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随所に光る「非戦」のエッセンス『少年船長』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介㉝

今読むことのできる藤子F先生の初期作品を紹介していくシリーズ記事。本稿では原作ものの活劇『少年船長』を取り上げる。

発表誌は「たのしい四年生」。この頃、藤子先生がもっとも多くの作品を発表していたのが、講談社の学年別学習誌「たのしい〇先生」であった。その後、小学館のお抱え的作家となっていくが、この時点で小学館では一作も発表していない。


本作を発表した1958年は、藤子先生は主に3ジャンルを中心に執筆を行っていた。すなわち、①SF冒険もの ②原作つきの子供向け作品 ③絵物語である。本作は②に当てはまる。

なお、③の絵物語は、「たのしい三年生」~「たのしい四年生」にて連載していた「タップタップの冒険」シリーズが有名だが、これは大全集未収録作品となっていて、読むことができない。


『少年船長』「たのしい四年生」1958年9月号別冊付録

本作は、イギリスの作家・編集者であったフレデリック・マリアット(1792-1848)の「少年船長」を原作とする。マリアットはイギリスの海軍士官出身で、除隊後に作家に転向した異色の作家。

ナポレオン戦争真っただ中に海軍に入隊したマリアットは、その後艦長を任されるまで出世した人物で、小説についても自らの体験を元にした海洋冒険ものを得意としていた。

本作は、英西戦争(1585-1604)を背景とした海洋冒険物語。マリアットの十八番のテーマだが、自分が調べた限りあまり知られた小説ではない。そもそもマリアットは、あまり日本に紹介されていない作家なのである。


なぜこの作品を漫画化しようとしたのかは謎だが、漫画版を読む限り、非常に藤子的な作品という印象を持った。例えば、少年が船乗り軍人になるのだが、そこでは戦争をするのではなく、一人の少女を敵地に送る返すという任務を行う。

単純な敵味方に分かれた戦争ものに終始せず、敵との融和を図るような要素も組み込まれている。初期作品にしばしば登場する正義感たっぷりの主人公は、読者の心を素直に掴むし、本を買い与える大人から見ても安心できる作品となっているのだ。


本作は全64ページの大著。雑誌の特別付録に丸々収録されている特別編である。このような分量の作品を、締め切りをきちんと守りながら、しかもハイクオリティで描かける作家は一握りだったとされるが、藤子先生はその点で需要があったのである。

さて、初期作品の通例通り、本作も章立ての構成となっているので、まずは各章のタイトルを列記してみる。

①船出 3ページ
②あらし 7ページ
③戦い 19ページ
④かいぞく船 11ページ
⑤スパイをとらえろ 16ページ
⑥スペインよさようなら 7ページ

それでは、章ごとに見所と簡単なストーリーを追ってみよう。


①船出 3ページ

主人公と味方となる主要人物の紹介と、嵐が迫っていることが明らかとなる、本作のプロローグ。

主人公ジャック=イージーと友人のネッドの二人が、士官学校を卒業してイギリス海軍の戦艦ハーピー号に配属される。戦艦はスペインに向かって船出するのだが、この時点では航海の目的は明らかにならない。

ジャックとネッドが、甲板で海を眺めていると、一等航海士で船乗り歴10年近いベテラン、ジョリフが話しかけてくる。船の生活を楽しみにしている二人に対して、「海を甘く見るとひどい目に遭う」と警告を鳴らす。嵐が来れば、ハーピー号クラスでは木の葉みたいだというのだ。

そこへウィルソン船長が姿を見せて、「その嵐がもうすぐやって来るぞ」と言い、こんなところで怠けている場合ではないと告げる。いきなり嵐が目前に迫っている、テンポの良い立ち上がりである。


②あらし 7ページ

本章は、いきなりの嵐に襲われ、その中でジャックのキャラクターが明らかになる内容となっている。

嵐に立ち向かう船員たち。ところが威勢の良かったジャックは、早々に酷い船酔いになり、文字通りに目を回す。ネッドが船室に連れて行き休ませると、しばらくしてむくりとベッドから起き上がる。

フラフラになりながら、再び甲板に出ていくジャック。するとそこへ高波が船を襲い、帆を繋ぐ綱が切れてしまう。ジャックはすかさず綱に飛びつくと、それを根性で離さない。

ジャックの活躍によって帆が飛ばされずに済み、嵐の後、ウィルソン船長に頑張り屋だと労いの言葉を受ける。そして、「これからも頑張って立派な船長になってくれ」と、励まされるのであった。

ジャックの正義感や根性、船乗りたちが案外優しいことなどが描かれる章となっている。


③戦い 19ページ

3章目にして、いきなりのクライマックスとなる戦艦対戦艦の戦闘シークエンスである。

まず冒頭で、ようやくハーピー号の任務が明らかになる。当時の地中海ではスペインの無敵艦隊が幅を利かせており、イギリスの商船などが沈められる案件が多発していた。ハーピー号はそんなスペイン船を監視する任務を与えられていたのである。

