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クリスチーネ剛田は漫画家を目指す!/ジャイ子成長物語②

ご存じジャイアンの妹、ジャイ子。彼女はのび太の将来の結婚相手として、第一話から登場するものの、数本描かれた後すぐに、その姿を消してしまう。ところがその10年後、突如再登場を果たし、今度は漫画家を目指す女の子として成長を遂げていく!
「ドラえもん」の稀有なるキャラクター、ジャイ子に迫る考察です。
『ジャイ子の恋人=のび太』
「小学六年生」1980年2月号/藤子・F・不二雄大全集7巻
『まんが家ジャイ子』(初出:マジックおなか)
「テレビくん」1980年12月号/藤子・F・不二雄大全集19巻
『まんが家ジャイ子先生』(初出:まんが家ジャイ子)
「テレビくん」1982年11月号/藤子・F・不二雄大全集19巻

ジャイ子の再登場は、突然強烈なインパクトとともにやってくる。

前回の記事にも書いたが、ジャイ子は初期ドラのみに登場する、スネ夫の弟同様、消えてしまったキャラクターの一人だった。

ジャイ子はのび太の将来の結婚相手という役割を与えられていた。ところが、連載開始から二年後の1972年2月に発表された『のび太のおよめさん』では、既にしずちゃんがお嫁さんとなった未来が描かれている。その時点でジャイ子は役割を失ってしまったのである。

ジャイ子が姿を消して10年後、1980年2月に発表された『ジャイ子の恋人=のび太』。ここでは、のび太が何者かに後をつけられているシーンから始まる。

のび太「ここんとこ、誰かがが僕を付け回しているんだ。女の子らしい」
ドラ「ギャハハハ。君が女の子に付け回されるなんて、天地がひっくり返ってもありっこない

そこで、物陰で見張っていると、現われたのは、10年ぶりのジャイ子! 読者も忘れていることを想定して、わざわざ「ジャイアンの妹」と説明セリフも加えられている。

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ビックリして家に走って帰ると、ジャイアンが訪れてくる。ジャイアン曰く、「妹のジャイ子の様子がおかしく、ご飯も5杯しか食べなくなっていたのだが、机を開けてみたら、そこからのび太の写真が出てきた」と。

ジャイ子はのび太への恋の悩みを抱えていたというのだ。

早速デートに誘えとジャイアンに脅され、渋々ジャイ子に会いに行くと、「用が無いなら帰れ」とけんもほろろ。

そのことをジャイアンに告げると、「女心がわかってない、お前からデートに誘え、ついては俺を練習台にしろ」と、滅茶苦茶なことを言いだす。

ジャイ「さ、練習だ。俺をジャイ子だと思って、好きだと言ってみろ」
のび「オエ~~~~~~ッ」

その練習風景をスネ夫に目撃され、ゾッとされてしまう。

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練習を終えたのび太は、ドラえもんに泣きつく。ここでジャイ子の最初の設定を読者に対してリマインドする。

のび太「僕の将来のお嫁さんは、しずちゃんのはず。タイムマシンで見に行ったらそうなってたのに」
ドラ「また運命が変わってきたのかな。そもそもはじめはジャイ子と結婚する運命だったんだよな。それを苦労して変えてきたんだが…。また元に戻ったらしい」

そこで出した道具は「スカンタコ」。スミを掛けられるとのべつ幕なしに人に嫌われる道具で、「ムシスカン」とよく似ている。これを使って、ジャイ子に嫌われようと家へ向かうのだが、入り口でジャイアンが悪い悪いと現れる。

ジャイ子は、実は漫画家になりたくて雑誌に投稿をしているのだが、落選続き。そこでのび太をモデルにギャグマンガを描こうと、写真を見たり付け回したりしていたのだと。

「バカにすんな!! やっぱり僕の相手はしずちゃんなんだ」

と、のび太はしずちゃんに会いに行くが、「スカンタコ」の効果で嫌われてしまうのであった。


良く出来た一本の作品であるが、ここで注目すべきは、ジャイ子が漫画家を目指しているという事実がさらっと出てくる所である。このジャイ子の新しい役割が、F先生の中でもどんどん膨らんでいくのが、後のジャイ子作品を見ていくとよくわかる。

本作が描かれた10か月後、ジャイ子は再び姿を現わす。単行本では『まんが家ジャイ子』とタイトルが付けられているが、初出の掲載誌では『マジックおなか』という、ひみつ道具の名前がそのままタイトルとなっている。つまり、その段階ではジャイ子の漫画家を目指す設定が、それほど重要視されていないことがわかる。


『まんが家ジャイ子』は、ジャイ子がギャグ漫画家を目指しており、妹思いのジャイアンが、のび太たちにそれを読ませて無理やり笑わそうとする、というところから始まる。

のび太は最初、無邪気に「こんな下手くそ見たことない」と笑ってしまい、まんまとジャイアンに殴られるのだが、その姿を見ていたジャイ子は、「いいのよ。頑張って今度こそ面白いの描くから」とめげない。

