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給料を現金で持ち運ぶ時代「オバケのQ太郎」『パパの月給』/月給騒動①

昭和の時代、今では信じられないことだが、月給やボーナスは現金払いだった。会社で現金を受け取ったお父さんは、それを持って帰宅し、お母さんに渡す。そんなやりとりが、全国各地で行われていた。

今や銀行口座への給与振込は当然だが、これはいつ移行されたのだろうか。銀行は昔からあったし、振り込みなども普通に行われていた。何かのきっかけがあるはずだ。

調べていくと興味深い話が見つかった。


給与や賞与が現金手渡しから、口座振込みに本格的に移行したのは、国家公務員への給与支払いの口座振込制が導入された1974年だとされる。

そのきっかけとなったのは、なんと1968年12月に発生した「三億円事件」であるという。昭和最大級の未解決事件とされる三億円事件は、日本信託銀行(当時)の現金輸送車が、ニセの白バイ警察官に奪い去られるという「劇場型」事件である。

この時輸送車が運んでいたのが、東京芝浦電気(現東芝)の府中工場の従業員に対するボーナスであった。つまり犯人は年二回しかないチャンスを狙っていたということになる。

この事件を契機に、現金を輸送するリスクに注目が集まり、現金を介さない銀行振込の活用が叫ばれるようになったのである。


三億円事件では保険金が掛かっていたので、ボーナスは無事従業員に遅滞なく支払われたわけだが、個人レベルで考えるとゾッとする話だ。ボーナスの支給日は調べれば容易にわかることを考えると、大量の現金(=ボーナス)を持って家に帰る道すがらで強盗に遭うといったリスクに常にさらされていたということになるからだ。

また、強盗に遭わなくても、飲みに行ってそのままカバンごと紛失するとか、落としてしまうといった可能性だってある。つまりは、給与や賞与が支払われる日は、金銭的にかなりのリスクの高い一日であったのだ。


さて、前置きが長くなってしまったが、本稿と次稿にて、パパが貰い受けた給料が無くなってしまうという家庭的大事件を扱ったエピソードを紹介する。

現金至上主義だった昭和の時代を思い浮かべながら、子供目線からみた月給紛失事件についての恐怖を追体験してみよう。


「オバケのQ太郎」『パパの月給』
「小学五年生」1965年9月号/大全集10巻

まずは「三億円事件」すら起きていない時代の物語から。当然、給与や賞与は現金払いだった。


冒頭、大原家の家中が荒らされている。泥棒が入ったと慌てるママ。すると散らかしたのはパパが何かを探していたからであった。で、何を探しているかというと、何と貰ったばかりの月給が入った袋。探しても見つからず、どうやら落としてしまったようなのだ。

これにはママにヒステリーを起こす。今月をどうやって暮らしたらいいのかと。さすがにひと月生活する分くらいの貯金はありそうなものだが、大原家はどうやら自転車操業であるらしい。

この話を聞いた正ちゃんたちは、自分たちの生活に関わる大事件だと騒ぎ立てる。さあどうするよ、大原一家。


こうして始まった本作は、この後、パパの月給がないという切り口から、ボケを連発していく。全14ページと長めのお話でもあるので、ここからはダイジェストで展開をまとめてみよう。

◆給料を探しにいく
通勤路を落としていないかと隈なく探していく。家族で手分けするが、Qちゃん正ちゃんは家に帰れと言われる。

そこで引き下がらないQ太郎は、誰かに横取りされたのではと思い、通行人に良心が痛まないかと尋ねたり、小池さんが拾ったという噂を聞きつけて、返せと怒鳴り込んだりする。しかし小池さんが拾ったのはノラ犬であった。


◆子供たちなりに心配する
このままでは暮らせなくなると伸一。それを聞いた正ちゃんは、ドラマだったら一家心中になるというようなことを言い出し、Qちゃんは想像力逞しく、自分が自殺する様子を思い浮かべる。この描写が少しエグイ。

Qちゃんは酒屋の集金に対して、お金がないから払えないと対応し、「あんたは血も涙もない薄情者ですっ」と追い詰める。

正ちゃんは日本中に葉書を出して一円ずつ送ってもらおうなどとアイディアを出すが、葉書代で5億円かかると伸一に指摘される。


◆Qちゃん暴走を始める
お金がないことに心配を始めるQちゃん。手始めに家の前で通行人に募金を募る。さらに衣服などをまとめて勝手に質に出そうとする

新聞配達員の募集を見て、さっそく夕刊を配りを始めるQちゃん。ところが、感心だと言われたことで、新聞社に自分のことを記事にしろと出向いていく。門前払いされたQちゃんは新聞配達に戻るが、面倒になって残りの束をまとめて配ってしまってクビになる。

晩ご飯が近づきお腹が空いてきたが、大食らいの自分が大原家に申し訳ないということで、よっちゃんの家にお呼ばれにいく。

なお、正ちゃんと伸ちゃんも僕らが働くしかないと言い出し、仕事をやり抜く覚悟が必要と言って、二人で大きな石をロープで持ち上げて気合を入れたりして、パパにやめなさいと注意されている。

Qちゃんだけでなく、大原家の兄弟も物事を大げさに考えてしまう人たちなのである。


◆では月給袋はどこへ・・・?
お金の心配して大騒ぎした正ちゃん、伸ちゃん、Qちゃん。本作の騒動を見ていると、子供ってお金が無くなったらどうしようと気にするのだと思い知らされる。

大原家にも貯金があるということで、子供たちの心配も一段落。では、月給はどこに行ってしまったのだろうか。すると、ママが昨日パパに投函をお願いしていた手紙が背広から出てくる。

パパの記憶では会社帰りに封筒に切手を貼ってポストへ投函したはず・・・。と、どこで「あっ」と思い出すパパ。ポストに入れたのは手紙と勘違いした月給袋であったのである。



本作は、パパの月給が無くなってしまったことから端を発する騒動を描いている。大人の経済状況を子供なりに気にする描写は、自分の子供の頃も確かにそうだったな、と思い出した次第。

似たようなパパの月給を巡る騒動を描いたお話が別にあるので、次稿にて続けて紹介する。


「オバQ」の考察しています。


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