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戦国時代の理想郷(ユートピア)『山びこ剣士』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介⑬

今読むことのできる藤子F先生の初期作品を紹介していくシリーズは本稿で13弾。今回は二カ月連続で掲載された全96ページ(扉含む)の大ボリューム作品を取り上げる。


『山びこ剣士』「漫画王」1956年8月号別冊・9月号別冊

掲載誌は秋田書店の「漫画王」の別冊付録で、以前紹介した『竹光一刀流』に二カ月後に発表された作品である。『竹光一刀流』に続き、娯楽時代劇のジャンルで、正しき者と邪な者の争いを描く勧善懲悪の物語となっている。

子供向け雑誌で時代劇マンガが求められていたという事実は驚きであるが、よく考えれば「鬼滅の刃」なども時代劇と言ってもいいかもしれず、剣戟アクションはいつの世でも求められているジャンルなのかも知れない。

ちなみに「漫画王」では、藤子先生は56年から58年に掛けて「科学SF短編」と「時代劇短編」の両軸で何本も執筆している。これまでの漫画王作品の記事は下記ですので、興味ある方はこちらも合わせて一読下さい。


まずは本作の章立てを整理する。全部で2話・15章の構成となっている。

第一話(47ページ)
オープニング(4ページ)
ふたりの使者(9ページ)
はたらく殿さま(11ページ)
城をねらうもの(2ページ)
地下道の怪人(9ページ)
生か死か(5ページ)
しのびよる影(7ページ)

第二話(47ページ)
嵐の前のみどり城(5ページ)
合戦第一日(7ページ)
森の中(3ページ)
あらわれた鬼河原(4ページ)
はかりごと(3ページ)
急襲(7ページ)
落城ちかし(3ページ)
敵陣へ(15ページ)


舞台設定と主人公

本作の舞台は山々の緑に囲まれるみどり城。戦国の争いから距離を取っている平和な小国である。ところがみどり城を挟んで、丹後国と三角国の間に争いが起こり、戦争の拠点となりうるみどり城に対して、両国から味方につくよう使いが送られてくる。

主人公は二人。共に顔のよく似たまるで双子のような武士で、それゆえに「山びこ剣士」というタイトルが冠されている。「山びこ」とはそっくり同じという意味合いである。


一人目の主人公は、はみどり城の城主・滝山晴久

滝山は自ら畑仕事をするの庶民的な殿さまである。山を掘った地下に研究所を作って、山の植物や鉱物を調べたり、水力を使った動力でエレベーターなどを手作りしている。

滝山は山を掘って地下道を作り、これを庶民が利用する交通経路して役立てようと考える。この地下道は金も出てくるのだが、あくまでの庶民の利便性を考えた設計となっている。この地下道は最初から最後まで有力な舞台として登場するので注目しておきたい。

城の欠点は井戸水が出ないことで、水道を作って川から水を引いている。この水道が攻撃されて、水の補給を絶たれることが最も懸念される。

もう一人の主人公は丹後国からの使いである谷大助。みどり城を自分たち側に引き入れようとするが、自分とうり二つの滝山の誠実な人柄や人間力に惹かれて、国を裏切りみどり城と運命を共にする。

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続けて章ごとに簡単なストーリーを追っておく。

オープニング
丹後の守の使いである谷大助がみどり城にやってきて、城主に会いたいと申し出る。

ふたりの使者
大助は城主の滝山と接見するが、丹後と交戦している三角国の使いである吾呂月右膳(ごろつきうぜん)も現われ、共に自分たちの国の味方になるよう申し出る。滝山はしばらく考えると言って、二人を待たせることに。

はたらく殿さま
大助は滝山が自ら畑仕事をしたり国の改良工事をしたりと、民のために汗かく姿に惹かれていく。そして三角の家来に命を狙われるが、丹後の仲間くも兵衛によって救われる。くも兵衛は丹後守からの滝山が言うことを聞かねば殺せという手紙を大助に手渡すが、大助はそれを捨ててしまう。

城をねらうもの
大助の手紙は吾呂月の手に渡り、この手紙をテコに滝山と大助を斬ってしまう計画を立てる。

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地下道の怪人
地下道で会話をしている滝山と大助に、吾呂月の手下の忍者軍団が襲い掛かる。わざと一部を落盤させて忍者を追い払うが、滝山は毒矢を打ち込まれて気絶する。大助は何とか滝山を救助して城へ戻るがが、滝山を殺せという手紙を吾呂月がみどり城の家臣に見せたことで、暗殺を疑われて閉じ込められてしまう。

