチであるようだ。

リームは泣きながらにボートは自分のものだから返して欲しいと願い出るとと、心優しきアラジンはあっさりと返却してくれる。ボートで空を飛び立っていくリームを見て、アラジンは天女だったんだねと呟くのであった。


リームは、ぼんが間一髪人食い族に調理されそうになるところで救出に成功。これで紆余曲折ありまくったアラビア世界での任務は完了となる。

結果としては、シンドバッドを救うために派遣されたT・Pが、シンドバッドやアラジンの非現実的物語を生み出してしまったということになる。

アラビアンナイトが成立した背景にぼんたちがいたんだという、タイムパラドックス的なお話だったのである。

このアイディアが、そのまんま「のび太とドラビアンナイト」でも使用されるわけだが、これについてはいずれ大長編の解説の中でも、反復するつもりである。




この記事が参加している募集

コンテンツ会議

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?