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古事記の世界へ『タイムマシンがなくなった!!』/「大長編ドラえもん」になりそうな話②

『タイムマシンがなくなった!!』
「小学三年生」1980年5月号/大全集11巻

毎年毎年「ドラえもん」の映画の原作を考えるのは大変。(多分)

藤子Fマニアを自称する自分が映画の原作のアイディアを求められたら…という妄想から、「大長編ドラえもん」のネタとなりそうな話を考えてみる、という連続企画。

と言っても、まっさらな状態からアイディアを思いつくのは非常に困難なので、既にF先生が書かれている原作から、大長編へと発展できそうな話をピックアップしていこうという試みとなる。

第一回目となる前回の記事では、「ドラえもん」の『ゆうれい城へ引っこし』の物語を追うとともに、メルヘン街道~ブレーメンの音楽隊~中世ドイツの城、という設定で大長編に引き延ばせるのではないか、というようなことを書いた。


今回は、大長編候補作第二弾として、『タイムマシンがなくなった!!』を検証していく。

本作のテーマは「ヤマタノオロチ伝説」である。時代としては弥生時代あたり、古事記・日本書紀に記された神話の世界が舞台となる。ヤマタノオロチは一般的に知られた怪物だが、一応どんな伝説か触れておこう。


高天原の暴れん坊スサノオノミコトは、姉の天照大御神によって地上へと追放され、出雲国の斐伊川に降り立つ。川に箸が流れてきて人の存在を知って、川上に向かうと、村があり、そこで肩を寄せ合って泣いているお爺さんお婆さんと娘と出会う。

スサノオが事情を聞くと、8年前からヤマタノオロチが現れて、毎年娘を喰ってしまうのだという。そして今年は最後の8人目の娘の番で、それで泣いているのだと。ヤマタノオロチは何者か? 聞くと一つの胴体から八つの首と八つの尻尾を生やした蛇の怪物で眼は鬼灯のように真っ赤だという。

スサノオはヤマタノオロチを退治するので、代わりに娘をくれと申し出る。申し出は受け入れられ、スサノオはオロチ退治の策を練る…。スサノオは、村を垣根で囲って八つの門を作り、そこに強い酒を八つ用意しておくように、という指示を出す。

夜、現われたヤマタノオロチは、八つの酒樽に八つの頭を入れて酒を飲み、強いアルコールで酔って眠ってしまう。その後で、スサノオが刀でオロチを切り刻み、ヤマタノオロチ退治に成功したのだった。

ヤマタノオロチの尻尾の中から剣が見つかり、これが後に天照大神に奉納されて、やがて三種の神器の一つ草薙の剣となる。また、命を救って娶った女の名はイナダ姫と言って、スサノオノミコトとの間に出来た子の子孫が、大国主命(オオクニノヌシノミコト)となる。大国主命は、因幡の白兎で有名だが、出雲の国を治め、日本国を創建した人物でもある。国譲りの物語は、古事記最大の見せ場となるシーンである。

ところで、そもそもヤマタノオロチとは何か、何が元になった伝説なのか。僕が一番好きな説は、ヤマタノオロチ=八岐大蛇は、スサノオノミコトが降臨した斐伊川の洪水のことであり、イナダ姫=奇稲田姫(クシイナダヒメ)は、川の氾濫で被害を食う稲作を指す、というものである。この説に拠れば、スサノオノミコトは、灌漑技術によって川の氾濫を食い止め、出雲の国の稲作を発展させて、国力をアップさせた王、ということになっている。

神々と地続きの日本国を記述する古事記だが、人間くさい神たちの攻防は、何度読んでも面白く読める。日本書紀と異なり、権力の中枢の視点で書かれていない点が、魅力的に思えるのである。

さて、「ドラえもん」の話に戻ろう。

本作は、タイトル通り、タイムマシンをブレーキを掛けなかったために超空間に流されて「無くなってしまう」。それを「タイムベルト」で追い、1600年ほど前(西暦370年あたり?)ののび太の家があった場所に辿り着く。

差し当たり、二人は近くの村を探すが、この時代の村の規模は小さく、なかなか見つからない。そうこうしているうちに、タケコプターの電池が切れて止まってしまう。本作は大長編の「のび太の恐竜」の直後に描かれているが、そこからタケコプターを連続運転するとバッテリーが上がってしまう、という設定が引き継がれている。

タイムマシーンを失うという展開や、過去の広大な日本が舞台となるなど、この時点でも相当に「大長編」候補に相応しいスケール感を持った作品であると言えるだろう。


やがて夜になり、キャンプを張るが、動物たちが逃げまどい、何か巨大なものが体を引きずって歩いたような跡が見つかる。そして、暗闇の向こうから赤く光った目玉がいくつも見える。ドラえもんたちは恐怖で震えあがるが、火を焚いて何とか何事もなく夜を明かす。ヤマタノオロチは赤い目が特徴的なので、ここでその設定を入れている点に注目したい。

翌朝、寝不足でフラフラ歩いていると、川が見つかり、そこに箸が流れてくる。ドラえもんはそれを見て、川上に人が住んでいる証拠だと喜ぶ。川に箸が流れてくるのは、古事記などの伝承と一緒で、これを踏まえた展開となっている。

ちなみにこの後で出てくるが、人質と一緒に酒樽を用意している。教養のある藤子F先生は、しっかりと古事記の「ヤマタノオロチ伝説」の描写を本作にも取り入れているのである。子供の頃には気が付かないような仕掛けが入っているのがFマンガの特徴でもある。

やがて村が見つかり、生贄にされそうで泣いている女にも面会。本作でも「ほんやくコンニャク」で弥生人と会話をするのだが、「ゆうれい城へ引っこし」の時よりも少しコンニャクが大きくなっている。そして「ほんやくコンニャク」が登場すると、何だが大長編の雰囲気も出てくる感じがする。


ドラえもんとのび太が生贄となり、ヤマタノオロチを退治することになる。この辺りも古事記の詳伝を踏まえた展開。ちなみにのび太は「山田のオロチ」と言い間違えて笑いを誘うが、退治された後のヤマタノオロチの伝説が伝わる長野の佐久では、スサノオノミコトを奉る山田神社が現存している。

のび太は「ヤマタノオロチ」の名前から、頭が八つなら、マタは七つであり、ナナマタノオロチではないかと疑問に思う。これがラストまで引きずる謎となるのだが、確かに僕も小学生の時は、その通りだと思って読んでいた。でも今となっては、「二股の交差点」という言い方の場合、道が二つに分かれる様を表現しており、「ヒト股の交差点」という言い方ではないと分かっている。つまり、ヤマタは八本で間違いないのである。

現われたヤマタノオロチは、「のび太の恐竜」で大活躍した「桃太郎印のきびだんご」も効かず、あらゆるドラえもんのひみつ道具が通用しない。追い詰められるドラえもんたちだったが、タイムマシンを見つけ、そこに「モンスターボール」がスイッチを押されているのを発見する。ヤマタノオロチは、モンスターボールから出現したまぼろしであったのだ。


本作は子供の頃、毎日10分の放送だったアニメ「ドラえもん」で、前後編・二日に分かれて放送されていたことを強く覚えている。当時から大作感があり、ドキドキ感もあった。「のび太の恐竜」を踏まえた展開だったり、伝承の要素を巧みに取り入れていたりと、お話がとても良く出来ている。

弥生時代は、大長編ドラえもんの手付かずゾーンであるので、是非このお話を膨らませる形で、映画のネタにできるのではないかと、勝手に藤子プロへ推薦しておきたいと思う。

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