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人を好きになるパターン認識とは?『かわい子くん』/藤子恋愛物語⑤

藤子Fキャラクターたちは、恋愛体質の持ち主ばかり。
恋をしては、フラれたり、成就したり、片思いのままだったりと、悲喜こもごもが繰り返されている。
そこで、恋するFキャラの恋模様を考察していく大型企画「藤子恋愛物語」シリーズを始動!
第五弾は、SF少年短編から、ブサイクな造形から劣等感に苛まれる男の子の不思議な恋愛を描く『かわい子くん』をご紹介。

PV数的に大好評の「藤子恋愛物語」シリーズ第五弾は、少年SF短編から何だか勇気の貰える一編をご紹介。

「人を外見で判断すること」という身につまされるテーマで、ブサイクでモテない男の子の片思いを描く。人が好きになるパターン認識とは何かなど、科学的アプローチも加わった藤子先生らしい作品となっている。


『かわい子くん』「マンガ少年」1980年10月号

主人公は浪人二年目の茂手内。名前の如くモテない男の子で、背が低く、二十歳前後にしてはかなりのおじさん顔。くせ毛をそのままにして、着ている服は詰襟の学生服ばかり。

要するに、モテそうもない外見と、モテようとしない身だしなみが重なって、ダブルでモテない要素満載の男の子なのである。


そんな茂手内も実は恋に落ちている。決まった時間になると下宿先から抜け出して町へ出る。何食わぬ顔で歩いていくと、向こうからキラキラ輝いた可愛い女子高生が歩いてくる。

すると茂手内は、内心ドキドキが止まらなくなり、すれ違うだけで顔も赤らめ、鼓動が激しくなるのであった。

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そんな茂手内の内心をすっかり見抜いている女性がいる。茂手内が道でぶつかった女性で、思ったことをズケズケ言うタイプである。好きな女子の顔を見て胸の動悸が止まらない茂手内にも遠慮がない。

「でもさ、悪いけど釣り合わないよ、かわい子ちゃんすぎるもの。声を掛けることもできないってのは、さすがに己を知っているというか・・哀れだね」

言われ放題の茂手内は「関係だろ!!」と憤慨する。

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この女性の名は松戸彩子。医学部を中退してニューギニアの奥地の小さな病院を手伝っていたのだが、クビになって帰国してきたのだという。独創的な医療を試みて、院長に「君のやっていることは医学じゃなくてSFだ」と言われたらしい。

実際にSF好きで、過去に同人誌でSF小説を書いて人気を博していたが、帰国を機に本格的に執筆活動に取り組むつもりなのである。彩子は安い家賃に惹かれて茂手内の住むアパート・たそがれ荘に引っ越してきた。


茂手内は彩子の部屋に通され、チョコレートを出されるのだが、茂手内は「チョコレート大嫌い」と強く拒絶する。彩子は、そんな茂手内の反応から、これまでバレンタインデーで誰にも相手にされなかったことの恨みをチョコレートにぶつけているのだと指摘する。

茂手内はズケズケと痛いところを突かれて怒って部屋を出ていく。彩子は「劣等感の塊みたいな子ね」と同情するのだった。

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茂手内には、アパートに一人知り合いがいる。茂手内の住む5号室の隣の6号室に住む男で、今はボーイをしているが、もうすぐバーテンになるという。それほどルックスが良くもないが、バーテンなら儲かるし女の子にモテると自信満々

その隣人が夜中に部屋を訪ねてくる。自分の隣の部屋(7号室)に彩子が引っ越してきたのだが、6号室の壁のすき間から覗くことができるという。ちょうどこの男が覗くと、彩子が下着姿になって寝袋で寝ようとしている。

「男みたいなやつだと思ってたけど、なかなか・・・」

とエロい目で見ているので、茂手内は大声を出して、彩子にすき間があるので目張りをするよう忠言する。ノゾキを邪魔された隣人の男には、蹴飛ばされてしまう。

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翌日、予備校から帰ってきた茂手内は、家具を運び入れている彩子に出くわし、昨日のお礼だと言ってお茶に誘われる。彩子はジロジロと茂手内を眺めて、

「それほどひどくもないわよ。よくよく見れば、それなりに味わいのある顔じゃない」

と慰めてくる。

彩子は茂手内に、「あなたを世界一のかわい子ちゃん、いや、かわい子くんにしてあげよう」などと、怪しげなことを言ってくる。それも、整形をするのではなく、外見は現状維持のままだという。