そしてさっそくスペイン艦隊3隻と遭遇、いきなり戦いとなる。ジャックは右端の大砲を任される。初めての実戦である。

ジャックはいきなり砲撃に成功するが、逆にネッドの大砲は壊されてしまう。応酬の中で玉切れとなり、しかも敵の罠にハマって、大艦隊に取り囲まれてしまう。

絶体絶命のピンチに、神風ならぬ「凪」が起こる。凪、つまり風が止んでハーピー号もスペイン艦隊も航行ができなくなり、戦いも中断となったのだ。しかし、この停戦状態もやがて朝になれば風も吹き始めてしまう。

座して死ぬわけにもいかず、船長はある一計を考える。ボートを使ってこっそりスペイン艦隊に近づき、火を放つという作戦である。この計略は見事に当たり、スペイン兵たちはボートに乗って逃げ出していく。

すると船から逃げ損ねた人影を見つけたジャックは、単身スペイン艦に乗り込み、敵のシルビオ船長と、船室に閉じ込められていた女性、アグネスを救助する。アグネスは父親の財産を狙っているシルビオに攫われていたのだという。

わかりやすい敵とヒロインの登場で役者は揃い、いよいよ本作の本題に突入していく。


④かいぞく船 11ページ

ハーピー号は戦闘で受けた船体の修理のため、マルタ島のドックに入る。アグネスは自分たちの敵国であるスペインに帰りたいと考えている。そこでジャックは、船がドックに停泊している間、休暇を取ってスペインまでアグネスを送り届けることを、船長に申し出る。

スペインの港の偵察を理由に船長の許諾を得たが、敵国のイギリス人が紛れ込んでいることがわかれば、命がない。そこで、ネッドと共にフランス人に変装して、アグネスとスペインに向かうことに。

少し怪しげな民間船の船長に金貨を渡して、スペイン行きを足を確保。ところがこの船は、実は海賊船であった。出港し、夜になったところで、海賊たちがジャックたちの寝床に襲い掛かってくる。

ピストルで応酬し、海賊たちは船外に追い出すことに成功するが、残った3人だけでスペインを目指さなくてはならなくなるのであった。


⑤スパイをとらえろ 16ページ

本作最大の山場となる章。スペインに入国し、アグネスを送り届けるのだが、そこで逃亡してきたシルビオたちと戦わなくてはならなくなる。

ジャックが捕虜にしたシルビオ船長は、ジャックとネッドがスペインに向かったことを知って、イギリス軍から逃亡。スペインに戻って総督に面会、自分を捕まえたこと恨んでいるジャックとネッドに報復すべく、軍隊の派遣をお願いする。

一方のジャックとネッドは、無事アグネスを実家に送り届ける。アグネスの父親は二人がイギリス人であることを承知の上で、娘のお礼と言うことで歓待する。国と国との戦いと個人的な交流は全く別物という、極めて藤子的なシークエンスであるように思う。

夜、食事をしていると、シルビオが家に現れる。ジャックたちへの恨みを晴らすべく、スペイン軍人たちに邸を取り囲ませる。いくらスパイ確保という名目があるにせよ、個人的恨みで、軍人をここまで動かすことができるほどに、シルビオの政治力は大きいのである。

二階へと逃げ込むジャックたちだが、軍人たちに火を放たれ、邸宅は煙に包まれる。大ピンチのはずだが、これを煙幕と捉えたジャックの機敏の良さで、屋根を伝ってアグネスの邸宅から脱出に成功する。

逃げられてしまったシルビオと総督だったが、次なる手として、国境と港に網を張る作戦に移行するのであった。

まあ、いよいよ最終決着へ!


⑥スペインよ さようなら 7ページ

ジャックたちは、無事にスペインを離れることができるのか? 最後の見せ場となるエンディング章。

ジャックたち一行は、港に到着するも警戒の網が張られ、どの船も足止めをされている状況。このままでは出国は不可能である。そこでジャックは、考え方を切り替える。こっそり逃げ出すのではなく、堂々と出港する方法を考え出すのである。

ネッドやアグネスらを置いて、ジャックは一人海に飛び込み、こっそりと停泊している一艘の船に忍び込む。乗員を気絶させたりしながら船長室に入ると、そこにはシルビアがいる。偶然彼の船に忍び込んでしまったのだ。

ジャックをすかさずピストルで脅して捕虜にして、迫ってくる軍人たちの武器を捨てさせる。あれほど威勢の良かったシルビアだったのに、ピストルを突き付けられて、完全にビビってしまったようである。

シルビアの船を奪い取ることに成功したジャック。スペイン兵をアグネスたちの元へと送り、船に案内させると、そのまま出航してしまう。スペイン海軍の船が港を出ていこうとも、誰も怪しまなかったのである。

かくして、ジャックとネッド、そしてシルビアとその父の4人は、スペインを去ってマルタ島へと向かう。母国から逃げ出す形となってしまったアグネスは、「スペインよ、さようなら。いつかきっと帰ってくるね」とハンカチを振るのであった。


本作の特徴は、戦争を背景にしながら、敵を一人の船長と提督に絞り、国家間の戦闘を主軸としていない部分だろう。さらに、敵国の人間であるシルビアと仲良くなるなど、戦いとは離れた人間関係をメインに描いている点も、読んでいて気持ちが良い。

何か新しいアイディアが詰め込まれている作品かというと、そうでもないのだが、海外の原作ものについても、きちんと藤子ワールドとしてまとめ上げる手腕に、感心してしまう一作ではないだろうか。



初期作品ぜーんぶ紹介まであと少し。


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