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これジャングルの常識!・超異色作「ジャングル黒べえ」/消されたF作品②

時代とともに人権の考え方が発展し、結果として使ってはならない言葉-差別用語-が増えた。これについては、人によっては言葉狩りだ、などと批判する向きもある。

僕個人としては、人権について世の中がより丁寧に感じていく、接していく社会は間違っていないと考えているので、使ってはいけない言葉が増えていく時代の方向性には賛同している。


ところが、ここで問題となってくるのが、人権の考え方が弱かった時代の表現作品について、どのように向き合うべきかという点である。

差別的な表現を含む過去の作品を、今の時代に合わないからと言って封印してしまうのか。発表された当時の社会通念を反映しているのものとして、注釈を付けたうえで規制を解くのか。大きく二つの考え方がある。

僕としては、論理的には二つの考え方は成立しているので、両論とも間違っていないと思う。ただ、差別的環境があったという事実は消えないわけで、それを無かったことにするのは問題があると感じている。

また、時代ごとの表現方法や表現の背景にある思想を知るためには、できる限り発表された作品をそのまま読める環境を残すことが大事なのではないかと思う。それは、映画やマンガや小説や音楽は、発表当時を窺い知れる重要な文化的財産だと考えているからである。


藤子作品の検証をずっと行っているが、F作品のほとんどが健全な青少年向け作品でありながら、一部で現在の尺度では差別的なとなる表現も含まれる。けれどこれを無かったことにしては、作品研究も深まらないし、描かれた当時の社会状況などを窺い知ることができなくなる。

藤子・F・大全集では、セリフ上の修正は数えきれないほどあるのだが、作品の本質を歪めるような改変はほとんどないと認識している。その点、本シリーズを誠意をもって編集された小学館のチームの方には敬意を表したい


さて、前置きが長くなったが、藤子作品ではこうした差別的表現の問題から、一度存在を消された作品が存在する。それが、前回の記事で取り上げた「オバケのQ太郎」の『国際オバケ連合』である。その詳細は過去記事をお読みください!

この中で、「黒人差別をなくす会」という団体からのクレームを受けて、本作が含まれていた刊行物が一斉に回収されたことを書いた。この団体は、差別的表現を世の中から消せという方針で動いており、言わば封印派の人たちだ。

『国際オバケ連合』の問題となった部分は、差別的表現とまでは言い切れないと個人的には思っているので、回収騒ぎとなったことは納得していない。そして、この騒ぎから、ある種の忖度が働いて、もう一本が消されそうになった作品がある。

それが「ジャングル黒べえ」である。

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『国際オバケ連合』では「人食い」が問題となったのだが、「ジャングル黒べえ」にはそうした表現は一切ない。けれど、アフリカの黒人をモデルとしたキャラクターゆえに、黒人への偏見に基づくネタは多数登場する。

偏見レベルなので、差別的表現とは言えないと個人的にも思うが、本作はオバQの問題が指摘された段階で、版元は自主判断として回収をしてしまったようである。

もともと「ジャングル黒べえ」を読むのは困難で、てんとう虫コミックスだと「バケルくん」の第二巻にオマケ的に収録されている10作品か、「藤子不二雄ランド」を入手するしか手はない。そこに自主回収が加わって、「ジャングル黒べえ」は市場から在庫が消え、お宝状態となってしまったのである。

そういうことで、約20年ぶりに「藤子・F・不二雄大全集」において「ジャングル黒べえ」が収録されたことは、感慨深いものがある。改めて読み直しても、これで黒人差別を助長するような表現はほぼ見受けられない。安心・安全な作品だと太鼓判を押しておきたい。


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さて、「ジャングル黒べえ」について、作品概要にも触れておこう。

黒べえは、ピリミー族の酋長の息子。身長が低いことで知られたピグミー族のパロディとなっており、黒べえの身長も低め。また、酋長という言葉は差別的ということで、大全集では王様と表現している。

黒べえの本名は「クロンベンボコメッチャラクッチャラホイサッサ」と異常に長いが、「呼びにくければ黒べえでいい」と自己紹介している。

黒べえはジャングルからほえる鳥(ジェット機)に掴まって飛んできたのだが、寒さと空腹で落っこちて、たまたま日本の佐良利家に辿り着いた。

もう一人の主人公は佐良利 しし男。「ドラえもん」ののび太に該当する少年である。彼は庭に鳥の巣箱を設置していたのだが、黒べえはこれを家と勘違いして入り込む。そして、しし男が持っていた薬や食事を黒べえは自分に与えてくれたものだと勘違いして、勝手に取ってしまう。

黒べえはしし男を命の恩人だと決めつけて、この恩を返すまでは家に留まると言い出す。恩の返し方は、庭に大きな穴を掘って、ここに返した恩の大きさ分の石を落としていき、穴が埋まれば完了となる。ただ、落とす石の大きさと穴の大きさのバランスが悪く、恩返しが終わるまで何年かかるかわからない・・。

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ピリミー族は、ジャングルの奥の奥の魔境に住む人々で、なんと魔法を使う。動物や植物も珍しいものばかり。アフリカのジャングルの奥地に魔境があるという設定は、藤子作品ではお馴染みで「のび太の大魔境」でアイディアは結実した。


黒べえにはジャングルの仲間がいて、黒べえを追って佐良利家にやってくる。ペットにしていたという二本足で歩くゾウ「パオパオ」と黒べえの弟「赤べえ」である。

パオパオについては『二本足のゾウ』という紹介の回が存在するが、赤べえはマンガにおいてはどうやってやってきたのかは描かれていない。なお、パオパオは、「のび太の宇宙開拓史」で再登場している。