ジャイアンはそんな妹を見て、再度「見たらすぐ笑え」と皆に号令を掛ける。そこで、のび太は愛想笑いの練習をするのだが、いかにもワザとらしい。ドラえもんは、そこで「マジックおなか」という道具を出す。これは、備え付けのへそを自分の腹に付けておけば、遠方からでもマジックおなかを触ると、思わず笑ってしまう、というものだ。

その頃、ジャイ子は面白いギャグが浮かばずに苦悩していた。そんな姿を見たジャイアンは、

「くじけるな!兄ちゃんがついてるぞ。面白がらないヤツは泣かせてやる

と歪んだ励まし方をするのだが、ジャイ子は「泣かせる…?そうだわ!」と何かいいアイディアが浮かんだようである。

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空き地ではスネ夫が笑う練習に苦労していたが、のび太が「マジックおなか」の存在をバラしてしまい、ヘソを取られてしまう。何とかしてくれとドラえもんに泣きつくが、ドラえもんはそこで正論を吐く。

「大体ね、お世辞で笑うというのが気にいらない! つまらないマンガならつまらないとはっきり言うべきだ」

のび太は観念して、ジャイ子の新作を読むことに。うまく笑えず殴られることを想像したのび太は、思わず泣いてしまう。ところが、何とジャイ子の新作はギャグではなく悲しいメロドラマであった。

「のび太さんて漫画がわかるのね」

兄妹ご満悦の様子

次にスネ夫の読む番となるのだが、「マジックおなか」の効果でつい笑ってしまい、「私には才能が無いんだわ」とジャイ子を落ち込ませてしまうのであった。


続けて、その約二年後『まんが家ジャイ子先生』が発表される。これは初出タイトルが『まんが家ジャイ子』で、単行本収録時に「先生」というタイトルが追加された。

ただややこしいことに、『マジックおなか』の単行本タイトルを『まんが家ジャイ子』としたため、この二作がどっちがどっちなのか非常に混乱する。分かりやすく経緯をまとめたのが、以下。

「マジックおなか」80年12月(雑誌)→「まんが家ジャイ子」82年3月(単行本24巻)
「まんが家ジャイ子」82年11月(雑誌)→「まんが家ジャイ子先生」83年12月(単行本29巻)

単行本で『マジックおなか』を『まんが家ジャイ子』に変更したのが82年3月。『まんが家ジャイ子』を雑誌に発表したのが82年の11月。つまりこの時点で2本の『まんが家ジャイ子』が存在することとなり、これが混乱の元となっている。(83年12月に出た単行本で『まんが家ジャイ子先生』に変更)


さて、『まんが家ジャイ子先生』では、ジャイ子は引き続き新人賞の投稿を繰り返しているが落選が続いていた。

ここで、ジャイ子のペンネームが初めて「クリスチーネ剛田」であることが明かされる。最初、その名前を聞いたのび太たちは、「誰だっけ?女子プロレスかなんか・・・」と聞き覚えが無いようだったが、ジャイアンは「忘れたのか」と怒るのだった。

ドラえもんたちは、「すりこみ製本機」という、既存の雑誌に新規の原稿を合本できるひみつ道具を使って、ジャイ子のこれまでの投稿マンガを雑誌に掲載させて、ジャイ子を喜ばせようとする。

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ただそんな嘘を信じ込ませ続けるのは困難だ。雑誌掲載を喜んで編集部とコンタクトを図ろうとするジャイ子に対して、「通話よこどり電話」でのび太が編集長のフリをしたり、「もはん手紙ペン」でファンレターを書いたり、「すりこみ製本機」で他の雑誌にも原稿を載せたりする。

ところが今度は原稿料を期待するジャイ子に対して、もう面倒見切れないとのび太たちは逃亡する。

その頃ジャイ子は、雑誌に載った自分の漫画を読み返し、「どれもこれもプロの真似じゃないの!」と冷静な目を取り戻す。生の読者の声を聴こうと、スネ夫にその漫画を読ませるが、「ひっでえ漫画!! 下手くそでシッチャカメッチャカで、よくもこんな恥知らず…」と酷評される。ジャイ子の漫画だと知って倒れ込むスネ夫をよそに、ジャイ子は、

「はっきり言ってくれよかった。これで目が覚めたわ」

と反省する。そして、編集部に(実際はよこどり電話のジャイアンに)、原稿料の辞退と、第一歩から勉強をしなおすと決意を語るのであった。

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ジャイ子は決して落選を人のせいにしないし、貶されてもそれを受け入れる。とっても殊勝な女の子なのである。F先生でなくても、彼女の動向は気になって仕方がないところだろう。

今回は、ジャイ子の復活と、クリスチーネ剛田というペンネームとともに、漫画家を目指すという設定がF先生の中で固まっていった経過をみてきた。次回は、ついにジャイ子の才能が開花する!のか?を見ていく。

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