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そこは海のディストピア『恐怖のウラン島』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介㉟

今読むことのできる藤子F先生の初期作品を全て紹介していこうと思い立ったのが2021年の3月6日。1953年以降の作品をほぼ発表順で取り上げていくこと、足掛け2年。本稿で何と35本目の記事となる。

とても終わらないかなと思って書き進めてきたが、あと5本ほどの記事でひとまず「藤子F初期作品をぜーんぶ紹介」シリーズは終了の見込みである。まさしく継続は力なり。

実はこのシリーズは他の記事に比べてビュー数が少ないので、正直あまり読まれてないのかな・・・と思いつつも、初期作品のレビューはネット上にほとんど上がってない状況なので、自分がやらずして誰がやる、という意気込みで何とかここまで書き上げた。


本稿で取り上げるのは初期SF短編に属する『恐怖のウラン島』という冒険もの。本作は安孫子先生との合作となる。

『恐怖のウラン島』「漫画王」1958年10月号別冊付録

本作は藤子先生が1956年から58年にかけて、多数の短編・中編を発表した「漫画王」の別冊付録向けに描かれたもの。全32ページのボリュームだが、他の別冊付録での作品と比べると特別分厚いわけではない。

安孫子先生とどのような役割分担をしたかは不明なのだが、少年たちへの割と容赦のない暴力描写などは、いつものホンワカとしたF作品から一歩踏み込んでいる印象を受ける。

また、この時期のF先生の中編は、いくつかのチャプターに分かれる構成をとっているのだが、本作は一続きのお話となっている。構成の面でもA先生の影響を強く感じる。


本作は、いきなり主人公がピンチに陥っているところから始まる。

冒頭、大海を進む船の中で、男に「起きろ」とベッドを蹴飛ばされて、主人公と思しき少年が目を覚ます。「着いたぞ」と男に言われたので、少年は「もう東京?」と尋ねるのだが、男は急に笑い出し、「お前が行くのはあの島だ」と言って、指を指す。

男はそこで

「お前みたいにさらわれた子供ばかり九十二人も働いているんだ」

と衝撃的な事実を告げる。

ここまでの2ページで、主人公の少年は東京に向かうという嘘を信じて船に乗り込んだのだが、それは人さらいの船だったということがわかる。そして少年は93番目の奴隷として、離れ小島に送られようとしているのだ。


船が小島に到着すると、「総統」と呼ばれる男に引き渡される。少年は奴隷93号としてこの島でいつまでも働くのだと告げられる。少年はたまらず逃げ出すのだが、すぐに部下に殴られて捕まってしまう。

島の中央には塔がいくつか立っており、そこには機銃を持った見張りが島中を睨んでいて、逃げ出そうとすればたちまちハチの巣になると脅される。冒頭の4ページから、いきなりのっぴきならない状況に追い込まれる主人子なのであった。


少年は14号室に閉じ込められる。中には先に奴隷にされてしまった少年たちがいる。ところが、押し込められた少年は、フフフフフと不敵な笑みを浮かべる。意外性のある一コマだ。

次に少年が誘拐されたという新聞記事が描かれる。新聞を読んでいるのは豊島探偵。同席している警察署長が「警察の面目丸つぶれじゃ」と嘆いていると、豊島探偵は意外な事実を語り出す。

曰く、今度攫われたのは自分の助手の椎名一郎で、誘拐団の本部を突き止めるために、わざと攫われたのだと言う。つまりはおとり捜査であったのだ。

ここでようやく本作の全体像が浮かび上がる。本作の主人公は、潜入捜査を行う名探偵の助手の椎名一郎。子供とは言え、探偵からの信用度から言っても、かなりの凄腕であるようだ。不穏な始まり方だったが、途端にワクワクするような展開の広がりを感じさせる。


大勢の仲間と共に、炭鉱のようなところで掘り仕事をやらされる椎名一郎。作業中の私語は厳禁らしいが、こっそりと一人の男が原爆の材料となるウラニウムを掘っているのだと教えてくれる。

そんな中、一人の男性が落石にあたって伸びてしまう。怪我をしたにも関わらず、立って働けと命じられる。一郎が間に割って入ると、怪我をした男性は連れて行かれてしまう。

総統の前に引っ張り出され、「働かぬ奴隷に用はない、消してしまえ」と凄まれる。するとそこへ、海岸で手紙が入った瓶が見つかったと言いながら部下が入ってくる。その手紙には島のありかが詳しく書かれており、総統は警察のスパイが島に潜り込んでいることを察知する。

先ほど連れてこられた怪我の少年に、怪しい仲間がいたら知らせろと命じる。しくじったら処分だと言い聞かされて・・・。


手紙を瓶に詰めて流したのはおそらくは椎名一郎だろう。一郎の正体がバレないかどうかが、この後のハラハラポイントとなっていく。

一郎はリーダーシップを発揮し、各部屋の代表に今晩集まるよう、こっそりと手紙を渡して回る。その夜、一郎の14号室に代表たちが集結し、この島から安全に脱出する方法を議論する。

これまで脱出が成功した例はないが、一郎はここにいる93人が力を合わせればそれは可能だと説く。明日の晩、監視塔を占領する計画を提案、見張りは3人だけなので不意打ちすればうまくいくと皆を鼓舞する。

ところが、そんな一郎を見て、怪しいヤツを探るように言われていた少年は、彼がスパイだと気が付いてしまう。果たして、一郎たちの脱出計画はうまくいくのだろうか・・・?


詳しい内容はここまでとしたいが、この後の見所を少しだけ。

椎名一郎は仲間の告げ口によって捕まってしまい、作戦の内容を白状するよう拷問される。あまり藤子作品でリアルな暴力描写は出てこないので、この辺で安孫子先生の手が加わっている気がする。

椎名を裏切った仲間の少年は、自分の犯した罪を反省し、間一髪で椎名を救助する。脅され、屈し、しかし後悔して再び立ち上げる。こうした少年の心の変遷は感動的だし、そんな少年をすぐに許す椎名の人間力にも感心する。

少年たちの人間ドラマという点においても、安孫子先生の手腕を感じさせる。


そもそも椎名は探偵や警察に島のことを伝える役割だったはずだが、自分の手紙を読まれたことをわからぬまま、仲間の少年たちと一緒に、総統たちを打倒しようと考える。

大人に助けを呼ばずに、自分たちだけで団結して解決しようとする展開は、読者の気持ちを十分に熱くたかぶらせるものがある。


本作は、ラストでいきなり大団円を迎えるのだが、これはページ数ギリギリまでお話を展開し、後日談をなるべく短くする藤子F先生の手法そのものである。

見ようによってはあっさりしたもんだが、思えば昔の尺の短い映画は余韻なく幕を閉じることが多かった。一昔前は、漫画も映画もページ数や上映時間の制限が、厳しく存在していたのだ。

大長編ドラえもんなどでも、異世界で繰り広げられるクライマックスから、いきなり日常に戻って一気に終わってしまう展開がよく見られる。余韻を楽しむ今の物語の作り方とは、根本的に違うのだと改めて感じた次第である。



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