生か死か
牢に幽閉された大助は、くも兵衛によって助けられる。そして滝山を殺すよう指示を受ける。

しのびよる影
矢の毒に倒されて意識不明の滝山。大助は寝床で滝山と入れ替わり、夜中に襲い掛かってきた吾呂月の忍者軍団を返り討ちにする。その様子を見たくも兵衛は、大助が裏切ったと見て、丹後国にとって帰り、9万の大軍を率いて攻め込むことを宣言する。

と、ここまでが前半戦。戦国の世の中でも庶民のことを第一に考えて争いを嫌う城主滝山の統治ぶりが魅力的に見える。大全集の月報にも書いてあったが、滝山が目指す理想の国家像は、若きF先生の理想そのものなのかも知れない。

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ここからは第二話目、後半戦に入る。

嵐の前のみどり城
9万騎の丹後軍
に囲まれるみどり城。降伏を進める使者を追い返す滝山。この使者は谷大助の父親で、大助は父に戦争を止めるよう忠言するが、逆に愛国心がないと親子の絶縁を言い渡される。

合戦第一日
工夫を凝らした城の防御を生かして、丹後軍の攻めを何とか追い返す。しかし家臣の鬼河原が一人忍び込むことに成功する。

森の中
みどり城の北側の森から攻め込む丹後軍(指揮は大助の父)だが、火計にあって退散を余儀なくされる。

あらわれた鬼河原
屋根裏に二日間隠れていた鬼河原は武器庫の矢を燃やすことに成功し、逃げていく。

はかりごと
みどり城の矢が尽きたことを見越して、大量の弓を射ってくる丹後軍。しかし打ち込んだ先は大量のかかしであった。みどり軍は奪った弓を再利用して打ち込み、丹後の攻めをかわすことに成功する。「三国志」の赤壁の戦いで諸葛亮が人形を乗せた船で矢を集めた計略を引用している。

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急襲
大助の父親の指揮の元、みどり城の急所である水道を狙われる。大助は父親に剣を向けることができず崖から落ちてしまう。大助の命は助かるが、水道は破壊されてしまう。

落城ちかし
水道が断たれ日照りも続き、次々と倒れていくみどり城の兵士たち。元気な者は70名程となってしまう。そこへ矢文が飛んできて、それを読んだ滝山は「戦争も終わりに近づいた」と謎めいたことを言う。

敵陣へ
これまでで最長にして最後の章。滝山の読んだ手紙には自分の身柄を渡せば他の者を助けると書かれていた。一人降伏しようする滝山だったが、大助が察知して滝山を殴って気絶させ、自分が身代わりとなって丹後軍への降伏に出向いていく。

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ところが丹後の守は、すぐに約束を反故にして滝山(に変装した大助)を殺した後、他の者も許しはしないと言い出す。その晩、閉じ込められた大助は父親に正体がバレるが、大助の勇気を父親は認めて手出しをしない。

そこへ地下道を使って滝山たちが現われて、大助を救出する。しかし地下道の存在が丹後側にバレてしまい、逆に地下道を通じて大軍が総攻撃を仕掛けてくる。相手となるみどり城の軍勢は、もはや数人のみ。

最後まで戦おうと誓い合う滝山と家来たち。絶体絶命の所で、何と大地震が発生し、丹後軍がひしめく地下道が崩落していく。丹後の主君は部下に守ってもらえずに落石に潰され、大助の父親も「天の怒りか」と呟いて落盤の下敷きになってしまう。

戦いは唐突にみどり軍の勝利で終わるのであった。

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物語の後半は合戦に次ぐ合戦である。物語前半で戦い前夜のドラマをたっぷりと見せておいて、後半の戦闘シーンによって一気にボルテージを上げていく構成となっている。谷大助と彼の父親との相克が一つの見所で、大助の気持ちが少しずつ変化していく様子や、大助に影響を受けていく父親の姿が印象的だ。

本作はダブル主人公のお話ではあるが、作中で心が揺れ動く大助の方が読者の感情移入を呼び込む役どころとなっている。これは以前記事にした『竹光一刀流』とほぼ同じ構造で、心の内の変遷のある風太郎が大助の役と重なっている。

聖人君子のような男と、その男に影響を受けて心変わりをする男。二作ともそういう人間関係で作られた作品だと言えるだろう。


貴重な初期短編の記事満載です。こちらもどうぞよろしく。


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