彩子はここから、そもそも「かわいさ」とは何か考察しようと言って、自説を展開し始める。

まずは生き物が「目」をどうのように認識するのかについて述べる。

・猫や犬は人間に訴えたいことがあると、しっかり目を見て鳴く
・教わってないが、ネコたちは「目」から外界の情報を得ていることを知っている
・生後間もない赤ん坊は目が見えなくても、二つの黒点を母親の目と認識する説がある。無力な赤ん坊は母親に保護してもらわなくてはならないから
・ライオンやトラなどは怖い顔をしている。肉食獣共通の特徴が警戒心を起こさせる

続けてかわいいぬいぐるみの共通点について語る。

・身長に比べて頭でっかち
・全体に丸っこい
・目の位置が低く、間が離れている
・人間も含めた動物の子供の共通と一緒

ここまでの説明を聞いても、茂手内は何がいいたいのかわからない。

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ここから彩子は話をまとめてくる。

・人に対する好悪の感情も、パターン認識を複雑化にしたものに過ぎない
・顔のパーツの形状や配置など、微妙な違いを読み取って好き嫌いを決める
・好悪の基準は、本能だけでなく、成長の仮定で複雑化して、ガッチリとした「好み」が組み立てられる

さらに説明が続く。

好みには個人差がある。いわゆる「タデ食う虫も好きずき」である。これでほとんどの人は救われるが、茂手内は基準からズレすぎていて、そこが悲劇なのだという。

結局、長い時間をかけて、茂手内は外見をディスられていたのであった。

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理論的にブサイクだと言われた茂手内は、「腹立つなあ」とご立腹


そこでようやく本題。彩子は怪しい木箱を開けると、中にはキノコが入っている。パプアの魔法医(ウィッチドクター)に気に入られて、秘伝の貴重薬を譲ってくれたのだという。

このキノコは惚れ薬で、煎じた汁を飲むと幻覚が起きて、正気に戻ったとき最初に見た人を好きになってしまう効果があるという。相手に合わせて美意識の基準が変わるのである。

なので、このキノコを憧れの女学生に飲ませれば、茂手内がその子にとって世界一好ましい男性になるという。


駄目で元々。まずは試そうということになるが、実際問題として、女学生に「このキノコ食べてみませんか」などと聞けるわけがない。まだ一度も話しかけたこともないのに・・。

「飲ませる方法がない」と困る茂手内だが、それを見越して彩子は女学生の家庭教師のアルバイトを決めてくる。それを聞いて喜ぶ茂手内だったが、激しい副作用などの危険性がないか気になる。

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その晩、茂手内はキノコを煮出す。不思議な匂いが漂い、魔女になった気分。完成するが、まずは安全確認を、ということで自分がその液体を飲んでみる。

すると強い刺激が襲ってきて、部屋が回り出す。幻想の中を泳ぐような感覚に捉われる。すると、彩子が幻想の中に浮かんでいる。彩子もまた、試しに自分で飲んでみたのだという。二人は空中で重なり合い、倒れ込む・・。

気がつくと、部屋に倒れている二人。

茂手内「君、口は悪いけど、優しくて親切だね」
彩子「あなたもとってもいい人だわ」

二人はいきなりの急接近。これはキノコの効き目なのだろうか・・。

そしてラスト、二人は仲良く並んで町を歩く。

「どうでもいいんじゃない。お互いが相手を世界一好きなら、こんな幸せなことってないだろう」

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ここで考察。
茂手内と彩子が結ばれたのは、はたしてキノコのおかげなのだろうか。

彩子の説明だと、キノコによって好ましい外見的な美意識の基準が変わるとされている。しかし、二人は起き上がった時に、「優しい」「いい人」と、お互いの内面を褒めている。これはパターン認識とは関係なく、突然沸き上がった感情でもない。

茂手内が良い人なのは、彩子をアパートに道案内してあげたり、隣の部屋からノゾかれていることを教えてくれたり、キノコの副作用を気にしたりすることでよくわかる。

彩子が優しいのも、茂手内のためにキノコを用意してくれたり、女子高生の家庭教師を決めてきたりすることで良く伝わってくる。

二人は惚れ薬を飲む前から、互いの良さを分かりあっていたのだ。

そう考えると、このキノコの効用は、相手を外見的に好ましく思わせるのではなく、互いの奥底の好ましい感情を浮かび上がらせる働きがあるのではないだろうか。


外見より、内面。

本作からはそんなメッセージを受け取って、自分を勇気づけたいと思う。


SF短編の考察、たくさん書いています。


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