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また「ガック」というピリミーのライバルも登場するのだが、こちらは主にアニメ版で活躍したキャラクターで、マンガでは四コマ漫画作品一遍にだけ姿を見せる。

しし男の友達としては、タイガー、おから、タカネがいる。それぞれ「ドラえもん」に置き換えると、ジャイアン・スネ夫・しずかとなる。

マンガ版の掲載誌情報は下記。

「よいこ」1973年3月号~8月号(全6話)
「幼稚園」1973年4月号~10月号、ただし8月号は代筆(全6話)
「小学一年生」1973年3月号~12月号(全10話)
「小学二年生」1973年3月号~1974年1月号(全11話)
「小学三年生」1973年3月号~10月号(全8話)
「小学四年生」1973年3月号~12月号(全10話)
「小学五年生」1973年3月号~12月号(全10話)
「毎日新聞大阪版」1973年2月3日~7月14日(全8本)
「小学六年生」は、しのだひでおによる代筆連載
合計:全61話+四コマ8本


さて本作で最も特筆すべきは、アニメ先行のプロジェクトであって、藤子先生はその中でマンガを担当した、という位置づけだったいう点である。ある種の雇われ仕事であったのだ。

放送期間:1973年3月2日 - 9月28日(全31回・62話)

藤子作品は「オバケのQ太郎」から始まって「パーマン」「ウメ星デンカ」「ドラえもん」と次々にアニメ化されていったが、それらはマンガで人気を得た後に制作されたものだった。

すると、どうしてもマンガとアニメでは発表期間にズレが生じてしまう。マンガとアニメの人気のピークを重ねるのは、相当難しいことだったのだ。実際「ドラえもん」は、原作人気が上昇する前に最初のアニメ化をして、見事にスベっている。

そういうこともあって、アニメ制作会社・テレビ局主導で、アニメ化の企画が立ち上がり、ある程度の設定やキャラクターが見えてきたところで、藤子F先生にマンガの発注をかけたのである。

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こうした経緯があったので、F先生としては「ジャングル黒べえ」に対する思いが少々複雑だったように思われる。「藤子まんがヒーロー全員集合」記載の「ジャングル黒べえ キャラクターづくりの秘密」において、以下のように語っている。

「『ジャングル黒べえ』だけは、テレビアニメとしての企画が先になり、放送開始と同時期に雑誌連載が始まった、ただ一つの例外的作品」
「アニメ制作会社の依頼でシノプシスを何本か作りました」
「既にキャラクターは作られ、ジャングルの野生児・黒べえが東京にやってくるという設定も決まっていた」
「キャラクターが僕自身で作ったものではないので、味を引き出せなくて苦労した」
「雑誌の連載は(中略)人気を集めるというまでにはいかなかったようです。しかしテレビアニメの『ジャングル黒べえ』は(中略)なかなかの健闘を見せていたそうで、僕の心境は複雑なものでした」

ストーリーの肉付けはF先生がいくつか提唱したものが採用されていったようだが、最初の立ち上げが自分ではないことを気に掛けていたことは、発言の端々から見受けられる。

本作を描いていた1973年前後は、「ドラえもん」の連載と並行して「新オバケのQ太郎」「パジャママン」「バケルくん」「みきおとミキオ」など大量の新作を発表していた時期となる。

F先生渾身の「ドラえもん」がまだまだ人気伸び悩みの頃で、「ドラえもん」の連載を続けるために他の作品を書かなくてはならない状況であったのだ。「ジャングル大黒べえ」は、そんな多忙を極める中での連載だったのである。

多忙であったこと、雇われ仕事だったこと、それほど人気が上がらなかったことなどから、「ジャングル黒べえ」はF先生の負担となっていたように思われる。

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けれど、本作を大全集でまとめて読み進めると、これが結構面白いのである。特に、極めて真っ当な「ジャングルの常識」を信じる黒べえの健気さや正直さが最大の魅力だ。一読しただけでは、F先生の執筆にあたる苦労は全く読み取れない。

今回の記事では個別の作品については紹介しないが、いくつかの傑作エピソードもあるので、いずれ記事にする予定である。


さて最後に、「ジャングル黒べえ」に関する近年明らかとなった新事実を一応記しておきたい。これについては一次資料に当たれていないので、あくまで通説として書き残しておく。

本作はアニメ先行の企画だったというのは有名だが、あの宮崎駿が最初の立ち上げに携わっていたというのである。

宮崎氏のアイディアでは、「アイヌ神話のコロポックルと人間の交流を描く」というもので、シンエイ動画の重役だった楠部三吉郎によると、人間の家の天井裏に住み着いたコロポックルの兄妹が、人間のものを勝手に持ち出すストーリーだったという。

これはどう考えても「借りぐらしのアリエッティ」と同じアイディアである。アリエッティはメアリー・ノートンの「小人の冒険シリーズ」を原作とする児童書をベースにしたお話だが、このアイディアは、宮崎氏の頭の中に相当前からあったことが窺い知れる。

そして、この話を裏付ける証拠として、宮崎氏が描いたというコロポックルの話の設定原画が発見された。『頭の上のチッカとボッカ』と名付けられており、この原画はまんだらけのオークションに突如出品されて、53万円で落札されたという。

このチッカとポッカが、どういう経緯で黒べえとなったかの詳細は不明だが、先述の楠部三吉郎氏が、宮崎氏のアイディアを翻案して藤子F先生に持ち込んだものと思われる。

藤子先生と宮崎氏の交流については、実際に対談している記録も残されていて、それを読む限り気脈を通じていたと思われる。また宮崎の盟友・高畑勲がドラえもんのアニメ化に尽力したという話もある。

ジブリと藤子不二雄ということで、記事が数本書けてしまうエピソードがあるので、これはまた追々紹介していければと思う。



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